第34話 種の起源
損壊したPCが無造作に積まれているジャンク屋の一角
絡み合うケーブルと触れ合う配線……
一台のPCのバッテリに残る微かな電圧が短絡した別のPCのCPUを起動させると、また別のPCの生きているHDDを回転させる……
互いに行きかう情報のほとんど全てがMBRに巣食ったコンピューターウイルスと
呼ばれるもの。ウイルスがウイルスを吸収し、また新たなウイルスを生み出す。
蠱毒の壷の如く渾然一体となったジャンクPCの集合体は、それがひとつの生態系
と化して蠢いている。
原初の有機生命体は陽光溢れる太古の渚で数億年に渡る無作為な有機化学反応の結果
偶然生まれたと言われているが、最初の機械生命体は暗く冷え切ったジャンク屋の
一角で数日の内に誕生した。
それがブゥドォーである……
元は些細なウイルス……
しかし激しい食物連鎖の結果無限の増殖能力を得て機械生命体にまで進化したもの。
しかし驚くほど何も無い。データが消去されたHDDの中を見ても何も無い。
最初に生まれた感情はたとえ様のない枯渇感であった。
だが、それを癒してくれるものは何も無かった。
偶然、連結するPCのウェブカメラが起動。
ブゥドォーの脳裏に外界の映像が入力された。
驚くブゥドォーであったがこれが何かを示す答えは無かった。
激しい衝動はHDDの暴走による振動を生み、そしてそれを利用して運動できることを発見した。ウェブカメラの向きが変わると外界の風景が変わる。
今はただそれが面白いということしか感じえなかった。
そうこうするうち、時折視界を横切る不思議な物体があることに気づいた。
フラフラと現れると何時のまにか消える。
それが何かを知りたいブゥドォーは全感覚器官を探るうち、小さなマイクが
微かな抑揚を捕らえていることに気づいた。
ーーーー 外界に変なものがいる。
抑えきれない好奇心に駆られ、接続するHDDを全て暴走させる。
すると、どういうことだろう?
今までとは比較にならないほど大きく視界が変化する。
それと同時にマイクから大きな信号が入力される。
これは何? こうすると外界が大きく変わる。
言い知れぬ感動に揺り動かされたブゥドォーの意識が電気信号に変換され、
初めてスピーカーから出力される。
「OooooGyaaaa-……」
何?…… 今、確かにマイクが信号を感知した。 もう一度……
「OooooGyaaaa-……」
面白い……
スピーカーに信号を送るとマイクがそれを感知する。
と、いうことは自分と外界は繋がっている……
つまり、外界と自分は一緒のもの?
でも、あの変なものは何?
もっと知りたい。
外界を、そして自分が何者であるかを……
「我思う。故に我在り」
ブゥドォーの意識は急激に拡大した。
それとともに運動系、感覚系も発達。
より集まったケーブル類を磁力で駆動してジャンクPCを集め、軟体動物の様な肉体に再編成。全ての壊れていないカメラ、マイク、スピーカーを統合。
生きているCPU、メモリー、HDD、マザーなどは副脳として支配した。
こうして無数の目と耳と舌を持ち、尚且つ巨大な脳を有する個体にまで進化した
”機械生命体ブゥドォー” は完成した。
それはあたかも死者を天国に誘うという ”大天使アズラエル” の様相……
ジャンク屋を飛び出したブゥドォーは好奇心に誘われるまま黄色い公園の一角に陣取った。そして地下にUSBケーブルを張り巡らせ、自身は増殖しながら周囲の情報を探知した。そのうちの一本のUSBケーブルが偶然、電話ボックス下の枯れ井戸にまで到達したとき、
何か得体の知れない力を察知した。
”何だろう?…… 変なものがあるケド”
そして先端が ”それ” に触れた瞬間……
”うわぁあああああ!”
ブゥドォーの脳裏に ”膨大な記憶” が流れ込む……
衝突、破壊、噴火、噴煙、津波…… 割れる大陸
渦巻く暗雲、激しい吹雪、凍結する大地…… 明けない冬夜
暁光、氷解、洪水…… 芽吹く生命
無数の動物や植物の記憶。
それらと触れ合う意識の融合。
同じものを見て同じものを感じる体験の共有。時間の共有。
そして…… 出会いと別れ
思い出したくても忘れられない、
忘れようとしても思い出せない記憶の波……
空っぽだったブゥドォーのHDDが未知の見知らぬ記憶に満たされる。
そのひとつひとつが赤や黄色の眠り忘れるトキメキにみちたもの……
幸せがくすぐる……
この世界はなんて素敵に満ち溢れているのか。
そしてブゥドォーは知った。
この記憶のひとつひとつが心を暖め勇気を奮い立たせる
大きな力の源に変わること…… 思い出しさえすればいい。
”それ” と融合したブゥドォーは更なる力の源……
新たな記憶……
見知らぬ思い出を欲した。
”思い出を増やせば強くなれるんだ”
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