第11話 アナの記憶2

 翌朝、僕らはローツェの丘を出発した。


 ここからは車が使えない所が多いため、(ムービング)プレートに乗って行く事になる。


 プレートは地上から三十センチメートルほど浮いて、自転車ほどの速度で進むことができる。


 荷物の半分は、次の中継地点であるマナスルに別送した。マナスルまでは3日ほどかかる。つまり二日はシェルターなどに泊まることになる。

 

 アナは朝日が差す中、髪をなびかせながら気持ちよさそうに進んでいる。天気はいいし、少し標高が高いせいか割と涼しい。


 僕はなぜか一言声をかけたくなった。

「アナ、ザックのことありがとう」

 アナは表情を変えずに呟いた。


「……昨日の事?」

「あ、そうかな?」


 なぜか曖昧な返事しかできなかった。アナの視線が少し泳いだ。


「また助けてくれって……」

 アナが一言呟いた。

「え? 何?」

 僕が聞く。


 アナが僕の方を向く。逆光で良く見えないが刺すような視線を感じる。

「あなたがそう言ったの」

「僕が?」


 アナとは今回出会ったのが初めてのはず。GPとしてマザーセンターでしばらく稼働せずに保管されていたはずだ。


 僕の記憶にもピコの記録にもアナの存在は無いが一応聞いてみる。


「もしかして以前、会ったことある?」

「ん? 今のカイル? 無いよ。私は永い間眠っていたし」


 肩透かしを食ったが、何かわかってきた。昨日ザックもそのようなことを言っていた気がする。


「その言い方だと、僕は一部誰かの記憶を引き継いでいるのかな?」

「んー、さすがカイルだね。ご名答」


「そして、引き継いだやつの名もカイルだ」

「そうだね」


「そして、君、アナとザックと言うやつも過去の人間の記憶がある」

「当たり!」


 しかし、なぜか僕にはその過去のカイルってやつの記憶が思いだせない。気味が悪い、自分ではわからないのに他人が知っている。


 昔の僕はアナやザックとどういう関係だったんだろう? アナに聞いてみる。


「昔のそのカイルの事を教えてくれよ」

「んー、やだ。自分で思い出しなよ」


「もしかして嫌な奴だったとか?」

「ふふ。そうかもね」


 アナは不敵な笑いを見せた。僕は左腕のピコにも聞いてみた。


「ピコ、僕の記憶移植について何かわかる?」


「ガイアのデータには無いですね。機密扱いかもしれません」


 ピコが続ける。


「あのくされザックとアナちゃんは虚偽の話をしているとは判定できませんでしたので、移植されている可能性は高いと思います」


 例によって付け加える。


「しかし、肝心のあなたの脳が少しボケているかもしれません……」


「おまえ、言う事が余計だな。それもグレードアップされたせいか?」



 ◇ ◇ ◇



 その夜は久々のシェルター泊だった。


 昔、父やアリエルとトレッキングした時に使っていたが、それ以来だ。シェルターは言わば山小屋で、狭いが雨・風は完全に防ぐ事ができる。


 僕らはコンパクトな携帯食を食べ、狭いシェルター内に身を寄せた。


 考えてみたら、アナをGPとして共にし始めてからすぐ傍で眠るのは初めてだ。

 今までは部屋自体が分かれていたからだ。


 室温は23度で一定に保たれており、簡易的なベッドスペースに僕らは2枚の掛けぶとんを並べた。


 二人とも薄手の部屋着に着替えて寝ることにした。


 深夜2時、僕は左腕に違和感を感じて目が覚めた。アナが寝がえりを打ってくっついてきたのだ。


「こいつ、アンドロイドのくせに熟睡してやがる。しかも寝返りまで!」


 生体型アンドロイドについてはアリエルと一緒に暮らしていたので十分知っているが、これほど人間に酷似しているアンドロイドは見たことが無い。


 一日の生活から行動、体の細部に至るまで人間と見分けがつかない。これがレガシー技術か。


 アナの寝息を腕に感じる。少し涼しいが人間の呼吸とほとんど変わらない。何だ? 僕の心拍が上がってきた。


 アナの腕が僕の腕に触れている。体温が低めなのか、やはり少し冷たいが、柔らかい人間の皮膚そのものだ。


 左腕からぞくぞくするような異様な感覚が僕を襲ってきた。まるで電気くらげか毒草か、痺れるような刺激が腕から全身に伝わって来る。


 これが本来のヒトの異性に対する本能的感覚なんだろうか。


 僕はたまらずアナの寝返った体を仰向けに戻した。するとアナが言葉を発した。

「むにゃ……」


 僕は、目を剥いた。まさか…… こいつ夢を見てるんじゃないだろうな? アンドロイドなのに?


「おい」

 僕はアナを起こして確認しようとした。

 しかし、アナは静かになって起きる気配がない。

「アナ……」

 僕が呟いた時、アナの寝顔が変化した。目を瞑ったままでしゃべり出した。


「カイル、私は鍵。覚醒するには私が必要。その時が来た。まずフェリアと会ってランスピークを越えて……リカバリを早急に開始して。地表はもう時間が無い。ブルースノーが降って来る。第七層に人々を移動させなきゃ」


 ??? 寝言か? こいつ、もしかして本当に夢を見ているのか? 


「アナ、おい、起きろよ」


 僕がアナを揺するが起きそうもない。おかしい。普通のアンドロイドなら触るだけで一発で目を覚ます。こいつの今の状態は異常だ。まるでセンサ機能を停止しているようだ。またしゃべり出す。


「新しい遺伝子が確立された。全ては宇宙雷によるもの。第七層に行きましょう。ヴィンスとアイラが待っている。そしてフェリアにオートゲートを開けてもらわないと。ザックは……要らない」


 言っている内容が全く想像もつかない。どんな夢を見ているんだろう。


 いたずらでアナの瞼を上げてみた。印象の強いアンバーの瞳が現れる。僕がその瞳を覗き込もうとした時、突然アナの右手が僕の首を掴んだ。


「ぐわっ」

「何すんのよ」


 平然とした顔で僕の首を掴んだまま睨む。

「い、いや。起こそうと思って……」

 すると、アナは右手を緩めて僕の首を解放した。


(ふーっ。ただの人間に見えても、やっぱりアンドロイドだ。すごい力)


「変な事しないで頂戴」

 アナはそう言うと、むくりと起き上がった。

 僕は首をさすりながら言った。


「なんか訳わからん寝言言っていたぞ」

「え? 寝言?」

「そう。カギだの、フエリアだの、第七層だのって色々……夢見てたんじゃないのか?」


 アナは少し考えてから答えた。


「ふーん、夢ね……見る訳無いじゃん」

「いいけど、おまえ本当に人間みたいだな」

「ありがと」


 アナは立ち上がって外を見ながら僕に聞いた。


「フェリアって知ってる?」

「……いや、知らないけど」


 僕は自分の記憶を探ってから、後ろ姿のアナにそう答えた。

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