第15話 魔龍
数日後
ジャンク街…… 壊滅……
騒音と排気ガスと砂埃の舞うジャンク街を歩く者は、ほとんど居なかった。
SHOPも開店休業状態の、さながらシャッター街。
たまに店に入ってもほとんど空のボックスと棚を眺めるだけ。
「ナンシー、どう思う? この状況を」
ホウクウドが力なくそう尋ねても、ナンシーはただ首を振るばかり。
「どうにもならないよン。ただ、車が走っているだけだよン。
道路交通法では問題無いよン……」
ホウクウドは空を見ながら、
「久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ」
すると、ルーシー、大きな瞳を輝かせて、 「それって、何でスカ??」
ホウクウド、感慨深く。
「こんな暖かな光が降り注いでいる春の日なのに、静かにジャンク街が寂れていく様子を古今集の一句に例えてみたんだ」
すると谷間さん、葵さん。
「おいら、そんなのいやだよ」「うん。あのゴミゴミしたのが良かったのに……」
チャーナちゃん、ドス黒い笑みを浮かべて、 「ブッ壊しますか??」
様々な思いを胸に、ホウクウド達はジャンク通りに並んで、呆然と目の前を通り過ぎる車の群れを眺めていた。
すると突然! 横の小道からジャンク通りに飛び出す黒い影。
最初に気づいたのは谷間さん。 「あっ、危ない!!」
鳴り響く衝突音! 何かがひしゃげる音!
”ドカン、バキン、グァシャバシャーーーーン”
全員一斉に音のした方向を眺めると…… そこに立つ影は…… ”ごんす” さん!!
説明するよ。 ”ごんす” さんってこんな人。
キラキラ輝く大きな目が丸い大きな顔の左右と額に三つ。あと、ツインテールのおさげ髪の様に見える触角の先端にも複眼。計、五つの目で好奇心旺盛。顔の真ん中には鼻の様に見える肉球。しかし、呼吸孔は頭の両脇に開いていて水陸両棲。控えめなおちょぼ口は獲物を飲み込む時には顎が外れる。歯が無い替わりに胃が五つあって時々反芻して緑色の得体の知れない粘液を吐き散らす。手は退化して先端はカギ爪、わきの下に秘密の毒針。お腹は黒々とした縮毛で覆われ背中は甲羅で覆われているが
”茎水酒造”の焼印。太く力強い足が細かい鱗で覆われている為氷上でも滑らない。鳴き声は ”ギャギャ”とも”ギョギョ”とも聞こえる不快音。口癖が「ごっつあんです」 なので友達から ”ごんす” と呼ばれている。たまにハイネの詩集の一節を思い出して口ずさむ度に我を忘れて車に轢かれそうになる、そんな秋葉に良く居る女子高生。
どうやらハイネの詩集を読みながら歩いていたごんすさんが、うっかり車に接触して
2、3台弾き飛ばした様子。友達のルーシーが、心配して
「大丈夫かな? ごんす…… いつも ”ドジッ娘属性” 全開だから」
ごんすさん、お気にいりのセーラー服がちょっと汚れて不機嫌な顔。
「ぎゃぎゃぎょ ぎゃりーーん ぐわっぐわっ くえっくえっ ちょんわちょんわ げよげょ ぎゃわぎゃわ げぼーーーん…… ごっつあんです♪」
??????
「……何て言っているのか? 解らん??」
しかし、同じ女子高生仲間のルーシーには通じた様子。
「翻訳するね♪……
”どこみてけつかんねん? 汚れてもうたやないけ、こん、どアホが。
邪魔やさけ、熔かしたるさかい、成仏せいや…… ごっつあんです♪”
って、いってるの」
フーン…… ヒイイイイィィィィ!!
すると、
ごんすさんの大きな口からおびただしい量の灰色の ”放射能火炎” が放出された。
”しゃーーーー”
それを浴びた車は数千度の高熱で、みるみるうちに熔けた鉄の塊と化していった。
周辺を焼き尽くすと、満足したごんすさんはルーシーに軽く会釈して足早に去っていった。ルーシー、呆れた様子で、
「ごんすって、はにかみ屋さんだから恥ずかしくって行っちゃったわ。 うふふ♪」
”うふふ”どころの問題では無いのではないかと、心の内に思うホウクウドであった。中の人は車ごと数千度の高熱に晒されて…… 熔けてしまったのであろうか?
