第14話

 外見は純和風の旅館で、部屋から一望できる中庭が美しい。畳にベッドが設置されている和洋室に通され荷物を置くと、担当の仲居に九頭竜湖ダムにある白藤を知らないかと尋ねた。が、仲居は大野市の中心部出身のため、旧和泉いずみ村に関することは知らないという。2005年に旧和泉村は大野市に吸収合併され、旧村役場は大野市和泉支所として存在しているらしい。そこに行けば、詳しい話が聞けるのではないかとのことだった。


 お役に立てず申し訳ありませんと言いながらしっかりチップを受け取ると、夕飯は十九時にお部屋にお持ちしますと言い置いて去っていった。


 二間続きの部屋で、寝室となる奥の部屋にはベッドがあり、行灯風の室内灯が鎮座している。ベッドではなく厚みのある豪奢な布団だったら、時代劇などに出てくる遊廓の一室だなと失礼なことを思いつつ、まずは聞き込み調査を始めるべく部屋を出た。貴重品だけを手にフロントへ行き、旧村役場の場所を聞いておく。同じ県内とはいえ旧名田庄なたしょう村は京都に近接しており、ここ旧和泉村は岐阜県に近い。大野市自体は、小京都と呼ばれている。その昔、織田信長によって守護大名の朝倉氏が滅んだ際に、朝倉氏が保護していた京の公家や教養人たちがともにこの地に逃げ込んだ。そのために岐阜に近い割に、京訛りのようなイントネーションが大野市に残った。だが旧和泉村となると、美濃弁と似た言葉を使うらしい。フロントにいた中年の男性は美濃弁のイントネーションが強く、地元の人間だということで少し探りを入れてみる。


「つかぬ事を伺いますが、九頭竜ダム湖半に、白藤ってありますか?」

「白藤でございますか? あぁ、もしかして人待ち白藤のことでしょうか」


 初耳の単語に、馨の第六感が何かを察した。聞き流せない何かを感じ、それはどういったものですかと問えば、古い言い伝えですよとフロントマンは笑った。詳細は口伝くでんで語り継がれてきたが、今では高齢者でも知らない人が増えているという。


「確か清水さんのところの、松子刀自とじが数少ない語り部と聞きます。よろしければ、連絡いたしましょうか?」


 聞けばその人の良さそうなフロントマンは、あと三十分で退勤となるらしい。老婦人に対する尊称である刀自を使う辺り、さすが接客業のプロだなと妙な感心をしてしまう。馨自身、仕事上で付き合う人間は年配者が多いので、自然とそういった尊称を幼少の頃から頭に叩き込まされていた。


「内線で結果をお知らせしますので、お部屋でお待ちくださいませ」


 手掛かりが一つも掴めていない状態で、この思いがけない申し出はありがたい。馨は二つ返事で了承すると、部屋に戻った。


 香りの良い茶で一服しながら、人待ち白藤とやらに思いを馳せてみる。自分が霊視した中に、野良着を着た純朴そうな少女がいた。そして母子共に見えた雪と白藤。推測でしかないが、その少女と白藤に何か深い因果関係があるのではないか。だが、しかし。


「だとしても、失踪した進藤さんと何の関係があるんだろう」


 思わず独り言が口を突いて出るが、背後関係が全く見えない。語り部という老女と、コンタクトが無事に取れることを切に願う。


 それから約四十分後に、待望の内線がきた。

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