フェリア ~女性が絶滅した世界に青い雪が降る~

🦞三杉令

第1話 隔離プログラム

 新型コロナと同様、人類は十四世紀にペストという恐ろしい感染症と闘った。当時イタリアでは船の到着時に四十日間の隔離期間を設けて船の人達を上陸させなかった。この四十日を意味するイタリア語から隔離や検疫を意味する「Quarantine」という言葉が生まれた。



     ―― フェリア ――


  ~女性が絶滅した世界に青い雪が降る~




 

 西暦2500年頃、人類は性的接触で強力に伝播する恐ろしいウィルスにより絶滅の危機に襲われた。


 人々は生き延びる為に、やむを得ず男女を隔離する大規模な計画を遂行した。

 そして隔離しながら生殖を維持するために、ガイアという管理システムに世界を託した。


 さらに男女が近づかないように、航空機など高度な科学技術を自ら封印した。パンデミックを防ぎ、ウイルスを絶滅させる為の苦肉の策であった。


 それから500年の長い年月が流れた西暦3000年頃、人類が自らの世界を取り戻す機会がようやくやってきた。


 徹底した防疫管理が成功し、ついにウィルスが絶滅したのだ。しかし人々はそのことを知らない。全てはガイアシステムが秘密裏に遂行する計画であったからだ……


 無人のマザーセンターの制御ルーム内に電子警告音が鳴り響いている。やがてアナウンスが流れる。人間は誰も聞いていない……



 ――報告します。

 ジルウィルスが絶滅しました。

 繰り返します。

 ジルウィルスが絶滅しました。


 Quarantine(隔離)プログラムを終了します。

 繰り返します。

 Quarantineプログラムを終了します。



 ◇ ◇ ◇



 ―― およそ二十年後 ――



「ここは一体どこなんだ?」


 まるでウユニ塩湖の様に非常に広大なエリアに青い水面がどこまでも続いている。


 青空と白い雲が水面の鏡に映っている。


 遠くの山々も、何もかもが鏡面に見事に反転して幻想的な世界を形作っている。


 全体が非常に浅いのだろう。

 水面は全く波立っていない。


 完全な鏡面と静寂……


 遠くの水面に、立っている人が見える。

 こちらに向かってゆっくり歩いている。


「あれは誰だろう」


 目を凝らすと徐々にその輪郭が現れてきた。

 青空と白い雲とわずかな山しか見えないキャンバスで、その人影はまるで神の使いの様に見える。


「女性だ! 間違いない」


 僕は息を飲んだ。ついに見つけた。

 やっぱりいたんだ。


 彼女は、まるで金星の光が人の形を成したかのような存在だった。


 その肌は輝くように白く、まるで淡い霧が彼女の全身を包み込んでいるような幻想的な美しさを持っている。


 長く艶やかな髪は、風に揺れるたびに星の輝きを撒き散らすようで、見る者を引き込まずにはいられない。


 大きな瞳は深い青色で、そこには遥かな時と空間を見通すかのような知恵と優しさが宿っている。


 彼女は、柔らかなシルクの衣をまとっており、流れるように身体にまとわりつき、その一つ一つの動きが優雅さを際立たせる。


 衣の縁には金糸が織り込まれ、細かく精巧な模様が施されている。それはまるで、大地と星々が彼女の足元に膝をつくかのようだ。


 彼女の微笑みは、僕の心を暖かく包み込み、安心感を覚える。


「し、失礼いたします」


 近づいてきたその女性に、僕は極度に緊張しながら声を掛けた。


 彼女はにっこり微笑むが、何も答えない。

 彼女を照らす光が強くなり逆光に霞んだ。

 やがてその表情が全く見えなくなった時に、女性は初めて声を掛けてきた。


「カイル、久しぶり。上手くやれているようね」


 カイル? それが僕の名前か? 

 自分が何者か、彼女が何の話をしているのか、さっぱりわからない。

 しかし彼女は僕の事を良く知っているようだ。

 そして僕は突然、ひざまずいた。


「はい、フェリア……様?」


 僕は自分の口から出た言葉に驚いた。

 フェリアって誰だっけ? 様? 

 僕と彼女はどういう関係なんだろうか? 

 青い水面と彼女の足元を見ながら考えた。


「私はフェリーナよ、立って」


 フェリアではなくフェリーナ?

 その言葉に立ちあがると風景が一変していた。


 青空は消え、百夜の様に薄暗い。

 オーロラがいたる所に見える。

 やがて水色の雪が降ってきた。


 見ると、地上も雪に一面覆われている。

 氷(ブルーアイス)にも見える。


 彼女が言った。


「さあ、もう行かなきゃ。私達が最後よ」

「え? どこにですか?」


 僕がそう聞いても、彼女は答えずにただ目的の方向を見つめた。

 遠くに黄色く光る巨大な円柱が見えた。


 そうだ、あそこに行くんだった。

 僕は納得して、彼女と光る柱に向かって青い氷の上を歩いて行った。



 そこで僕は目を覚ました。

 ――また同じ夢だ。





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(作者より)

本作品をご覧いただきありがとうございます。

毎日1話ずつ16:16に予約投稿しております。13万字くらい。1月下旬に完了する予定です。近況ノートにエピソード補足を掲載する予定です。

世界感を絵にしましたので参考にしてください。

https://kakuyomu.jp/users/misugi2023/news/16818093089427273424

よろしくお願いします。


三杉 令(みすぎ れい)

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