恐る恐る熔けた車の残骸を見に行った葵さん、大きな声で大慌て。
「見て見て!! これ、車じゃないよ。中に変な機械が一杯入っている」
呼ばれて、ナンシーがひとめ見るなり、
「これは、自動車じゃなくてロボットだよン。かなり精巧だよン」
「な、なんだってー!!」
某ビルの3F
「ギョェー! バレちゃったわー!
な、なんで秋葉ってあんな ”化け物” が普通に歩いてるの?? 最恐女子高生よ、アリエンワ」
地団駄を踏むサブロゥ。しかし、その直後、狡猾な笑みを浮かべて、
「まぁ、バレてしまっては仕方が無いわ。作戦その2を発動するまでのこと。
ホホホモッモホホ」
そして、マイクを片手に大きな声で、華麗に命令。ジャンク街に鳴り響く怪しい声。
「全機、速やかにトランスフォームせよ!」
ホウクウドは背筋がゾッとして即座に気づいた。
”あ、あの妙にネチョネチョ纏わりつく様な声は…… あの、お釜野郎だ”
すると、突然。 ”ガチャガチャガチャコン♪”
「わぁー、な、なんだぁー????」 ビックリ仰天! 谷間さん。
なんと、目の前に止まっていた自動車いやロボットの群れが全てトランスフォーム
していったのだ。そして数秒後、そこに現れたのは……
”ふとっちょ坊や” の群れ。
「ホホホホホホホモモモモ。ジャンカーの皆さん、驚いたかしら?
でも、どこか見覚えのある姿形でしょ。
そうよ、あの ”ヲノデンロボ” を強化改造した、その名も……
”ホモデンロボ” !!!」
叫ぶ、ホウクウド。
「何? あの強敵、”ヲノデンロボ” を超えるロボ、 ”ホモデンロボ” だと?」
鳴り響く、釜声。
「そうよ。でも、まだ驚くのは早いわ。可愛娘ちゃん達、見せておあげ!
全機、連結合体!!! フォーム、ろくじゅうろく!」
舞い上がる砂塵、鳴り響く地響き
ホモデンロボ達は腰部前後に搭載されたジョイントで次々と連結し、
一本の長大な電車形態へと変貌した。
「♪キャーーッ(ハート)…… か、可愛い♪ ハァハァ」
異様な視線で、それを見つめる女子高生ルーシー。
思わずロボに触れようとして近づく!!!
「危ない!」
ホウクウドが後ろから小ぶりの乳を鷲づかみにして(ハァハァ)引き戻すと、
”シューシューシュー、ポッポ、ポッポ、ポッポッポーーー”
”ふとっちょ坊や” が大きく腕を回転させながらバンプアップすると、みるみるうちに角刈りヒゲの ”マッチョロボ” に変身した。
そして、肩部に盛り上がる筋肉に埋まったいかつい頭から蒸気を噴出して、もはや発車寸前。それに呼応して、鳴り響くかん高い釜声。
「発進! ”爆走怒張魔龍 ホモデン號”…… ジャンク通りを蹂躙するのよ!」
”ポッポ、ポッポ、ポッポッポーーー
ガシャコン、ガシャコン、ガシュ、ガシュ、ガシュガシュガシュガシガシガシガシ”
鈍く軋む機械音とともに走り始めた ”ホモデン號” ……
ただ呆然と為す術も無くそれを眺めるホウクウド達。
しかしその中で一人、目を血走らせている者が、
「兄貴、もう…… 我慢できねっす…… ブッ壊してもいいすか?」
思わずあとずさるホウクウド。 ”チャーナちゃん…… マジですか?”
あたかも、減量に減量を重ねた末意識が混濁しているのに拘らず瞳の奥には闘志の炎をふつふつと燃やしている……力○徹の如く。今のチャーナちゃんは正に禁断症状。
「……チャーナちゃん…… やっちゃってください」
「ウヒョオオオオオオオオオオーーーーッ!!」
その場から錐揉み状態で急上昇したチャーナちゃん。
ジャンク通りの南北へ向けて無数のミサイルを発射!
