第17話 ワープ中の魂

 ワープとは言っているが、この移動システムは実際には瞬間移動ではなく、単に超音速で移動するシステムである。


 真空パイプが目的の地点まで接続されており、動力はリニアモーターと重力制御のハイブリッドである。カプセルは最高マッハ20程度の速度で移動する。


 平均すると時速7千キロとなり、地球半周を3時間で移動する。


 最終アナウンスが始まった。


「ご搭乗の皆さま、準備はよろしいでしょうか? ウエストポート29行き、7番カプセル3機が間もなく出発となります。ワープ所要時間は1時間を予定しております。シートベルトをお締めになり、ごゆっくりおくつろぎ下さい」


(1時間? 随分早いな)僕は思った。


 アメリカ大陸だと2時間はかかるはずだ。リクライニングチェアのようなほぼ寝る体勢の座席で、僕は左腕を上げて訊いてみることにした。


「ピコ、1時間って早くないか?」

「ウエストポート29ってDBにないよ。新設されたのかも。場所も推定できない」


 そもそも、この行先はワープ申請の際にガイアに渡航目的を告げたところ、勝手に設定された場所だ。


 ガイアは行先は決めるが、その詳細を教えてくれない。まあ、ワープ許可が出ただけでも奇蹟ではある。


 おもむろにカプセルは出発ゲートにセットされ、密閉された。急速排気が完了するとゆっくりと動き出した。


 トンネルのような真空パイプには光源が点在して設置されており、前方から上と左右の緑の点が近づいてきては後ろに抜けていく。


 それは徐々に早くなりやがて線にしか見えなくなった――



 ◇ ◇ ◇



――アナの意識はカプセルから飛び出し、宙を舞っていた。紺色の夜空がアナを包んでいた。


(私は一体誰なんだろう)


 生体型のアンドロイドなのは分かっている。


 人の形になった後、ガイアにしばらくの間保管され、カイルに目覚めを要求され、カイルのGPとなった。それも分かっている。


 私の意識は紺色の空をさらに高く、高く上がり、やがて地平線近くのオレンジ色の虹と天空の満点の星が同時に現れた。


 カイルとは初めて会ったわけではないことを心の奥底が囁いて教えてくれた。


 ザックとは昔いろいろやり合ったことが比較的鮮明に思いだされた。


 フェリアという女性は誰なんだろう。


 私の記憶には通常のアンドロイドとしての思考、データの他に、明らかに誰かの……生の人間の記憶が埋め込まれている。


 記憶だけではなく、体もおかしい。通常の強化細胞とは異なる、何て言うか、弱い、柔らかい、優しい、生々しい細胞が生きている。


 ガイアが埋め込んだわけではない、もっと大きな存在が埋め込んだ「鍵」としての機能が私にはある。この鍵で……


 カイルを覚醒させなければいけない。カイルの目的を果たしてやらなければいけない。


 それは分かっている。

 それが私に課せられた使命だからだ。


 いつの間にか月が昇っている。満月だ。カプセルは遥か下の地上を移動している。


 私の魂は空中に留まり、月を見ている。


 紺色はもっと濃くなり、反対に月は明るく、そう、ひたすら明るく輝いている。


 月の強力な引力が私を引き寄せている。


 私はただのカイルの鍵? それともただ彼を守るアンドロイド? 違う。第三の私がいる。


 生々しい細胞が感じている。私は人間なんだ。月に手をかざす。指の輪郭の赤みが血液の存在を示している。


 強化された視覚が、わずかな色調の変化を捉えている。


 アンドロイドの輸液ではない。人間の血だ。


 高速の移動体に乗る人間の魂は時に空を舞う。

 時空を一瞬だけ飛び越す。

 夢のような心身分離現象はもうすぐ終わる。


 でも認識した。

 私は人間。

 そしてカイルは出会うべくして出会った人。

 彼を覚醒させなければいけない。

 彼を解放しなければいけない。


 フェリア。全てを創ったのは貴女ね。

 貴方は誰? どこにいるの?

 私とカイルは貴女を探さねばならない。


 ああ、カプセルの繭に戻らなければ。

 いつか会いましょう。


 カプセルの中で目を瞑っていたアナの目から一筋の涙が流れた……


 ――時間はいつも舞う



 ◇ ◇ ◇



「間もなく、目的地のウェストポート29に到着いたします」


 アナウンスが静かにカプセル内に響く。

 僕は外の景色に目の焦点を合わせた。


 カプセルの速度がゆっくりと落ちており、いまや風景がはっきり捉えられるほどになっている。


 そこは、未知の世界だった。

 広く、圧倒的な自然が広がっている。

 山や湖や平原や森が輝いていた。

 海も見える。

 こんな豊かな自然があるだろうか?


 これはアメリカだろうか? 

 想定していたのとは違う。カナダか?

 いや、たぶん違う。

 まさか、幻のオーストラリア大陸? 

 いや、ニュージーランドという島があったはず、そこではないのか?


「ピコ、ここはどこだ?」

「さあ、わかりませんねえ。ガイアに情報はブロックされています。下手に推定するとペナルティが来そうなので、考えないようにしています」


「使えないやつだ」

「世の中には知らない方がいいことがあります」


「でも……いいところだな!」

「その意見だけは同意します。先日マザーセンターで眼をいただいてから一番いいものを見させていただきました」


「その内、醜悪なのも見るようになるぞ」


 僕はピコにいたずらっぽく警告した。すると、


「カイルの裸とか?」

「なにっ!」


 ピコに逆手に取られた。

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