第24話 逃走劇

 僕らを乗せたLRTがニューアイルの街中に入って行く。


 LRT、ライトレールトレインは20世紀から利用されている路面電車だ。しかし31世紀のLRTは少し違う。地面からわずかに浮上しており非接触である。最高時速二百キロほどの高速で進むのに、振動も騒音も無い。わずかな風切り音だけが聞こえる。


「ここで降りるわよ」


 慣れた様子でフェリアが言った。

 LRTはスムーズに減速し停車した。

 降りたところは大きな街だった。

 道路は不必要に広いが、両脇には美しい建物が並んでいる。


「女性が歩いている!」


 僕は街で普通に歩いている女性を生まれて初めて見て、思わず叫んだ。目を見開いて見回す僕を見て、アナとフェリアがくすくすと笑う。


「しかも女性ばかりで、男がいない!」


 まるで夢を見ているようだった。

 こんな世界があるなんて!

 フェリアがげらげら笑いだした。


「はいはいカイルちゃん。サファリパークじゃないんだから、そんなに興奮しないで」


 フェリアは僕を子ども扱いする。


 ふと、歩道を歩いている何人かの女性が僕達の方を見た。距離が離れているが、僕を見ると驚いた表情をする。


 あちらはあちらで男性を見るのが初めてなのだ。こちらを指さしてひそひそ話し始めた。彼女達の視線は僕をロックしている。


 次第にざわつき始めた。皆腕につけている携帯デバイスで、こちらを撮影したり、どこかに連絡したりする様子が見られた。フェリアの表情が変わった。


「ちょっとまずいかもね。ここを離れましょう」


 僕らはプレートを使って、人影が無い路地に向かって逃げるようにその場を離れた。


 しばらくすると空から警戒音が聞こえてきた。ドローンだった。そのドローンから音声が響いてくる。


『PS(パトロールシステム)です。不審な人物がいるという通報がありました。警戒してください。PSです。不審な人物に警戒してください』


「男の疑いがある者はやっぱり不審者扱いね」

「うーん、納得いかないなあ」

「ここのポリスは優秀よ、すぐに捜索に来る」


 フェリアが僕に警告すると、僕のGP(ガイドパートナー)であるアナが言う。


「私がカイルを守る!」


 すぐに制服のポリスチームが到着した。十人程度だろうか、ドローンとともに展開して僕らを捜索し始めた。レーザーでスキャンしながら走り回っている。


「見つけた! こっちよ!」


 一人の警官が僕らを見つけた。

 僕らはすぐさま逃げる。


 近くにいた応援の警官が2人見えた。銃を捜索用のスキャンレーザーから、捕獲用のショックレーザーに切り替えている。


 壁などに当たると火花が散る。

 もし体に当たれば電撃で痺れて動けなくなる。 


「ジータ、1ブロック先、右に曲がったよ!」

「オーケー、回り込む」


 警官達が声を掛け合っているのが聞こえる。

 僕らは素早く建物の間を逃げ回る。

 僕とアナは盾がわりの簡易的なシールドを構えながら逃げる。


 フェリアが警官の前に出た。僕とアナは見えない位置に隠れたまま潜んでいる。


「待って! 私達は怪しい者じゃないわ」

 フェリアが叫ぶ。


「男がいるんでしょ!」警官が叫び返す。

「出て来るように言いなさい!」


 ニューアイルでは、昔から稀に男の疑いのある人間が現れる。


 過去その類の事件の全てはアンドロイドか男装した女性であり、本物の男性が見つかった試しは無い。しかし大昔のウィルス被害の教訓から、男性の疑いのあるものは確実に逮捕するようになっている。


「男装者よ」フェリアが弁解する。

「男装も法に触れるわ。出るように言いなさい」


「カイル、逃げてっ」フェリアが諦めて叫んだ。


 僕とアナは手薄な方に走って逃げた。

 ビームが飛び交い、盾に当たるようになってきた。

 アナが連発式のレーザーガンで反撃する。

 これでアナも逮捕対象となった。


「どっちに逃げる?」


 僕が走りながら叫ぶ。先方の通りに出ると右か左かどちらかに行かなければならない。後ろから二人の警官が追いかけてきている。


「左、上!」アナが叫ぶ。

「上?」

「プレートのウォールモード!」


 理解した。プレートには建物の壁に沿って垂直に動けるモードがある。


「ピコ、セット」


 僕は走りながらデバイス経由でモードをセットする。


「はい! 完了」


 ピコが即反応した。ぎりぎりのショックビームをかわして僕は壁伝いに上昇する。アナが数人の警官にレーザーを命中させ動けなくする。フェリアは遠くから僕らを見守るだけだった。


 僕とアナは建物から建物へと速度を上げて、警官たちを振り切りかけていた。


「逃げきれそうだな」


 僕が言うとアナが戒めた。 


「油断しないで」


 建物群の切れ目に差し掛かった。フリーゾーンに出れば自由にあらゆる方向に高速で逃げることができる。もう大丈夫だ。そう思った時だった。


 最後の建物の脇から警官が突然現れた。他の警官と違ってオレンジ色の制服を着ている。


「カイル、やばい! こっち」


 アナが叫ぶ。

 僕を方向転換させ、僕と警官の間に入りこむ。


「無駄よ」


 オレンジ色の警官は素早く横に移動して、僕を狙ってレーザーを撃った。アナが見たことが無いシールドを瞬間的に出してレーザーを弾いた。僕も、警官も驚く。


「はっ、やるわね!」


 警官はニコリと笑いながら、アナの方に数歩近づいて、ビルにレーザーを撃つ。レーザーはビルの窓に反射してアナの足に当たる。アナの皮膚は特殊であり、ダメージは無いが、体勢がくずれてよろける。


(この警官すごい)アナが思った一瞬後、今度は警官のレーザーがアナの腕を捉えた。シールドやガンが吹き飛んだ。


 さらに次の瞬間、レーザーがアナの胸を直撃した。見事な連続技だった。さしものアナも気を失った。


「はい、邪魔者は少し眠っててね」


 そう言うと、その警官は僕の両手を電磁ワイヤーで確保した。ものすごいスピードだ。僕はあっけなくとらえられた。


「私、メリル。よろしく――」


 全ての言葉を聞き取る前に僕も気を失った。

 警官のメリル・ガウフが僕を気絶させたのだ。

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