第2話

 いったい何時間気を失っていただろうか。


 体感としては一瞬のはずなのに、永遠に近い夢を見続けていた気がする……。


「――で――。元気な――」


 突然、声が聞こえた。

 途切れ途切れで判別のしようがない。


 耳に何か詰まったような感覚に気持ち悪さを覚えていると、白い光が拡がるように現れた。

 瞼の上からでも分かるような強く眩しい光だ。


 そうだな、感覚としては、太陽を眼で直視した時の、光が瞼を強制的に抑えつけてくるようなあの感じに似ている。

 こういう時の開けたくても開けられない現象がもどかしい。


 ふぅ……二、三分程度じっと目を閉じて待っていた。

 その間、身体が上下左右に揺さぶられるのを感じながら、肌寒い風を全身で受けていた。文字通りの全身だ。手足、胴体は勿論、男ならば皆が持っているアレも含めて全身でその風を受けた。


 だがそれも一時、今度は暖かくふわふわとした綿のような何かに、空気抵抗で冷えた身体が包まれた。


 死んだにしてはおかしい感覚がずっと続いているから、恐らく僕は生きている……はずだ。

 もっとも、あの状況からどうやって生き残れたのかは分からないが、まぁ奇跡でも起こったのだろう。


 僕の夢見る主人公成り上がりライフはまだ終わってはいなかったのだッ!


 そんなこんなで目を開ける。パチクリパチクリ。

 すると、漆黒のロングストレートの若い女性が僕の顔を覗き込んでいた。

 その女性はハァハァと息づいており、さっきまで一波乱あったかのような多粒の脂汗と涙が混ざり、僕の顔面にポツンと直撃している。


 ハリウッド女優も顔負けのとても美人な女性だった。

 本来の僕がこんな美女を眼にしたら、慌てふためいた後、三回の後転はデフォルトだろうが、自然とそういった胸の高鳴りは感じなかった。

 それどころか僕の本能は、その女性を母親だと告げていた。


 不思議だ。

 僕の知っている母では無いのに、母だと認識してしまっている。

 声、顔、体格、肌年齢、全てが違うというのに。


 そんな感じで母?に対する思案をしていた最中、突然ガタンと叩きつけるように扉の開く音が響くと――、


「テレェェェェェェザァァァァァァ!!!!」


 一人の男性が声を荒らげて入ってきた。

 耳の奥をつんざくような叫声きょうせいに、脳を揺さぶるが如く足音。

 とてもじゃないけど、聞くに絶えない。

 耳を塞いでいても貫通してきそうな程に。

 それくらいうるさい。


「大丈夫か!?無事に終わったのか!?」


 その男性を一言で表すならば、正に巨漢が当て嵌るだろう。

 成人の一般男性を易々と上回る程の筋骨隆々な体躯をしており、それだけでもう怖いというのにも関わらず、更に拍車をかけるように顔面には額から鼻先にかけて、熊にでも付けられたかのような三本の鉤爪の傷跡が余計に怖さを増していた。


 僕は心做しか震えていたが、その震えを抑えたのも、またもや本能によるものだった。

 この男性が僕の父親であると、そう告げていたのだ。


 こ、こここれが、僕のとーさん!?

 いや、いくらなんでもありえないだろ!!

 だって僕の父さんはもっと、細身で長身だったはずなのに……こんなムキムキ僕は知らないぞ!?

 しかも、こっちも超イケメンだし……。


 母と同様この男性も、負けず劣らずのイケオジだった。

 歳は恐らく三十代後半くらい。顔面の傷が不利になっている……かと思いきや、その傷が更に男前を上げており、綺麗な茶髪も相まって、道行く女性を一目惚れさせてしまいそうな、そんな雰囲気を放っている。

 正に生けるフレイ神、そんな言葉がお似合いである。


 てかテレーザって誰だよ……。

 僕はそんな名前の人間も知らないぞ。


 生まれた頃から自国を出た事がないモブだ。

 当然、そんな名前の人間は知らないし聞いた事すらない。


 脳内が渦巻くように混乱しているというのにも関わらず、それを後押しするかのように、後方からまた新たな声が聞こえてくる。


「おめでとうございますアルウェル様!!

