第2話 カイル・ウォーカー
――『女性』はウイルスにより絶滅した。
誰もが知っている。
―― 人類に『女性』がいなくなってから、もう四~五百年経つ。
東のランス山脈から太陽が昇ってきた。
朝陽が広野を照らしている。
そこに僕の住む街イナクがある。
約九百年前に作られた古い街だそうだ。しかし、今や世界の人口のほとんどはこの街に集中している。
人類の世界はとても、とても小さくなった。
女性がいなくなり、人工出産しかできなくなった人類は、五百年間で人口が劇的に減ったのだ。
一望千里の広野に住居や施設が点在している。
高いビルは無い。ほぼ全ての建築物の上の空中に日光の透過率を下げるためのシールドが設置されている。
その上を多数の卵型の乗り物(“車”と呼んでいる)が静かに縦横無尽に飛び回っている。
地上では、車から降りた人たちがプレート(青い楕円形の板)に乗って移動している。
時折、一人乗りの車いす型のカートが通過する。歩くのが困難な人が乗るものだ。
カートが通過したところに一軒の住宅がある。キャンプ用のテントのような複雑な形をしている。可変色の窓は今はやや濃い紺色になっている。
部屋の中に視点が移る。白い壁に組み込みのモニターと窓、ベッドと机、観葉植物。無機質だが清潔で落ち着いた雰囲気。壁から流れる静かな音楽とトーク、鳥の声、窓から差し込む朝陽。
そんなものを感じながら僕は目覚めた。
(また同じ夢だ……)“女性”がいた。
いつもと同様、夢のイメージは儚く消えゆく。
最近僕はおかしい。日中も体が勝手に動くような感覚に陥る。自分が自分でないようだ。
壁に内蔵のスピーカから、なおも聞き慣れたパーソナリティのトークが聞こえてくる。
『お目覚めはいかがでしょうか? 今日は3024年8月15日です。遥か昔のこの日、大きな戦争が終結しました』
知っている。第二次世界大戦というやつだ。日本が降伏して終わったんだ。
僕はベッドを出て服を着た。腕にピコを付ける。ピコは腕輪型の音声アシスタントツールだ。
壁に表示される情報を確認する。今日は僕の二十歳の誕生日、マザーセンターを訪問する予定が表示されている。
(今日はいよいよマザーセンターに行ってGPを受け取るんだ)
GPはガイドパートナーの事で、個人をサポートしてくれる人造人間の事だ。二十歳になると一体割り当ててもらえる。
GPの体内には色々手が加えられており、通常の人間と違って丈夫にできている。通称、『生体型アンドロイド』とも呼ばれている。
骨格、内臓から血管、脳と人間と同じ臓器で構成されているが、細胞自体が強化されており、記憶も管理されたものを移植されている。
僕は部屋を出ると階段を下りて、リビングルームに行った。年上の男性が対面型のキッチンにいるのが見える。金色の髪が肩まである。背がやや高く顔が小さい。
「アリエル、おはよう」
「やあ、カイル。起きたのね」
紹介する。アリエルは父のGPだ。口調に違和感はあるが、彼の性別はもちろん男だ。
「何? なんでこっちを見ているの?」
彼が言う。
「いや、何でも無いよ。いただきます」
僕はテーブルに用意された朝食を食べ始めた。
改めて重要な話をしておく。この時代に『女性』は存在しない。人間は男性だけだ。街に出ればわかる。見る人、すれ違う人、全てが男性だ。なぜこうなったのか? 説明しよう。
およそ五百年前に、恐るべきジルウィルスによるパンデミックが発生した。強力な男女間感染を起こす始末が悪い新型ウイルスだった。
母子感染もするこのウィルスは致死率が極めて高い。そして特に感染、発症しやすいのが女性だった。人類は困惑した。
このジルウイルスは変異スピードが速く、ワクチンがあまり効かなかった。効果的な治療薬も無い。
人類は絶滅の危機に襲われたが、専門家による血のにじむような努力で、ついに卵子からウイルスを除去することに成功した。この処理技術が開発されて危機は脱したかに見えた。
「カイル、お父さんから連絡があった。あと一週間で出張から帰るって」
「そう、そりゃ良かった。アリエルもうれしいだろう」
「もちろん」
GPのアリエルは体は男だが、立場と振る舞いは完全に父の妻、つまりかつての女性である。
僕はどう思っているかって? 兄貴かな? いや、単なる父の連れだ。少なくとも母親では無いね。母親って想像がつかないけど……
そうだ、ウイルスの話だった。
卵子からウィルスは除去したけど状況は再び悪化したんだ。生まれてきた女の子は、結局、土着のジルウィルスに感染してしまうケースが多かったんだ。
実はジルウィルスは自然のものではない。生物兵器として開発されたものだ。このウィルスは長生きで、宿主がいなくても長期生存する。広範囲に感染が広がったために地上の至る所に潜んでいる。専門家は絶望の淵に立たされたらしい。
「カイル、今日は君の誕生日だけど、ケーキでも用意する? お祝いしましょう」
「あ、適当でいいよ。今日はマザーセンターに行って来るから」
「もしかしてGP?」
「ビンゴ! アリエルそっくりのもらってこようかな?」
「それは止めてくれない?……ちょっと複雑……」
「うそだよ、ご馳走様!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます