第37話 フェーダーヴァイサーに乗って 

 ザックとアナが白い小型飛行体の傍に立っている。僕とフェリアが近づいた。


 アナが言う。

「カイル、フェリア、お帰り。遅かったね」 


「ああ、メリルに頼まれてある薬剤をガイアに急遽製造してもらうことになったんだ」


「薬剤?」

 ザックが聞く。


「ああ、男全員に飲ませるマーカーだそうだ」

「マーカー……ああ、なるほど」


「何か知ってるのか?」

「あ、いや。よくわからない」


 ザックは何か心当たりがあるようだが、僕は追及しないことにした。なるようになるだろう。


 フェリアが飛行体を見ながら言った。


「準備はできているようね」


 アナが隣にある機体を指して言う。


「見て、フェーダーヴァイサーって言うの。ザックが用意したの」


 ピコが言う。


「フェーダーヴァイサー、通称『白い羽』。レガシー技術で作られた小型軽量飛行機です。ウィルス蔓延前まで使われていた軍用高性能モデル。この情報は三日前に機密指定が解除されました」


 ザックが乗り込みながら言う。


「実は五百年前から密かに運んでいたんだ。アナに操縦方法を教えた」


「じゃあ、行って来るね。アンダーパスの路線がクリーンになったらニューアイルに連絡します」


 アナも操縦席に乗り込んだ。


「アナ、気を付けて」

「ありがとうフェリア。カイルをよろしく!」

「任せて。いってらっしゃい」


 まるで僕が取り残される子供のような扱いに思えた。アナが保護者でフェリアは預かり先。


 古代(二十世紀)の車より少し大きな、白く短い翼を持つ機体。簡単な重力制御と高性能マルチブースターで、素早く自在に空中を飛び回る。


 電波による自動衝突回避機能があり誰でも操れて、コウモリのように暗闇でも機敏に飛び回れる。


 アナとザックを乗せたフェーダーヴァイサーが次第に強くなる青い雪の中、ランス山脈に向かって飛んで行った。


 白い羽の機体がまるで燕のように高速で低空を飛んでいく。


 すごい速さで後ろに流れる景色を見ながらザックがアナに言った。


「操縦、上手いじゃないか」

「そう? ありがとう」


 沈黙のあと、またザックが口を開いた。


「おまえ、自分が変異しつつあるのを分かっているか?」


「……」


「俺のアバターだったやつに、ザクレブってのがいる」


 アナは特に反応せず操縦しながら聞き流してるが、ザックは構わずに続ける。


「最初はフェリアのような普通のアバターだったんだが、気がつかない内に急速に変異した」


 アナがザックの方を向く。


「まあ、そもそもアバターは成長させて、文字通りまさに自分の分身(アバター)にする目的だから、変異すること自体は驚く事ではないが、たちまち俺と同じような体質を身に付けて勝手に振舞うようになった」


 アナが口を開いた。


「何でそんな話を私にするの?」


「成長するアバターは自我を強く持つ。俺の見立てではお前はすでにアンドロイドからほぼ普通の人間に変異している。強化細胞はそのままでな」


「……それで?」


「お前はカイルをサポートとするように設計されていたはずだが、どうもサポートの域を超えてきている様な気がする」


「どういう意味?」


「ザクレブが変異したように、おまえも、その内スターランナーになるような気がする」


「スターランナーって何?」


「星間を移動できる超人的な生命体だ。俺やフェリーナの事だ」


「へー、すごい存在なのね」


 あまり感動もなくアナが言った。


「自分にそういう変異が起きつつあるという自覚はあるのか? 何か体内や思考の変化とか……」


 アナは再び前方に目をやり、呟いた。


「フェリーナが私をデザインしたって言っているけど、それは誰かがフェリーナにそう思わせただけかもしれないわよ」


「何だって?」

 ザックが驚いてアナに叫んだ。


「そして、それはカイルもね」

「まさか……」

 ザックが絶句する。


「さて、おしゃべりはそれくらいにして、トンネルの入り口が見えてきたわよ。仕事、仕事!」

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