 元気な男の子ですよ!!」


 父でもなければ母でもない、だが僕はその声にどこか聞き覚えがあった。


 この声……あ、あれだ。

 最初の方に聞こえてきたあの途切れ途切れの声。

 それと同じ声色だ。


 というか、今度はアルウェル……ですか。

 もう何が何だか……。


 いっそここで思考をやめれば、どれだけ楽になれるだろうか。僕はこの不思議な現状に、酷く苛まれていた。


「テレーザ!よく頑張った!!」


「ねぇアルウィ……ついに産まれたのよ……」


 ん……?産まれたってどういう事だ……?

 僕はもうとっくに産まれているはずだけど??

 あぁ、頭が爆発しそうだ……。


「そうだなぁ!!嬉しいなぁ!!!!」


 アルウェルと呼ばれていた父?は涙を零れさせながら僕に頬を押し当てた。それに同調するようにテレーザと呼ばれていた母?も押し当てる。

 何もかもが分からないで埋め尽くされているが、その涙と行動に、何故か僕はとてつもない幸福感で満たされていた。


 不思議の連続だ。

 この現状も、こんな感情も、全て。


「本当に良かった!!一生大切にしていこう!!

 俺達の初めての息子を!!」


「……んおぁ!?!?」


 その時僕は、今日初めて……いや、両親の言葉通りなら、生まれて初めて声を発した。所謂いわゆる産声と言うやつだ。


 そして同時に、これまでの全てを理解した。




 ◆◆◆




 てな具合で僕は物の見事に転生していた。


 密かに憧れていた異世界転生……のはずなのに直ぐに現実を受け入れる事ができず、『今頃は僕のお葬式でも開いているのかな……』とか、『本棚に隠してあった秘密のお宝漫画がバレてないかな……』とか、今更意味もないのに色々耽っていた。


 これでも前世は性欲有り余った男子高校生ですからね。

 えぇ、そういう本も一冊くらいは持っていますよ。


 異世界転生はメリットばかりかと思っていたが、意外とそうでも無いみたいだ。


 現に今、僕は異世界に転生したはずなのに前世の記憶を持っているからか、僕が死んだ後の世界がどうなっているのかが気になって仕方ない。

 ハマっていた連載中の漫画とか、ゲームのログインボーナスも……それらを見る事はもう一生叶わないのだ。

 改めて記憶リセットの有り難さを思い知ったね。


 まぁ、直ぐに忘れる事は無理でも時間をかければその内忘れられるだろう!

 所詮僕の前世なんて何にもできないモブだもんね!!

 ゲームだって飽きはじめてほぼログインしなくなってたし!!寧ろ、やり直せてラッキーくらいの気持ちで今を生きよう!!


 ――そして僕は、改めて今の現実に目を向けた。


 そしたら見えてきたのだ。


 本来は絶対に見るはずのない何かが……。


 ん?何だこれ。


 それは幽霊のような怪奇な物では無く、もっとこう、薄らとした……オーラみたいな物だったのだ。


 そのオーラは人の身に纏われており、精霊のように光り輝く粒子が何億も集まって重なり合うようにオーラを作っていた。


 このオーラは人によって大きさが異なっており、母テレーザはその身にピタリと張り付くような小さく薄いオーラなのに対し、父アルウェルはその体躯から容易に想像できる程の膨大な分厚いオーラを纏っていた。


 母に抱かれていた時に、僕は母に纏われていた薄いオーラに触れてみたのだが、特別固体になっているわけでも無く、するりと指を通り抜けた。


 よってこれは気体であるという事が判明。


 それと同時に疲れがきたので、目を瞬きさせた。

 すると、オーラは消えていた。


 あれ?と思い、もう一度両親を凝視。

 そしたら、また見え始めた。


 どうやら、オーラは意識を集中させる事で見えるようになっていたが、永続的ではなかったみたいだ。


 無意識の状態に戻ると自然と解除されるようになっていた。


 ずっとオーラが見えてるっていうのも、それはそれで不便だから、これで良かったのかもしれない。

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