第11話 観光へ

「おっ。おかえりー、二人とも。朝食はどうだった?」

「最高でした」


 朝食を済ませてカルラと別れたその後、ラ・ルルに戻って来ると受け付けで退屈そうに頬杖ほおづえを突いていた奥さん、ミリシャさんが僕らを出迎えてくれた。


 感想を伝えるとミリシャさんは「でしょ」と嬉しそうに微笑ほほえんで、


「さてと。それでお二人とも、どうする? このままもうしばらくウチでとまっていく?」


 そろそろチェックアウトの時間も迫って来ており、僕らにラ・ルルの滞在の有無を確認してきたミリシャさん。


 僕とリリスはお互いに目配せすると、小さく相槌あいづちを打って、


「えぇ。もうしばらくあの部屋を使わせて欲しいわ。いいかしら?」

「まいどあり~。それじゃあ、昨日の約束通り、ちょぉっとサービスしてあげるわね」

「ふふ。ありがと」


 継続意思を示した僕たちに、ミリシャさんが分かりやすく上機嫌になって白い歯を魅せる。


 リリスが部屋の継続する為の手続きを済ませている最中、ミリシャさんが僕たちに向かってこう語った。


「昨日、家に帰ってきたカルラが貴方たちのことをすごく楽しそうに語っててね。もしラ・ルルを気に入ったなら、部屋の料金を安くしても何でもいいから絶対に二人を引き留めって、って珍しく私にワガママを言って来たのよ」

「……カルラが」


 どうやら、僕たちはカルラに余程よほど気に入られたらしい。


「そんなに面白い二人組に見えたかな、僕たち」

「さぁ。でもいいじゃない。センリにとっては、この世界で知り合いが増えたってことなんだから」

「……ふふ。うん。そうだね」


 リリスの言葉に微笑みをこぼしてうなづく。彼女の言う通り、カルラは僕にとっては貴重な知り合い、いやもう友達だ。


「騒がしい娘だけど、よかったらたまに付き合ってあげてね。あの子、小さい頃からビールで仕事ばかりし過ぎたせいか同年代の友達はあまりいないのよ。その代わり、10歳以上離れたオッサンたちと仲が良いんだけど」

「あははっ。たしかに。昨日も楽しそうに大人の人たちと話してましたよ」

「親からしたら困ったものだけどねぇ。ま、でもあの子がビールで看板娘として働いてくれるおかげで繁盛してるんだけどね」


 ミリシャさんは嬉しそうにも困った風にも見える顔を浮かべた。


「分かりました。今度……ううん。これからはたまにカルラを遊びに誘ってみようと思います。僕もリリスもこの町に来たばかりだから、色んな所を案内して欲しいです」

「えぇ。カルラに言っておくわ。その時はきっと、この町を陽が暮れるまで案内するはずよ」

「ふふ。それはすごく楽しみですね」


 少しずつ、少しずつ、この世界のことを知り、そしてこの世界の人たちと関係を築いていく。


 まだこの世界を何も知らない無知な少年を、吸血鬼は呆れたような眼差しで見つめていて。


「……ほんと、可愛い子ね」


 ***


 ラ・ルルでの宿泊期間を一週間に引きばし、その手続きを済ませた後、


「ねえねえリリス! 広場があるよ! あっ、もしかしてあれは噴水⁉」

「……こらー、はしゃぎ過ぎよセンリー。迷子になったらどうするのー」


 僕とリリスは現在、シエルレントの町を観光していた。


 今はシエルレントの中央広場と呼ばれる場所に来ており、そこに設けられている噴水の前にいた。


「この町の水は本当に綺麗だねー」

「そうね。この辺りの地域の中でも、シエルレントは頭一つ抜けて水が澄んでるわ」

「そうなんだ。ふふっ。リリスって、無知に見えて意外と博識だよね」

「センリぃ? どういう意味よそれは。つまり私がバカだって貴方は言いたいわけ?」

「いはいはい! ことはのあらはよ⁉」


 僕の言い方が悪かったのか、鬼のような形相のリリスに両頬をつねられる。


 しばらくリリスから制裁を受けて、ようやくぱっと手が離れると僕は赤くなった両頬をさすりながら弁明した。


「他意はないんだよ。ただ、リリスって行き当たりばったりで旅してそうなイメージがあったから。お金といい、ちゃんと考えながら行動してるんだって感心しただけ」


 と説明するとリリスは何とも言えない表情で返した。


「そういうことならセンリの言い分が正しいわよ。実際、私の旅は行き当たりばったりで計画なんか面倒だから立てないもの。シエルレントではたまたまよ。クゥエスでこの町の評判を聞いて、ちょっとばかし稼いでから行こうと思ってたのよ。暫くここに滞在する為にね」

「つまりいつもは自由気ままに旅をしてるってこと?」

「そういうこと。べつにお金なんか少しあればそれで事済むし、野宿することもよくあるわよ」

「へぇ。野宿か。くすっ、なんだかちょっと面白そう」

「私と一緒に旅を……そうでなくとも旅をしていればいずれ必ず野宿を経験する時が来るわよ。予測不能なことが起こるのが旅ってものだからね」

「旅慣れしてるねぇ。心強いや」

「ふふ。そうでしょ。どう? 少しは私のこと、敬う気になったかしら?」

「あっははっ! ……うん。これからも無知な僕にご指導ご鞭撻べんたつのほど宜しくお願いします。リリス先生」


 わざとらしくそう言って、リリスを見つめる。そんな僕に、リリスはやれやれと呆れた風に肩をすくめると、くすっと微笑を浮べて。


「えぇ。もちろん。手取り足取り旅の楽しみ方を教えてあげるから、ちゃんと先生の言う事をよく聞きなさいね。センリくん?」

「――ふふっ。うん。ありがとう、リリス」


 交わし合う微笑みは、急速に僕らの距離を縮めていく――。



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