第7話

「お嬢さんに相応しいと思える弟子が、わたしのもとにおりましてね。宗家そうけに一度引き合わせたいと常々思っていたのです。お嬢さんの伴侶にも、そしてわたしの代わりの指導者としても相応しいかと」

「そうですか。高瀬さんが見込んだ人ならば間違いなさそうですね。判りました、そのお弟子さんの名前は?」

「新藤亘くんといって、お嬢さんより五歳年長の有望な若者です。二十歳で師範の資格を取り、天白てんぱく区の支部で指導をしています」


 二十七歳の若き師範。実際に踊りを見てみなければなんとも言えないが、高瀬のお墨付きならばと心が傾く佳乃よしの。そんな彼女の心境を見透かしたように、高瀬は続けた。


「性格も良い若者ですよ。お嬢さんに似合いだと、勝手に思っているんですがね」


 駄目押しのひと言が、宗家の心を決めさせた。


 一週間後、高瀬に呼び出された亘はいきなり宗家の前で得意演目である相生獅子あいおいじしを踊った。突然のことで面食らいもしたが、師範としての面目を保ち尚且つ宗家の目を釘付けとする踊りを見せつけた。


「さすが高瀬さんのお墨付きなだけはありますね、お見事です」

「宗家にお褒めいただきまして、身に余る光栄です」


 きちんと礼を尽くして謝辞を述べる姿勢に、佳乃はますます好感を持った。


 顔立ちは地味だが朴訥ぼくとつとした人柄は、自分に似て気が強めの孫娘と釣り合いが取れそうだと内心で皮算用を弾く。そこで茉莉の指導を今後は見て欲しいと、宗家から直々に依頼を受けて亘は断ることも出来ずに承諾した。しかも亘も今後は、宗家直々に指導を受けるという破格の厚遇を受けることになった。そいう経緯を亘から聞いたとき茉莉は、彼との出会いは半分仕組まれたもの、半ばお見合いに近い出会いだったと思い返す。それでも亘は茉莉を宗家の孫娘としてではなくひとりの女性として見てくれたことが、交際に繋がる決定打となった。実際、誠実な人柄はたちまち茉莉を虜にしたし彼の指導のおかげでもう一度、舞踊家としてやっていこうという気持ちになれたのだから。


(彼がいなかったら今頃、私は家を飛び出していたでしょうね。仕事だって私が池園家の人間だから雇ってもらえた。それくらい世間知らずの私だって判る)


 亘の指導は高瀬に負けず劣らず厳しいものだったが、細やかな指導の裏に潜む私的な感情に気付いてからは厳しさも苦痛とは思わなくなった。いつしかこの人と池園流を守っていきたいと願うようになり、自然と結婚を茉莉から申し込んだ。池園家に婿入りという形になるため、男性からプロポーズにはならなかった。


「亘さん……生きているよね? 無事だよね?」


 感情が高ぶってしまった茉莉は、こぼれそうになる涙を慌ててハンカチで押さえる。目に眩しい躑躅《つつじ》の白い花弁が、妙に茉莉の目に焼き付く。久遠くおん家の当主が未だに来ないことなど気にもならぬほど、茉莉は自分のことで頭がいっぱいだった。

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