第弐幕 霊視の行方

第12話

 茉莉まりは千佐子に駅まで送られて、名古屋へ帰っていった。残された親子は手許の写真をじっと見つめ、同時に息を吐いた。


「禍々しくも悲しい気を感じませんか?」

「この駐車場の写真から感じるわね」


 親子は頷き合うが現時点ではどう頑張っても、それ以上が見えてこない。二人は肩をすくめると、空腹を覚えてきたので夕食にすることにした。三人だけの食事を終え母子は最奥部にある和室へ赴くと、茉莉から預かった写真を並べる。向かい合って座った彼らは、やはり失踪現場となった駐車場の写真から何かを感じると、互いの見解を述べ合った。


「やはりそう思いますか。ハッキリと感じ取れないのが、もどかしいのですが」

「馨さんの霊力を以てしてもダメなの? わたくしにも、何となく禍々しい気配しか、感じられないのよね」


 溜息混じりに母が言えば、息子も腕を組んで写真を凝視する。一般人が見ればただの写真だが霊感が強い者が見ると、どこか違和感を覚えるのだ。ただ退魔師を生業にしている彼らですら、ぼんやりと気配しか感じられないということは相当に強い霊か意識を持った何かが、この駐車場を支配していると見て良い。


「仕方ありませんね、本格的にますか」

「そうね」


 親子は立ち上がるとそれぞれの私室に赴き、二十分後には先程までいた和室の隣室に入った。そこは板敷きの部屋で、広さは京間で十二畳ほど。出入り口は一カ所で、注連縄しめなわで四方を囲った結界が張られている。北側に祭壇があり、篝火かがりびを焚く篝籠も左右に設置されている。親子はそれぞれ水垢離みずごりを済ませ、狩衣・袴姿で現れた。母が祭壇の中央に駐車場と亘の写真を並べている間に、息子は篝火の準備を終えた。やがて火が入ると部屋の電気は消され、篝火が祭壇と僅かながらに周囲を照らし出す。


 当主たる馨が祭壇の前で何やら唱えながら、千鳥足のような足取りでその場を踏みしめ始めた。母は注連縄に沿って同じく何かを唱えつつ、千鳥足になりながら時計回りに回っていく。これは反閇へんばいといって、陰陽師が行う邪気を払う呪法である。またの名を禹歩うほという。片足を引き摺り、千鳥足になりながら定められた作法に則り足踏みをする。こうすることによって大地の底に眠る邪気を静める。母が結界周囲の邪気を念入りに払い、息子が祭壇前を更に清める。篝火の炎が一瞬、大きく燃え上がった。それを合図に母子は反閇を止め、祭壇の前に座る。


 二人で御幣ごへいを振り、己の霊力を高め写真に眠る邪気を浮かび上がらせようと試みる。篝火の炎は、パチパチと音を立てて燃え上がる。一心不乱に集中力を高める二人はやがて、一種の催眠状態になっていく。人は眠っているとき、魂が霊界へ飛んでいると言われる。二人は催眠状態になることで、魂を限りなく霊界へと飛ばし霊力を最大値まで上げる。

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