第8話
抹茶の緑を連想させる穏やかな色合い。利休色の
しゅるしゅると、絹特有の滑らかな音は耳に心地よい。そっと目を開ければ、真っ白な足袋と僅かに緑がかった青――千草色の裾がすぐ傍で見える。和服の主が誰か瞬時に察した青年は、何か言われる前に素早く身を起こし居住まいを正した。今まさに小言を言ってやろうと構えていた三十代前半に見える女性は、拍子抜けしたように小さく肩をすくめると自分も青年の前に正座をした。
「
声音に若干の苛つきが混じっているのは、依頼人と聞いて青年が心底面倒くさそうな表情をしたからだ。
「僕のような若造なんかより、母さんの方がまだまだ現役でしょう? どうぞご自身で受けたらいかがですか?」
出来れば面倒くさいことから逃げ出したいなと、馨と呼ばれた青年は作務衣の襟を直しながら言う。
「なに寝言をのたまうのかしら? この息子は。あと母さんじゃなくて、
にっこりと笑っているが、全身から半端ない殺気が放たれている。さり気なく
馨は慌てて
「も、申し訳ございませんでした!」
土下座をしながら詫びを入れる。
この母親は冗談抜きで、息子に式神やら真言密教の
「で? 依頼人とは?」
しぶしぶ作務衣姿で依頼人に会うのも何だと彼は思い、着替えるために立ち上がる。母は奥座敷の方角を指しながら答えた。
「名古屋からいらした、日本舞踊池園流宗家のお孫さんよ」
両家は長い付き合いがある。馨も幼少の頃、両親に連れられわざわざ名古屋まで出掛け、日本舞踊の舞台を観たものだ。宗家は確か七十代半ばだから、孫というなら似たような年齢かと思いながら、馨は自室に入ると洋服に着替えた。
「お待たせしました」
座敷に入ると、住み込みの家政婦である
彼女も七十の坂を越えたばかりだが腰はスッキリと伸び、
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