第41話 惑星アイフェル

 ――惑星アイフェル


 銀河系にある美しい惑星アイフェル。地球以上の美しさと言われるこの星に、銀河系のあちこちから知的レベルが非常に高い生命体が移住して暮らしている。


 星間移動ができるフェリーナは数年前に、ザックから逃げるように行方をくらました。アイフェルに来ていたのだった。


 そんなところにいるとは知らないザックは、フェリーナを探すために手っ取り早く地球にいるアバターのフェリアを見つけようとしたのだ。


 ザックはカイルの後をつけることでようやくフェリアを捕まえて、フェリーナの居場所を突き止めた。それがここアイフェルだった。場所がわかればコンタクトはできる。


 いざ、遠距離通信でコンタクトしてみると、フェリーナの体の状態はとても悪かった。彼女はザックが来ることを拒んだが、ザックは無視した。


 これまで女性好きでフェリーナには散々苦労をかけたが、そろそろ身を固めようと思っていたところだ。意中の相手が深刻な病気なんて、耐えられない。


 美しい森、穏やかな天気、2つの薄い月がアイフェルの西の空に浮かぶ。オレンジ色の恒星(太陽)が東の空を昇る。


 巨大な円盤が宙に浮き、ゆっくりと回っている。よく見ると無数の部屋と透明な通路で構成されており、どの部屋からも自然が見渡せるようになっている。どうも病院の様だ。


 穏やかな音楽がこだましている。空気が乾燥しているのか、音色が美しく反響している。鳥の声と木々が風でそよぐ音が聞こえる。


 ザックは初めてこの星アイフェルを訪れたのだが、もともとこの星の事は知っていた。しかし、まさかここにフェリーナが来ているとは思ってはいなかった。


 フェリーナの病室に入るザック。


 病室にしてはとても広い。リゾートホテルの最高級の部屋のように、白基調の壁に囲まれた広大な部屋に、全面の窓、5人は優に寝られそうなほど大きなベッド。そこにフェリーナは横たわっていた。


「やあ……」

「来たのね……」


 長くウエーブのかかった髪にフェリアと同じ碧い瞳。

 白いネグリジェを来たフェリーナが少し身を起こした。


「随分探したよ。体どうしたんだ?」

「ん、JVID……」

「まさか……お前が」


 JVID……新型ジル感染症。スターランナーや高度文明にしか起きない原因不明、治療法の無い宇宙の病気。惑星間移動中や粘膜接触で感染することは分かっているが、極めて小さいウイルスがどこから来たのか分かっていない。地球で発生したジルウイルスは、JVIDの病原体とルーツが同じ可能性がある。


 ある惑星で文明発達中に一度感染すれば、耐性がついてその後長い間安泰でいられる。しかしスターランナーはなぜかその恩恵を受けない。免疫がつきにくいのだ。


 JVIDは性的交渉で感染する可能性が高い。しかしこのウィルスは感染移動すると、元の宿主への影響を減らす。従って感染者は積極的に性交渉を行うことで、自身の体を回復させることができる。しかしその為、ウイルスの伝播速度は早くなると言う憎き特性がある。

 

「いつ感染したんだ?」

「姿を消す1週間前」

「なぜ、俺に言わなかった?」

「必ずあなたは、私の病状を緩和させようとするでしょ」

「それは……」


 ザックは否定できなかった。フェリーナが言うように、おそらく俺はすぐに行動に移すだろう。自分の体などどうでもいいからだ。


「私は消えるしかないんだ」

「いや、そんな事はない。しかし、科学者達は何をしているんだ、この病気が始まってからもう何百年もたっている。いままでこんなに長い間克服できなかった病気は無いのに! よりによってフェリーナに感染するなんて!」


「運だよ。しょうがない」


「で、症状や進行具合はどうなんだ? この間かなり咳をしていたそうじゃないか」


「ステージ4まで進行したわ。もう長くないと思う」

「あり得ん!」


 ザックは空中にありったけの怒りをぶつけた。せっかく見つけたのに、せっかくこれから二人で静かに過ごそうと思ったのに……


 ザックもフェリーナも知っていた。この病気はステージ4まで来ると、その先はとても進行が速い。ウィルスがまるで伝播させようとしない宿主を見限るかのように急激に身体状況を悪化させる。


 このレベル8、ほとんど病気や疫害を克服した高度の文明が、こんな訳のわからない宇宙ウイルスに簡単に殺されるなんて。いや、ウイルスも進化するのだろうか?


「フェリーナ、前に訊いたカイルの事だが……」

「カイル。元気そうね」

「凄く成長している。やつはすぐにスターランナーになる。俺が保証する」

「それは良かった」


「違う、そうじゃない。やつはお前がピンチの時にお前を助けてくれるんだよな? レベル9だかなんだかのやつがそう言ったって、お前、言っていただろう」

「……そういう意味かどうかはわからない。それにどうすればいいのかもわからない」

「望みがあるって言う事だろう」

「もう、私はいいの。彼らが順調に育っているなら……」

「死ぬのは早すぎるだろう、いくら何でも!」


「私はあなたと4年前かな? 出会って、色々あって。楽しかった。一緒に色んな星に行ったよね」

「たったの4年だろうが!」

「私の記憶はフェリアに引き継いだわ。彼女なら私の替わりになれると思う」

「だめだ! フェリアはお前じゃない。いくら記憶があってもだ!」


「これが運命だから……」

「もう、スターランナーはやらなくていい! それから諦めないぞ、俺は何としてでもおまえを治す」

「私の細胞と記憶を別の個体に再構成すればいいじゃない」

「それは別人なんだ、……違うんだよ」


「あなたから見たら同じ事じゃない。同じ体、同じ記憶、同じ性格よ」

「俺からの見た目じゃないんだ。俺は今のお前と一緒に生きたいんだ……」

「……今の私?」

「ああ、コピーじゃだめだ。お前は今のお前だけなんだ」


 ザックは涙を流し始めた。

 フェリーナは外を見た。


「人は、理解を超えた不思議な生命だね」

「え……?」

「誰かと心でつながりたいんだね」


 ザックは意味がよく判らなかったが、フェリーナが自分の事を言っていることは分かった。


「また新しい世界を見たいね、二人で」

「あ、ああ。連れてってやる、どこへでも」

「レベル9に期待しようかな」

「そ、そうだ! まだカイルがいる、やつを呼ぶからな。まだくたばるなよ!」

「まだ大丈夫よ、そんなに早く殺さないで」


 フェリーナはくすりと笑った。

 アイフェルの美しい森、2つの薄い月が浮かぶ空が二人を優しく包んでいた。

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