第8話 記憶の継承/女の子

 人は死ぬとどうなるのだろう。

 輪廻転生? 永遠の無?


 西暦2400年代終盤、進化した人類は自らの手で転生する術を身につけた。


 脳に刻まれた記憶をデータとしてダウンロードし、新たに生まれる命へ巧妙にコピーする技術を開発したのである。開発者は……


 稀代の天才、女性科学者のフェイ。

 史上最高の頭脳として歴史に刻まれている。


 科学技術のブレークスルーでは深刻な課題、サイドエフェクトが生まれるのが常だが、この新しい技術にも二つの大きな問題があった。


 一つは倫理的な問題。果たして無垢の生命に、他人の記憶を移植してもいいのか?

 これは対象を厳格に審査し、極めて少数に限定することで許容された。


 もう一つの問題は、成功率の低さである。

 記憶の取り出し、移植、移植後の安定化、いずれの段階でも成功率が高いとは言えず、記憶を完全に定着できる例は当初ほとんどなかった。


 開発者のフェイは自力での解決をあきらめ、信じられないことを公表した。


「アイラ…… スターランナーに託します」

 

 フェイが言うには地底には多層世界が存在し、フェイ自身がそこから来たという驚くべき発言をした。さらに地底深層は宇宙のはるか彼方とつながっており、人類よりはるかに進化した生命体との交流があるとまで言い放った。


 そこを移動するスターランナーと呼ばれる存在が、奇蹟を起こすことができる。


 天才科学者の言う事について、世界中の科学者達が一旦は検証を試みたが、確証にたどり着く者はいなかった。


 フェイ自体もそれを明らかにすることは全く重要では無いし、不可能だと言い切った。蟻が人間社会を理解しようとするようなものだそうだ。


 やがてフェイの話は眉唾か妄想ということで忘れ去られたが、不思議な事にその後、記憶の完全移植が成功する例が出てきた。


 記憶の移植は一部の科学者により継承された。

 さらにフェイは二つの予言、第一に恐ろしいウィルスが発生すること、第二に五百年後に地球に気候異変が起きることを言い残して、その存在を消した。


 やがて彼女の予言通り、恐怖のジルウィルスが発生した。パンデミックが生じたのだった。


 フェイの意思を受け継いだ科学者カイル・ウォーカーは自らを含め何人かの記憶を五百年後に移植するべくマザーシステムを開発し、彼自らプログラムを組み込んだ。



 ◇ ◇ ◇



 その夜、アリエルは僕達の為にささやかなパーティを開いてくれた。旅で必要な行動も良く調べて教えてくれた。見かけがイケメンの口から、注意事項が漏れる。


「カイル、パパと三人でよくサバイバルの真似をして、泊りがけで森の奥深くに行ったよね」


「ああ、行ったね」


「色々な事を教わったでしょ。覚えてるかな? それを良く思い出して危ないことにならないように安全に行って来てよね」


「アリエル、わかってるよ。心配すんなって」


 僕はそう答えると、明日に備えて早めに寝ることにした。


 アナは父のベッドを借りて眠った。アリエルもそうだがアンドロイドは人間のペースに合わせて一日に数時間眠るように作られている。


 特にアナのような強い生体型のアンドロイドは人間に近い行動パターンを取る。


  ―― 翌朝

 

 アナとアリエルは早々に起きていて、出発準備を整えていた。


 僕もそそくさと朝食と出発の支度を済ませ……いよいよ自宅を出る時が来た。


 アリエルは父に一報を出して、今回の僕の旅の許可を取り付けた事、いざというときはアナ経由で通信が可能になることなどを僕に伝えた。


 僕はよっぽどのことが無い限り助けを呼ぶことも連絡するつもりも無かったが。


「気を付けて行って来てね」アリエルが言う。


「ああ。親父の事、よろしく」僕が返す。


「アナちゃん、カイルの事よろしく」

 余計な一言。


「わかりました。アリエルさん、ではまた」


 僕とアナは一歩目を踏み出した。

 西への旅、本物の女性を探す旅だ。

 しかしアナをちらりと見て、旅の意義が半減したような中途半端な気持ちになった。


(すでにこいつがほぼリアル女の子じゃん。やっぱり普通の中性型GPにすれば良かったかな?)


「何?」

 アナが聞く。

「いや、何でもないよ」


 僕とアナは「車」に乗り込んだ。

 午後までひたすら西の方角にひた走る。


 三十一世紀、紆余曲折を経て、街並みは千年前、二十一世紀と一見似たような作りとなった。


 僕とアナは西の中継点まで「車」を走らせる。何時間もかけ、いくつもの町を通過して行く。どこも人が少なく郷愁を誘う。


 助手席のアナは暇そうにパームデバイスをいじっている。千年前のスマートホンから始まったこの文化は未だに続いている。デバイスの機能は比べようもない程進化しているが、いじっている様子は変わらない。


 ちらりとアナをみると、すました無表情の横顔が見える。ふとその彼女が口を開けた。今度は自分の腕をまじまじと見ている。


「ねえ、カイル?」

「なに?」

「この皮膚ってさ、生体でしょ」


「特殊強化細胞です」

 僕の代わりに腕につけたピコが答えた。


「体の中も、普通の人間と同じようなものがあるわけじゃない」

「強化細胞から作られています」


 またピコが答える。

 僕が話すチャンスが無い。


「私はアンドロイドだけど――」

「生体アンドロイド、レガシータイプです」

「もし記憶も人間のものがそのまま移植されていたらさ」


 アナが言わんとしていることはわかるよ。


「――人間と何が違うの?」


 違いは……


「違いはありませんね!」

 ピコが断言した。


「でしょ。私人間と同じだよね」

「いや」


ようやく話す機会を掴んだぞ。

ピコは黙っててくれ。


「君の体はさ、人間と同じと言ったって、シールド機能が完璧なわけじゃない? 筋力もかなり強化されていて、精密機械で、それに雰囲気がさ……」


「どうしてあらさがしする訳?」

「だって……」


 僕は睨んでいるアナを見て、小声で言った。


「本物の女の子って、ほら、クラシックアニメに出て来るような華奢な感じであって……君とは少し違うじゃない?」


「アニメ……あんなの、本物の女の子にはいないんだよ?」

「え?」

「そもそもリアルの女の子って大体、私みたいな感じなのよ。分かってないわね」


「まさか」

「本当よ」

「ああ…… 夢が、理想が、崩れていく」


 僕が嘆き始めた頃に車は最初の立ち寄り地点に到着した。もう夕方の4時になる。

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