第6話
「――それでは、生物の中に存在する新たな力とその性能に題しまして、スターダスト学園仮入学生による発表です」
雰囲気はとても落ち着いていて、眼鏡をかけた黒髪お団子ヘアの女性が淡々と言葉を綴った。
僕はまだ仮入学生という身分である為、名前は公表されなかった。
もし仮に、この発表が失敗したら僕の入学はキャンセルされるかもしれないからね。
まぁ、そんな事はありえないけど。
司会者のそんな声はマイクのような音響機器を通し、スピーカーのような拡声器から室内全域に響き渡る。
慣れ親しんだその機材には、どこか懐かしさを感じるな。
これも先人の天才達の賜物か。
――女性の台詞は僕の出番が回ってきた事を知らせる合図であり、そして同時にかつてない緊張を湧き上がらせ、冷や汗として襲ってきた。
前世の
だがこれも、一度始めてしまえば後の祭りだ。
今はただ、自分の研究成果を信じて、無事に終わらせる事だけを考えよう。
◆◆◆
ジリジリと鳴る機械音と共に僕の発表が幕を開けた。
一歩、また一歩と踏みしめた足はやや強ばっていて、緊張している事を自覚させられる。
目先に座り込む天才達とお偉方の視線が痛い。
高鳴る鼓動。強ばる肢体。
それらを一気に解すように深呼吸をし、発表を始めた。
「人々が重い荷物を持ち上げる時、見た目に反してやけに軽い――という現象が度々ありますが、単刀直入に言いましょう。
その時に発揮される超パワーこそが、今回私のテーマである『人々の中に存在する新たな力』なのです。
そしてその力は人間だけに限った話ではありません。
そう、魔獣やその他の生物全てに該当するのです。
ですが、その話を聞かされたところで真実味が無いのも事実。
本来ならばそれは、オーラとして空気に漂っているにも関わらず、人間はそれを感知する事すらできないのですから。
なので今回はここにオーラを感知できるゲストをご用意しました。
口で説明するよりも、実際に見てもらった方が確実という事ですね」
一通り喋り終えた所で左中指と親指を擦り合わせ、パチンと破裂音を鳴らす。
それが合図を知らせる為のものであると。
そして、ゲストは現れた。
全身ガチガチの防護服で身を纏った二人の役員がゲストを運ぶ。
やがて僕の左隣に登場したのは檻に入った一匹の魔獣グレゴニーだった。
この日の為だけに育てたヒグマ並のサイズがあるグレゴニーだ。
このサイズのグレゴニーは野生で探しても見つからなかった。
そこで僕は一から育てる事を決意したのだ。育てるとは言ってもそこまで難しい事はやっていない。ただ同じ事を繰り返しやっていただけだ。
生まれた時から少しづつグレゴニーにエナジーを与えていき、エナジー
一つの臓器が膨張すると、肉体もその臓器を守ろうと次第に大きく成長する。
そういう訳で、ヒグマサイズのグレゴニー誕生秘話は終わり。
「――こちらにご登場願いましたのは一匹の魔獣グレゴニーです。
見ての通り、人間が素手で渡り合えるほど脆弱ではないですし、基本的には懐く事もありません。
勿論、この状況で檻なんて外したら、襲ってくる事は間違いないでしょう。
ですが、安心して下さい。
私は今から新たな力を使用し、絶対に懐くことの無いグレゴニーを懐かせてみせましょう」
檻の
一方僕はそんなグレゴニーに見向きもせず、鎖で厳重に巻かれた南京錠の解除に手こずっていた。
ここに持ち運ぶ際に、細心の注意を払うようにと念を押され、仕方なく固結びのように適当に巻き付けたのが間違いだった。
数秒程度の南京錠との格闘だったが、これ以上は流石に時間をかけられない。
エナジーによる身体強化を左腕に行い、左手で握った南京錠を引きちぎる。
鎖と鎖が衝突し合い金属音が響くが、聴衆はグレゴニーに夢中でそんな事は気にしていない。
一方で例外も一人。
最初の方で司会進行を務めていた眼鏡をかけた女性だけは、化け物を見るような眼で僕を見ていたのだが……。
「グゴォオオオオオオオッッ!!」
グレゴニーの咆哮に会場にいる人達は騒然。
本来は発表者以外一切の声を発する事は許されないのだが、この時だけは皆、焦燥感を剥き出しにして呟いていた。
『おいおい大丈夫か?』
『アレヤバくないか?』
『逃げないとマズイんじゃ……』
『あいつ死んだわ』
『私達も死ぬわ』
檻の扉を開いた瞬間目と目が合い、勢いよく腕に噛み付いてきたグレゴニー。
もしここがラブコメの世界だとしたら、このまま恋愛が始まるシチュエーションだろうが、生憎相手は獣だ。
僕にズーフィリアは無い。
ガブリと腕に噛み付いたグレゴニーの姿に会場の何人かは、視界を遮断した。
それも当然。本来ならば僕の腕は、既に噛みちぎられていただろう。
だが僕は自身の腕にエナジーを施している為、痛みを感じる事はなかった。無傷だ。
――噛み付いた腕から中々離れないグレゴニー。
こんな事もあろうかと、僕は落ち着かせる術を考えていた。
その名もよーしよしよしの術だ。
「よーしよしよし、よーしよしよし……」
腕に噛み付いたグレゴニーの頭を余った方の手で撫でるように、身体から溢れ出すエナジーを実験の時と同じ容量でグレゴニーに流し込んだ。
「グゴゴォッッ?!」
「えーコホン。
このように、あんなに騒がしかったグレゴニーは見る影も無く、大人しくなりました。
それでも、疑り深いのが研究者の性というもの。
本当に懐いているのか――それを証明する為に私はグレゴニーから一定の距離を置き、そして手を二回叩きましょう。
本当に懐いているのならば、グレゴニーはきっと私の元へ来るはずです」
また一段落喋り終え、グレゴニーの頭を撫でながら、目線の位置まで
「ヒソヒソ……」
(じゃあグレゴニー?今から僕は一番右端まで行くから、手を叩いたら、こっちまで来てね?)
