第5話
松は男を藤は女を象徴している。
なかなか意のままにならぬ男心を恨めしく思いながら、切々と舞い踊る。やがて酒に酔い興に乗っていると夕暮れになり、藤娘も仕方なく姿を消す。これが、日本舞踊の演目『藤娘』の大まかな内容だ。
肩に担いだ藤の花枝。被っていた黒塗りの笠を巧みに操り、裾を微塵たりとも乱さない。
全ての演目が無事に終わり、
白を基調としたワンピースに身を包んだ茉莉は、和服の時とは印象が違い
丹波山地にある旧
山に囲まれたそこは、言葉の訛りも京に近い。どことなく漂う空気が今は喪われた公家文化を残しているようで、茉莉は何となく懐かしい思いを抱いた。日本人のDNAに刻み込まれた、京は天子の
タクシーで行こうかしらと茉莉が考えていたところ、もし、と声を掛けられた。見れば七十前半の老女が茉莉の顔を見つめていた。
「失礼ですが、池園茉莉さまでいらっしゃいますか? わたくし久遠家の使用人の、
丁寧に頭を下げる彼女は和服姿であったが、下は袴と靴を履いていた。一瞬だが、大正時代の女学生さんみたいな格好だと思ってしまった。
「お迎えに参りました。久遠家にご案内いたしますので」
小回りの利く軽自動車が二人を出迎え、千佐子の袴と靴は運転のためかと得心がいく。二十分ほど南に向かって揺られ、やがて右手に折れると坂を上っていく。更に十五分ほど進めば立派な屋敷が見えてきた。洋館ではなく数寄屋造りのその家屋は、百坪は軽くある広さだ。駐車場を兼ねた砂利を敷いた前庭を含めると、百五十坪はあるだろう。敷地の隅に車を停め、千佐子は茉莉を玄関へと導いた。
奥座敷に通し茶と茶菓子を出すと
「当主を呼んで参りますので」
と去っていってしまった。
ひとり残された茉莉は、開け放たれた障子から見える奥庭に咲く、色とりどりの
しんと静まり返っている家屋内。自分と千佐子以外は誰もいないのではないのかと錯覚するほど、静寂に包まれている。取り敢えず当主が来なければ話にならないので、茉莉は茶と躑躅を堪能することにした。ぼんやりと躑躅を眺めながら、そういえば
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