第10話
「盗み聞きとは池園さんに失礼ですよ。母さん」
憮然とした面持ちで馨が言えば、茉莉はええっ? と大声を上げた。はしたないという思いが沸き上がるよりも早く、つい今しがた耳に飛び込んできた単語と視覚の情報が一致しないことに、戸惑いと混乱を覚えている。
「薫さんと呼べと言っているでしょう? 全く、何度言わせれば気が済むのですか。貴方の脳みそは
目を大きく見開き魂を消している茉莉を尻目に、薫は息子の隣に座す。
「嘘でしょう? どう見ても姉君としか」
呆けた表情で眼前の母子を交互に見ながらも、それでも信じられないとばかりにかぶりを振る。
「正真正銘の親子ですよ。そうは見えないほどに年季の入った若作りのせいで、姉弟に間違えられますが、母は五十半ばです」
「おほほほほ、姉だなんてそんな」
顔をしかめつつ、さり気なく毒を吐く息子とは対照的に、母親は茉莉に極上の笑顔を見せる。同時に座卓の下では力の限り息子の太腿を
「あの、では、引き受けていただけるのでしょうか」
「勿論ですとも。わたくしは第一線を退きましたので、現当主がお力になります」
異論は認めませんからねと更に太腿を抓る指に力が入り、馨は痛みに耐えつつ、ぎこちない笑みを浮かべた。
「できる限りのことは、させていただきます」
ここで万が一にでも断ろうものなら美魔女という名の化け物から、本物の化け物をけしかけられてしまう。ありがとうございますと丁重に頭を下げる茉莉に、引きつった笑みを返すことしか出来ない。
「では、具体的な契約と参りましょう。あらかじめ申し上げておきますが、解決までに何日かかるか判りませんし、必要経費も」
「心得ております。失礼かとは思いましたが、初期費用として二十万円を用意しました。その他の必要経費は領収書のコピーと共に送ってくだされば、ご指定の口座に振り込ませて頂きます」
長い家同士の付き合いがあるだけに、祖母から聞いてきたのだろう。手回しの良さに、面倒な金銭授受の契約説明を省く事が出来て、馨は内心ホッとしている。
「契約書を取り交わしましょう」
馨はシャツの胸ポケットから
「
無言で頷いた小萩という名の式神は、畳を滑るように移動し座敷を出て行く。初めて見る人外の存在に、茉莉は言葉を失って式神の後ろ姿を見つめていた。
「驚かせてしまったかしら。我が家には人間よりも、式神をはじめとする人外の方が多いのよ」
何でもない口調で、先代当主の薫は言ってのける。式神は陰陽師が使役する鬼神ということくらい、茉莉も知っている。ただ一般人では到底見ることの叶わない事例に、理解が追いついていない。この家は人間も人外も全てが自分の常識外にあると、茉莉はこっそり溜息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます