第19話 女性発見

 僕は何も言わずプレートを降りて歩き出した。人影はこちらの方に双眼鏡を向けて、固まった。


 そしてゆっくり双眼鏡を降ろして、僕の方を見た。明らかに驚いている様だ。


 薄紫の長い髪に碧い瞳の大きな目、細くやわらかな曲線を持つ体、長い手足。


「――女性だ!」


 僕はごくりと唾を飲んだ。アナとはまたタイプが違う。しかもアンドロイドではない。僕は確信した。生身の女性だ。間違いない。その人は僕を怪訝な顔で見つめている。


 すると突然、女性らしき人は急に踵を返して逃げて行った。


「あ、ま、待って!」


 僕は慌てて声を掛けた。駆け足で追った。丘の向こうには湖があった。女性は50メートルほど走って逃げた後、ふと立ち止まった。


 背中が上下に動いている。息をきらしているようだ。僕も少しの距離を保って立ち止まった。


「逃げないで……」


 僕の言葉に女性はこちらに顔を振り向いて、次に体もゆっくり反転させた。僕は一歩、近づこうと足を出した。


「来ないで!」


 女性が叫んだ。僕は立ち止まった。その声には聞いたことが無い周波数が含まれていた。頭の中の細胞が、いや心臓の細胞がざわついている。


 少しの間、睨み合いが続いた。アナとザックが歩いてきた。まだ距離は保ってくれている。


 湖を渡った少し涼しい風が二人の間を吹き抜けた。太陽の位置がわずかに動いた。


「誰?」


 彼女が僕に向かって叫ぶ。


「あなたは誰!?」


 もう一度叫んだ。その声……

 聞こえているよ。

 ずっと追い求めていた声だ。

 僕の名前を知りたいのか?


「カイルだ」

「男……の人?」

「ああ、そうだよ」


 言いながら心臓の鼓動が再び激しくなった。


 君は女性か? そう聞くべきか一瞬逡巡したが、その必要が無いことはわかっている。彼女が先に聞いてきた。


「アンドロイドではない?」

「ああ、普通の人間だ」


 彼女は少し落ち着いたようだ。


「もう少し近づいていいよ」


 許可が出た。僕は優しい言葉に甘えて、少し近づいた。しかし十分ではなかった。


「そこで止まって! カイルって言った?」

「そう、カイルだ。カイル・ウォーカー」


「あっちの二人は?」

「ああ、アナとザックだ、僕の連れだ」


「ザック…… あの人も男性……」

「ああ、その通り」


 彼女はその碧い目をキョロキョロと動かし、僕らの容姿を観察した。唇をキュッと結んで、なおも職務質問のように訊ね続ける。


「あなた達、どこから来たの? なぜここに?」

「その前に……」僕が言った。

「君の名前も教えてくれないか?」


「嫌だ」


 思わぬ即答にずっこけそうになった。

 手強い。女性のイメージが一つ崩れた。

 僕は気を取り直して言った。


「僕らは、そう東のイナク……ユーラシアリジョンからやってきた」

「ユーラシア? どこ? そこ」


 ユーラシア大陸を知らないのか?


「ワープは知っているんだろ、東方の大陸からワープカプセルで来たんだよ」

「ワープは知っている。ポートがそこにあるし、私もそれに乗るつもりでここまで来たわけだし」


「どこに行こうとしたの?」

「アメリカ……」

「へ?」


 僕はポカンとしたまま、アナとザックに来るように合図した。もうこの女性が逃げることは無いだろう。再び女性に聞いた。


「ここはアメリカ大陸じゃないの?」

「違う。ここは島。中継地」


 アナとザックがやってきた。


「こんにちは。アナです」

「ザックだ」

「こんにちは。あなたも男性?」


 ザックに向かって聞くが、まだ自分の名は名乗らない。


「そうだよ。なんだ、お前も記憶が無いのか?」


 ザックが言った。

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