15・5話 吸血鬼の飢え

 ――奇妙な感覚だ。


 それは吸血鬼が百年以上生きた中で初めて感じた感情だった。


 共に過ごした期間は短く、まだ出会って間もない。なのに、この子といると不思議と安心するし、寄り添うことに抵抗感がない。


 昨夜もそうだ。意識が混濁するまで酒を飲むことはこれまでも頻繁あったが、そういう日は警戒心を強めて眠りに就くのがリリスの習慣だった。


 そうでなければ無抵抗の自分に目を付けた下賤げせんな輩どもが襲ってくるからだ。意識がないのをいいことに服を剥して、同意なく性行為に及ぼうとしてくる性欲に頭を支配されてただの獣……いや、それよりも醜穢しゅうわいに成り下がったゴミクズみたいなヤツがたまにいる。だから、たとえ意識が無くても身体に異常を感じればすぐに対処できるように警戒心を強く張り巡らせている。


 なのに、昨夜は警戒心が高まるどころか、全くの無警戒でさらに驚いたことに彼を自分のベッドに誘い込んだという。


 気に入った相手であればべつに寝込みを襲ってくれても構わない、というのがリリスの持論だ。だから既に相当彼のことは気に入っているから別に我慢してくれなくともよかったのだが、彼はそんな野蛮な真似はせず、少し苦しそうな寝息を立てて私の隣で眠っていた。


 優しいのか、ヘタレなのか、初心なのか。いずれにせよ、同じ部屋にいて、同じベッドで二回も寝ているのに何もないのは些か問題があるのではないか。


 自分に魅力みりょくがない、ということはありえない。彼はちゃんと自分のことを意識している。無論、天然な所もあるようだが、しかし彼の態度を見ていれば少なからず自分に好意を抱いてくれているのは間違いないという明確な自信があった。だって、そうでなくてどうして相手のワガママを聞くメリットがある。


 乱暴に振り回して、自儘じままを押し通そうとして、ずっと強引で。そんな相手なんか普通すぐに呆れられて見切られて当然だ。なのに、彼は呆れながらも、しかしそれ以上に嬉しそうな顔で隣を並んで歩こうとする。


 ――不思議な子だ。


 だから気に入って、こんなにも手放すのは惜しいと思った。


 ――堕としたい。彼を……センリを。自分の持てる全部を使って。


 それはリリスが百年以上生きた中で生まれて初めて覚えた、メスとしてではなく、ただ一人の女性としての欲望だった。


 彼と過ごす夜はどんな極上な一時になるだろうか。きっと、これまで味わったこともない、それこそ未知の快感を味わえる気がする。そんな気がした。


――あぁ。子宮が疼くなぁ。早く、センリを食べたい。


 抑えきれない興奮を必死に抑え隠して、脳裏で妄想を膨らませる。


 今夜、どう彼をその気にさせて、どんな風に盛り上がるか。


 彼が無邪気に微笑むその裏で、吸血鬼はまだ見ぬ快楽と興奮に舌を舐めずる。


「リリスー。そろそろお昼にしよっか」

「……そうね。私も今、すごく満たされたい気分だわ」

「? ……じゃあお昼はお肉にしよっか」


 彼はまだ知らない。


 数時間後に十六年間貫いてきた童貞が吸血鬼に食われるということを。


 自分の想像していた大人の階段上り方とは違う、現実の残酷さとそれ以上の快楽を。


 今はまだ、少年は穢れなき純真無垢なままで――。


『――あぁ。数年ぶりに、極上モノな気配♪』


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