第5話 アナ・ミューア
細くて小さい体で、顔がさらに小さい。年齢的には15歳くらいか? 髪は長め。とにかく今まで三次元では見たことが無い生き物だ。
「女の子……いや、女性型アンドロイドだ。すごい!」
99パーセント以上の男は女性に興味を示さない。赤ん坊の頃から、そのようにガイアに心理操作されているからだ。ウイルスから人類を守るためにそのような処置がなされている。しかし、僕を含めごく一部の人間はその処理が不完全となっているようだ。僕は女性が好きだ。それでオタクと言われてしまうんだが。
「眼を瞑って……なんて柔らかそうな顔だ」
アンドロイドがゆっくりと目を開ける。僕の方に視線を向ける。そしていきなり話し出した。これが物語の全ての始まりだった。
「カイル……さん?」
「え?」
なぜ僕の名前を知っている?
君は……誰だ? 記憶が宙を舞う。
「カイル・ウォーカー……さんですね?」
「そ、そうだけど……」
「私、アナ・ミューアですよ」
「はあ? アナさんですか……」
アンドロイドらしくない第一印象だ。初めて見る女の子タイプということを差し引いてもだ。いきなり僕の名前をぎこちなくいう所は、妙に人間っぽい。久しぶりに会った友達のような言い回しも気になる。
「カイル、今何年ですか?」
まるで鳥のような声が頭に響く。
年なんてアンドロイドならわかるだろう。ピコがやりとりを観察していたのか、僕のアンドロイドらしくないという疑問を察したのか、とにかく……言った。
「この娘、レガシーです」
「ひぇ。まじか?」
「究極の人間型AIです」
レガシーと呼ばれる高度な技術がある。ジルウィルスが発生する五百年以上前、電子工学、生物化学、航空、AIなどあらゆる分野で、新旧の科学者間で継承されなかった高度な技術群がある。そのような、今の我々では仕組みがわからない技術のことを畏敬をこめてレガシーと呼んでいる。
つまり、ピコはこの「アナ」という名のアンドロイドは五百年以上前の人類史上最高の技術で作られたものであることを言っている。
マザーセンターにはレガシー由来のものが多数ある。例えばガイアシステム自体がレガシーそのもので、自立して何百年も機能している。今の時代の我々にはメンテナンスできない。
GPのアリエルや先程ホログラムで見たレベッカはノーマルタイプだが、レガシータイプのアンドロイドとなると、想像もつかないような機能や性能が仕込まれていることが多い。それがGPとして割り当てられることは滅多に無い。僕はアナに回答した。
「西暦3024年だけど」
「ふーっ。三千年か……まあ想定通りだけど、この体は……うん、新しいのだね」
アナはすらりとした自分の体を見回した。そして僕の方を見て不思議そうに尋ねる。
「カイル、あなたの記憶は?」
「僕の記憶?」
「私の事は覚えていないの?」
アナは僕と以前会ったようなことを言う。僕は一瞬自分の記憶を探ろうとした。しかしこの子を見た衝撃が、その必要性が無いことを示している。
「君とは今、初めて会ったばかりでしょ?」
「はあーん、なるほど。真っさらからのスタートって訳?」
アナは首をかしげた。何かを悟った様だ。
僕はそう言われても、意味がわからない。
やりとりを聞いていたピコが呟いた。
「カイル。あなたと、このアナって子、どうも五百年前に何か関係があったんじゃないかな?」
「どう言う事?」僕がピコに聞く。
「さあ? あなたにも何か秘密があるみたい」
「僕に? 五百年前? 先祖かな?」
僕には何が何やらわからないが、アナは少なくとも見た目は悪くない。何て言ったって待望の女性型だ。ガイアは僕によくこんなGPを候補に挙げてくれたものだ。感謝しかない。
「アナ、君の設定年齢は?」
「えーと20歳、いや18歳かな?」
「ありえん。もっと子供に見える……」
「いいでしょ! 放っておいて!」
「GPとして何ができる?」
僕が聞くとアナは少し黙る。内部で情報をダウンロードしているようだ。
「そこらのGPができることは何でもできる。でもやるかどうかは別」とアナ。
ピコが補足する。
「要するに、性能は高いが従順性は低いということね。少しやっかいかも」
僕は、アナの見た目(なんてったって女の子だ!)と、低い従順性を天秤にかけて、前者を取ることにした。予想どおりでしょ?
「他にいい候補がいなければ君にするかな?」
「他に候補がいても、私に決まってるでしょ」
アナは当然の様に言った。
(こいつ、やっかいだな)
そんな嫌な予感がした。アナはGPと女性の皮をかぶった、やんちゃなネコかもしれない。それでも渋々認めることにした。
「ん~君にしよう!」
「変態オタク!」
ピコが呆れて言った。
こうして僕のガイドパートナーは女性型アンドロイドの『アナ』に決まった。
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