第6話 旅の準備

 GPの借用手続きをしている時、――そう、GPは貸与されるのだ。いつの日か返却しないといけない―― 


 その間、アナは現世界のあらゆる情報をダウンロードしていた。一方、僕はアナにこれからの予定を話すことにした。


「アナ、早速なんだけど、僕はすぐに君と西方に旅に出ようと思う。それが僕が二十歳になって君を真っ先に借りることにした理由なんだ」


「西方って、どこへ?」

「どこまでも行けるとこまで」

「制限エリアぎりぎりまでってこと?」


 僕達住民が行動を許されているエリアには通常エリアと制限エリアがある。


 東側はここマザーセンター、つまりランス山脈のふもとまでが通常エリアで、ランス山脈の稜線までが制限エリア。山脈を超えることは許されていない。


 そして反対の方向、西側はおよそ3千キロ先に境界が設定されていて、そこより西側は制限エリアで勝手に行ってはいけない。


「制限エリアにも入りたいんだ……この後ガイアに申請する」

「理由は? 普通は許可されないけれど」


「女性の探索……」

「「ぷっ」」「ははは」


 アナとピコが同時に笑った。

 分かっているさ。

 まるで天使を探しに行くって言っているようなもんだからな。僕はオタクだよ。


「真剣なんだ!」


 僕は真面目な顔をして、強い口調で言った。


「いないって知っているでしょ」

 アナが言う。


「いや、いるかもしれない」と僕。

「いないって」とアナ。

「絶対いる!」


「わかった、わかった。そんなにムキにならないで。私は単なるGPだからカイルに従うよ。女性を探しましょう。ところで私も女性だけど、だめ?」


「君はアンドロイドだろうさ。僕は本物を見たいの。本物に会いたいの!」


「絶滅したんだけどねえ、まあいいわ。ガイアへの制限区域の申請は私がトライしてみてあげる。その方が許可される確率が高いわ。運よく許可がおりるといいね」


「頼むよ」


「同種の申請許可率はこれまで約4パーセント」

 ピコが言った。

「まず無理」



 ◇ ◇ ◇



 アナが申請の結果を報告してくれた。


「カイル、最初に結論から言うと、申請は受理され奇蹟的に許可がでたわ。おめでとう!」

「やった! ありがとう」


 アナが続けて言う。


「ガイアからコメントと注意事項があったから言うね。『カイル・ウォーカーの無謀な試みは面白そうなので受理します』……」


「本当にガイアがそういう風に言ったのか? やつはシステムコンピューターだぞ」


「言ってたわよ(笑)、続けるね。『しかし、西側の制限エリアは管理されていないため、危険な自然区域であることに注意されたし。運よく生還できることを祈る』」


「それも本当か? 運よく生還って、そんなに危ないのか……」


「らしいわね。怖気づいた?」

「いや、大丈夫だ」


「もし、女性を見つけたら大発見だ。連絡してくれ、ですって」


「ガイアって意外と軽いな」


 僕のガイアに対する印象は、この時変わった。

 アナが続けて変なことを言い出した。


「でね、ガイアが言うには、安全のために、ここで少し体に手を加えて行った方がいいんですって。バージョンアップするってこと。携帯デバイスも」


「僕の身体? 僕はアンドロイドじゃないぞ。手を入れるって?」

「何か特別な処置ができるみたいよ」


「具体的にはどうなるの?」

「後々のお楽しみに、ですって」

「いい加減な……」


 確かに、レガシー技術では、人体にもアンドロイドにも携帯デバイスにも特殊な処理を加えられることは知られている。まるで魔法のような特殊な能力をさずける技術だ。


 僕は指定された処置室に行った。アナが僕の身体に色々な器具を取り付ける。ピコはケースに入れてどこかに持っていかれた。僕の意識が徐々に遠くなる、麻酔だろう。アナが見守る中、僕の身体に何らかの処置が施された。


 ものの三十分ほどで目が覚めた。アナが壁にもたれかかって腕組みをしてこちらを見ている。全身が何かおかしい。何か薄い見えない膜に覆われているような感覚だ。悪い感じでは無い。何をされたんだろう。


 ピコが帰ってきた。少し複雑な形状をしている。本体が新しいデバイスに入れ替えられたらしい。


「ピコ? ピコか?」

「イエス」


「何された?」

「バージョンアップ。さっきまでの私とは一味違うよ」


「どう違う?」

「眼ができた。他にも多数のセンサーがついている。信じられない機能も追加された……」


「まじか」


 僕は驚きの表情でピコ(単なるデバイス)を見つめ左腕に装着した。


 アナが口を開いて僕の方に近づいてきた。


「お疲れ様、カイル。どう? 気分は」

「悪くはない。だけど変な感じ」 


「かなり、手を加えてくれたみたいだよ」

「ありがたいけど、どこがどうなったのか分からないことには……」


「おいおい分かるわよ。さあ用事は全て終わった。ここを出ましょうか?」

「そうだな」


 僕は出口に向かおうとした。すると壁に組み込まれているスピーカーから声が聞こえた。ガイアシステムだ。


「カイル・ウォーカー、最後に忠告を。私達はあなたを待っていました。あなたはこれから信じられない世界を見るかもしれません。想像しない現実に直面するかもしれません。しかし、全ては必然であり想定された世界です。時間が必要でした。長い時間が必要だったんです。我々人類には取り返さなければならない世界があります。あなた達が属するべき場所は今の世界ではありません。あなたに、いやあなた達に扉を開けて欲しい。あなたにはまだ見ぬ仲間がいます。仲間を見つけ、古くて新しい世界を取り戻して欲しいのです。その時が来たんです」


 僕は啞然としてガイアの言葉を聞いた。抽象的過ぎる。


「ピコ、録音したか?」

「もちろん」


「ガイア、言っていることはよくわからなかったけど、僕は何か覚悟をした方がいいみたいだな。僕は僕がやりたいことをやるだけだけど、それでいいんだよな?」


「それでいいです。カイル、あなたは私です。やりたい事はやらなければならないことなんです。また戻って来てください。アナ、サポートをお願いします」


 僕にはガイアのコメントがとても人間っぽく聞こえた。レガシーシステムって何なんだろう。


「わかった。じゃあガイア、行って来るよ」

「幸運を祈ります。カイル・ウォーカー」


 僕とアナは車に乗り込みマザーセンターを後にした。自宅に戻る。

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