第6話
三年前の五月頃、大学を卒業し地元の中堅企業に就職しつつ将来の家元となるべく舞踊の修行に励む
名取の資格を取得してはや五年。
将来の家元候補としての重責は凄まじく、血縁の自分でなくとも高弟の誰かに母の後継になって貰えないかと真剣に思っていた。茉莉は、このまま自分は舞踊だけに縛られていいのかと思い詰めていたのだ。
大学時代の友人は様々な職種に就職していったが、自分は家に縛り付けられいつ退職しても差し支えないよう地元の企業に就職させられた。しかも就職先は池園流を支える有力な
「お嬢さん、どうしたのですか。腑抜けていますね」
茉莉の指導に当たってくれている高弟の
(宗家とそっくりですな、血は争えないということか)
宗家の
「宗家、お嬢さんの指導係を別の人に任せてみてはどうでしょうか」
「高瀬さんも、そう思いますか」
「ええ、お嬢さんは今が正念場ですよ。このままだと一生名取のままで、家元の跡目は高弟の誰かが嗣ぐことになります。舞踊家として一本立ちさせ家元を嗣がせるならば、お嬢さんの傍に公私ともに添わせる相手が必要ではないかと存じます」
宗家の佳乃と高瀬は若い頃に想い合っていたが、結婚は許されなかった。無理に引き裂かれたために未練も残ったが、流派の名を汚すことだけは許されなかったために不貞行為を働かぬよう、二人は厳重に見張られた。互いの親とも伴侶とも死別した現在は、埋み火のようにまだ微かに燃えている恋心は封じ、互いに支え合い今に至っている。茉莉も年齢的にそろそろ、生涯の伴侶に相応しい相手を見つけてやるべきではないかと高瀬は進言した。
「高瀬さんがそう言うなら、そうなんでしょうね。私たちとは違い、芸事も同じように高め合っていく伴侶を……」
男女としての逢瀬はなくとも、芸事に関しては佳乃と高瀬は最高の伴侶である。互いの配偶者よりも、切っても切れない強い絆で結ばれている。孫娘には公私ともに寄り添える伴侶を見つけて欲しいというのが、祖母としての思いである。
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