第12話 クレバス!

 僕とアナは、二日ほどかけて山岳地帯のマナスルに到着。さらにそこからしばらく歩いて難所である山域に入って行った。ネオヒマラヤだ。


 途中まで特にトラブルは無かったが、標高が高くなるにつれ気温が下がった。僕は薄くて特殊な保温素材のアウターを着て寒さをしのいだ。


 一方、体が強化細胞で作られているアナは、そんな服は不要で、特段、寒さや疲労を感じずに淡々と歩いている。


 ちなみに平地でないとプレートは使いにくい。

 

 僕らは目の前にそびえる、雪に覆われた山、マウンテンソードを見上げてルートを確認した。


「ピコ、ルートは?」

「四つほどあるけどお薦めは二つ。時間を優先するなら直進の登山ルート。但し険しくてカイルには難易度が高いと思う」


「そりゃどうも」

「もう一つのお薦めは氷河ルート。なだらかだけど大回りで二日程度余計にかかる」


「他の二つのルートは?」

「中途半端なのでお薦めしない」

「本当か?」


 僕はピコの情報を信じて、アナと相談することにした。


「アナ、どう思う?」

「どうって、どっちでもいいんじゃない?」

 

 アナは涼し気に言う。そりゃあそうだ。彼女にとってリスクは無いに等しい。


 生体型とは言ってもレガシー技術のアンドロイド、細胞の強化率は最高級、目視ではわからない優れたシールド機能や修復機能を有している。


 エネルギーの補給も実際には一年に一度で十分。おまけに運動能力、検出能力、分析能力いずれもそこらのアンドロイドをはるかに上回る性能を有している。


「アナは直登ルートでも平気か…… 大回りはやだよな~」

「お好きな方をどうぞ」


「じゃあ直登すっか。嫌な予感しかしないけど」


 僕は正面の急斜面と切り落ちた尾根を見て身震いした。SWORDという名前はだてじゃない。


 ピコが余計なつぶやきを入れる。


「カイルには難易度が高いって言ったんだけど」

「うるさい!」


 僕とアナは剣の峰に向かって歩き出した。



 ◇ ◇ ◇



 登山ルートに入って三時間が経過。完全にヒマラヤライクな氷雪地帯に入った。


 21世紀なら考えられない軽装だが、この時代は特殊な保温システムが体を覆い、細胞も簡易強化がなされ、さらには簡単な重力制御ができているので、さほどきつくはない。


 急斜面の手前に入った。崩れそうな氷雪が覆う山肌と、ひび割れたルート。


「ここは雪崩がおきそうだな」


 僕がぼやくと、アナが平然と言う。


「起きるよね、でもそれよりもクレバスに注意した方がいいよ。上より下を見ること」

「おー、やだねー。落ちたくないねえ」


 僕はアナとロープで体を繋ぐ。念のため。

 ピコがしつこい。


「カイルは無理って言った……」

「もういいよ……」


 アナが僕らのやりとりにクスリと笑う。


 一歩一歩踏みしめるように雪のルートを進む。僕が先頭で離れて後ろにアナ。


 それは十分ほど進んだ時だった。重い音が山から聞こえ、驚いて見ると、氷か石か分からないが、大きな塊が崩れて落ちてきた。


「ラクッ!」


 僕は叫んで、慌てて、横によけようと走る。走ると言っても雪に足が取られるのであまり速くはない。


 なんとか落石は避けられる、そう思った瞬間だった。アナが叫んだが遅かった。


「カイル、そこは駄目!」

「うわっ!」


 足元が崩れた! 

 しまった! クレバスを見逃した。


 あっと言う間に身が奈落の底に落ち始めた。ロープでつながれたアナもさすがに踏ん張り切れずに、道連れに上から落ちて来る。


 クレバスに飲み込まれて下に叩きつけられるかと覚悟した瞬間、ロープが急に張って体の落下速度が低下したのを感じた。


 上を見上げると、アナが両手両足を広げてクレバスの両壁を押さえつけている。やがて二人の落下は止まった。僕はロープにぶら下がって空中に浮かんでいる状態。


「カイル、大丈夫?」


 アナが心配そうに上から見降ろす。


「あ、うん。なんとか……」

「一度、そのすぐ下の平らな所に下ろすね」


 アナはそう言うとゆっくりと僕を降ろしてくれた。そしてアナ自身は上から飛び降りた。着地の直前にスローになりゆっくり着地した。

 

「危なかったね」

「助かったよ。アナ」


 二人で頭上の青い壁を見上げる。

 百メートルはある深いクレバスだった。


「カイルはム……」


 僕はピコの音声出力をオフにした。


 アナは僕の両頬を掴んで顔を正面に向けさせて思いっきり顔を近づけてきた。


(厳重注意か?)


 僕は身構えた。すると、予想に反してアナはにやりと笑った。


「あなたは私が守る。絶対安全!」


 僕は思わず「お母さん」と言って抱き着きそうになったが、さすがにそんな事はしない。


「あ、アナ、ありがとう」

「でも、もうちょっと気を付けてくれない?」


 そして、アナは僕の赤い鼻に一瞬のキスをしてから手を離した。

(何か…… 負けた気がする)


 僕らはクレバスを脱出するためにプレートを上昇モードにしてゆっくりと空に向かって昇って行った。


 クレバスを出て難所の尾根を超えると、ようやくマウンテンソードの反対側に出た。


 はるか先に大平原と光の柱が見えた。

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