第3話 ガイアシステム
僕は出かける支度を整える。続きを聞きたい?
人類は最終手段に出た。世界中の女性の卵子を取り出し、ウィルス除去処理をした上で凍結保存することにしたんだ。
そして全ての女性がどこかに隔離された。ウイルスの再蔓延を防ごうとしたんだ。
しばらくは、女性に会おうとする一部の男達と警察との間で、激しい争いが繰り広げられた。
異性間接触を防ぐために、飛行機や高速車両は厳格に規制され、移動は制限された。アンドロイドによる男の監視も行われた。
その結果、男性社会でのウイルスの感染拡大は、制御可能なレベルまで抑えられることとなった訳だ。
一方、隔離された女性達がどうなったか?
……とても言葉にすることはできないよ。
ジルウィルスが蔓延したようで……
言えることは、今世界に女性はいないって事。
(さて、マザーセンターにいざ出発だ)
僕は“車”に乗り込むと、ピコに指示する。
「ピコ、行先はマザーセンタ―。訪問のリコンファームも頼む」
「了解。行先セット。予約は問題無し。出発する? カイル坊ちゃん」
「坊ちゃんって言うな! 僕は今日から大人だ!」
「あ、そっか。二十歳の誕生日おめでとう!」
「出発しろ」
ピコの応答はカジュアル設定にしている。
頭が良くて、冗談も言うAIだ。
車がゆっくり移動し始めた。もちろん完全自動運転。
――凍結卵子を管理し、受精卵を作り、そして子供を誕生させるためにマザーセンターが作られた。
人類は女性抜きで種を保存するために必要な三つの技術を開発した。
一つ目は人工子宮。
二つ目は男児だけ誕生させる技術。
三つ目は生体と卵子のクローン技術。
そんな技術を駆使して五百年間は上手くいった。
人口は激減したけどね。分かったかな?
人々はマザーセンターに精子を提供し、子供をリクエストする。マザーセンターではアンドロイドが受精卵を作り、人工子宮で育てて誕生させる。
リクエストした人々が子供を受け取りにくると、マザーセンターが赤ちゃんを差し出す。もちろん男の子だ。人類の未来は、そういう世界になっているんだ。
出産管理プログラムは『ガイアシステム』と呼ばれた。やがて『ガイア』は社会システム全般を管理するように拡張された。
科学者達は再度のパンデミックを防止するために『ガイア』に様々な管理システムを組み込んだんだ。
例えばかつて女性隔離地域に侵入した男達の様に、管理システムから逸脱しようとする人々を防ぐために、人類は高度な科学技術を一般公開せず、厳格に秘匿するようにしてしまった。
太陽に向かって車が走る。高速で街並みが流れていく。車の速度は早い。
間もなく白い壁の大きな建物が見えてきた。その奥には遥か高くそびえるランス山脈が見える。
マザーセンターの入口は山脈の裾野にある。
ついに山脈の下にある巨大な地下施設――マザーセンターに到着した。
通過が承認されゲートを通ると、内部空間をまたひたすら飛んで行く。
指定のエリアはめちゃくちゃ遠くて車でも五分もかかる。仮に歩いて行けば丸一日かかるだろう。
説明を続けるよ。ガイアシステムには人類の思考を制限するような管理機能も加えられたようなんだ。
僕達は(想像上の)女性に対して本能的な興味を持たなくなった。
幼児から児童までの教育課程で何か洗脳のような事が行われているのだと思う。
「ピコ、僕用のGPはどんなだろうね?」
「さあね。カイルは変態だから、お望みどおり女の子なんじゃないの?」
「おー、それいいね」
「人に気持ち悪がられるわよ。何なら、世間を騒がせすぎて当局に差し押さえられるかも」
小型デバイスがたいそうな口を聞く。
「いーんだよ! 僕の趣味だ」
僕はデバイスを指で弾いた。
繰り返すが、その後の人類(=男)は、ウィルスの感染対策として『ガイア』から性的に抑制されている。
同性のパートナーさえいれば十分だと子供の頃から刷り込まれているんだ。
女性は今や伝説の存在である。
女性を現実的な対象として見る者は気味悪がられる。
――私はピコ。小型デバイスです。
ここで主のカイルについてばらしちゃうね。
カイルは、普通の二十歳の男の子なんだけど、いわゆるオタクなんです。
何に夢中になってるかというと、伝説の『女性』なんです。
そうですねえ、この時代の『女性』は、みなさんの時代の感覚で言えば『女神』とか『天使』などと同じような、非現実的な存在ですね。
この時代、『女性』は伝説のものであってリアルにはいないので、カイルのように『女性』はいるなんて言って執着する人は、オタクと認定されます。
私はいつもカイルに、『女性』を語るのはほどほどにしなさい、少なくとも人前ではあまり話さない方がいい、って助言しているんだけど、言う事をきかないんだよね。
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