それらは、正確にホモデン號をホーミングして全弾命中!!!
……する、はずだったが……
”ドドドオドドオドドオーーーオン”
なんと、ひとつも命中せず、空しくもジャンク通りを削るだけであった。
ホモデン號は瞬時、巧みに連結を解いて隙間を創ることでミサイル直撃を防いでいたのだ。
「ホホホホモモモ、莫迦ね。貴方達の攻撃方法は既に分析済み。
ホモデン號の連結合体システムは完璧よ。そんな飛び道具は当たらないわ。
ホッホモホッモ」
かん高く笑う釜声に苛立つホウクウド達。
力尽きたチャーナちゃんは目を廻してフラフラと舞い落ちてきた。
受け止める、谷間さん。
ジャンク通りを縦走するホモデン號の勢いは前にも増して、留まることは無かった。
「うーーーん? 一体、どうしたらいいんだ」
すると、ルーシーご提案。
「ナンシーお姉ちゃん。お姉ちゃんの乗り物を操る力で、あのホモデンロボを
コントロールできないかしら?」
ナンシーは残念そうな表情で首を横に振ると、
「無理よん。ホモデンロボはシステムCOREを持っている自立するロボットだから
乗り物では無いよん」
ホウクウドは腕組み。難しい顔で、
「うーーん…… そうか、システムCOREを持つロボットを操るのは無理か……
あれっ? 待てよ。そういえば、そんな道具があった様な、無かった様な?」
すると、ひらめいた葵さん、 「そうですよ。あれ、確か ”下呂の笛” 」
一瞬、明るい表情のホウクウド。直ぐにまた難しい顔。
「そうだ!…… でも…… あれ、取り返されちゃったんだよね……
あれがあれば、もしかしてもしかするかも?……って、何か?」
谷間さんの腕の中でグッタリしていたチャーナちゃんがいつのまにかホウクウドの
袖を掴んで引っ張って、
「……ホウクウド…… これ…… それ…… 拾ったの…… 笛」
そういうと、豊満な胸の谷間からホイッスルを取り出した。
「まさか? こんなところに都合よく、あるはずが無いでしょ……
って、これ! 本物だぁ、あったぁ!!!」
笛を持って飛び跳ねるホウクウド。
一同、低いどよめき。
「チャーナちゃん、偉いぞ、良くやったぁ! これで、何とかなるかも」
谷間さん、チャーナちゃんの頭を撫ぜて、
「やったぜ、チャーナちゃん。大ホームランだぁ!」
微笑むチャーナちゃん。
ホウクウドは、ちと下呂臭いのを我慢して高らかに笛を吹いた。
”ピピピッピピピィーピピピッピピピィーピピピッピピピィーピピピッピピピィー♪”
すると、どうだろう? 爆走していたホモデン號がぴたりと停止した。
”ピーリピーリッピッピーリピーリッピッピーリリピリリリリピリリリピリリリー♪”
ホモデンロボは連結を解いて、全機、ホウクウドを注視する。
”ピピピッピピピィーピピピッピピピィーピピピッピピピィーピピピッピピピィー♪”
ホモデンロボはバンプアップを止め、ふとっちょ坊やの形態に戻った。
”ピピピピピピピーーーピリピリピピピーーーーーー♪”
ホモデンロボは、独特の振りで踊りだした。
谷間さん、葵さん、同時に気づいた。
「これ、 ”某有名コント番組のエンディング” だ」
更に、ホウクウドは笛を吹きながら大きな声で。
「宿題したか?」
すると、ホモデンロボ全機、同時に、 「オーーーーー♪」
「風呂入ったか?」 「オーーーーー♪」
「歯ぁ磨いたか?」 「オーーーーー♪」
「それじゃ、また来週!!!」
ホモデンロボはニコニコ笑って手を振りながら、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。ホウクウドは満面の笑顔でホモデンロボの姿が見えなくなるまで手を振り続けると、ホッと溜息。
「さぁ、これで来週まで彼らは帰ってこないだろう。秋葉の平和は守られた」
予想し得なかった強敵を退け、最小被害で秋葉ジャンク街を守り終えた。
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