グレゴニーだけに聞こえるようにそう言い聞かせた後、壇上の右端まで小走った。
勿論、グレゴニーに言葉は通じないわけだから、伝わる事は無いし、言う通りにもしないだろう。
パンパンと会場全体に伝わる大きさで手を二回叩く――が、ただ叩いたわけでは無い。
その時僕は、グレゴニーに向かって指先からエナジーを放出させ、誘き寄せたのだ。
その結果――、
「キャウンッ!キャウンッ!ハッハッハ……」
先程の頭部を撫でた事によるエナジーの過剰摂取でグレゴニーは僕の事を逆らってはいけない人物だと認識している。
その時の恐怖心を指先からエナジーを漂わせることで煽っていたのだ。
それがこの見事なまでの懐き様。
さっきまで獰猛だったグレゴニーと、今この場にいる愛くるしいグレゴニーは本当に同一なのか。
この姿を見れば誰もがそう思うだろう。
だが間違いなくそいつは同一の魔獣なのだ。
会場にいる人達の表情からは、さっきまでの焦燥感は抜け切っており、今ではペットを可愛がるような、そんな眼差しを向ける者までいた。
「この力こそが、私が発見した新たな力なのです。
私はこれを
本来は懐くことの無い魔獣を懐柔させる事ができるだけでも十分に凄いのですが、エナジーの真髄はこんな物ではありません」
大人しくなったグレゴニーの身体にさらにエナジーを追加していく。
何故か――エナジー爆発を起こすのだ。
「グガァアアッ!!オゴォッッ!!」
軈て許容上限をオーバーしたエナジー
――パァン!!
耳を劈くような破裂音が響いていた。
グレゴニーから爆ぜた鮮血が顔から足先までベッタリと付着する。
ちょっと臭い。
「――私は先程、このエナジーをグレゴニーの体内に流し込み続けていました。
念の為に言っておきますが、刃物などを持参しているわけではないですよ?」
被服に備え付けられ
そうして何事も無かったかのように、淡々と再開するのだった。
「それが、あの結果です。
生物には皆、エナジー
エナジー
予め用意しておいたグレゴ二ーのエナジー
「これは、今までどの文献にも詳細が明かされていなかった謎の臓器です。皆様も一度は見たことがあるでしょう。
そう、この謎の臓器こそがエナジー
そしてグレゴニーの爆発――それはエナジーを流し込まれ続けた事により、根源であるエナジー
今度は懐から取り出したエナジー
ミチミチと音を鳴らしながら膨張していき――そして破裂。
「これこそが全ての生物に眠る新たな力。
『
この力を普及し、意識的に使用する事ができれば、人類は更なる進化を遂げる事ができるでしょう。
これからの明るい未来の為に。
以上、私の発表を終わります。
ご清聴ありがとうございました」
終始冷酷なその姿に唖然とする者。
その者達を前にして丁寧なお辞儀をし、
ステージを後にした。
開幕と同じくジリジリとした機械音が流れた。
そして――、
「一定の清掃時間を設けますので、暫くの休憩に入ります」
女性のコールで聴衆は捌ける。
ステージ裏からゾロゾロと出てくる清掃員の人達。
これまでの緊張が一気に解け、僕は血塗れの体で、すごすごとステージを後にした。
◆◆◆
シャワールームで体に付着した血糊を落とし終える。
なかなか落ちずに手こずるが、まぁ何とかって感じだ。
それを見計らっていたかのように、ある一人の男性が声をかけてきた。
「お疲れ様でした」
黒のスーツに身を纏い、左胸には
スターダスト学園のスカウトマンだった。
「この度は、このような機会を設けてくださり、ありがとうございます」
「とんでもないですよ。それが私の仕事ですから。
それにしても、派手にやりましたね。圧巻でした。
何はともあれ、これで貴方もスターダスト学園の生徒の一人となります。
これからもよろしくお願いしますね」
「これからも……ってただのスカウトマンでは無いのですか?」
「あれ?話していませんでしたか。これは失礼しました。
私はスターダスト学園のスカウトマンであると同時に生物学の准教授でもあるのです。
改めて名を――マキバ・アンダーソンと申します」
ご丁寧に名刺を渡される。証明画付きの名刺だ。
白衣に丸眼鏡、綺麗に纏まっていたオールバックの髪型は目に掛かるように下ろされており、眼前の人物とはまるで別人のように陰鬱な雰囲気が漂っていた。
この姿が普段のマキバ教授なのか。
なんというか、ここまで人って化けれるんだね。
「そうだったんですか。
この度はスカウトして頂きありがとうございます。
これからの未来になれるよう、精進します」
マキバは、ハハハと柔らかく笑った。
「良い心掛けですね。
貴方は将来きっと大物になるでしょう」
「恐縮です」
それから、これからの学園生活の説明を大まかに受け、帰路に着いた。
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