第5話


 ライブを終え、控室で簡単な打ち上げを行っていた。


 今日ちょこちょこ話をした保科君はウチのメンバーやスタッフとも積極的に絡んでいかず、隅の方で孤立していた。

 そういった姿を見て、何となく彼の性格が理解出来てきた。


 なんというか、少し先輩風を吹かせたくなってくる。



 「こういうときは無理にでも入っていかなきゃ駄目なんだよ」


 声を掛けると、驚いた様子で俺を見る保科君。


 「あっ。すみません」


 彼は小さく頭を下げた。


 「どうだった今日のライブは?」

 「すごく楽しかったです。不安とか考えてる余裕が無いくらいに」

 「そりゃあ良かった。やってみればそんなもんなんだよ」

 「逆に、見る側としてはどうでしたか。ぶっちゃけ」


 何と答えて良いか悩んだ。

 演奏力や表現力は、まあ、高校生バンド。

 特に驚くような部分は無かった。


 当然、酷評するつもりなど無い。

 そもそも踏んでる場数が違うし、年季も違う。

 それに今日はコンテストをしていた訳じゃない。

 しかし、ベタ褒めするのも嘘だしなぁ。



 「そうだなぁ、ぶっちゃけ……まだまだ」


 考えた結果出たのはそんな言葉。

 自分の語彙力の無さが情けない。


 「そうですよね。今日はなんだか自分達だけステージで盛り上がってて、お客さんの反応とか全然見てなかったですし」


 彼はさほど落ち込む様子でもなく語った。

 

 「俺も全部観てたわけじゃないからなんとも言えないけど、”楽しそうに”やってんなぁ、とは思ったよ。でも、それでいいんじゃねぇの?自分達が満足出来れば」

 「満足ですか?出来たといえば出来ましたけど……。でも、もっと練習して、もっと良いものをやりたいっていう気持ちもあるんですよね」

 「へぇ、意外に向上心はあるんだな」


 本当に少し意外だった。

 失礼ながらそういうタイプには見えなかったので……。


 「気持ちだけは……。現状だと実力が伴ってないですけど」

 「それは練習して、場数踏むしかねぇなぁ」

 「はい」

 「ただ、少なくとも運は強いみたいだから、そこは武器だな」

 「そうですか?実感した事は無いですけど……」

 「いやいや、運は強いだろ?楽器始めて一年満たないような状態でこんな場所でライブ出来たんだから。実力があったって、十年掛かっても、もしくは一生そういう機会に恵まれない奴だっていっぱいいるんだからな?」


 結局、俺も運が良かったに過ぎない。

 ただ運が良かっただけだというつもりも無いが、それでもどうしても、その部分は関係してきているとは思う。


 「でも、それは僕の運というより、メンバーに恵まれたってだけで……」

 「そのメンバーと巡り合えた事が運だし、メンバーあってのバンドだろ?女の子使って戦略だの、邪道だの言う奴もいるかも知れないけど、じゃあ、お前等もそうすりゃいいじゃん?っていう話なワケよ」


 そう、だからこそ俺は友人を、メンバーを切り捨ててまでバンドを続けた。

 皆、合意の上での事ではあったが、それでも俺がバンドを優先に考えた事は間違いない。


 「正論ですね」

 「売れ始めてきたりすると、運が良かっただけだの、偶然だのと妬みややっかみを言う奴も多くなってくるからさ……。その運も含め自分の実力だと思うようにしなきゃやってらんねぇよ」

 「えーっと……はい……」


 少し良いことを言おうとしていたつもりが、最後は若干愚痴っぽくなってしまった。

 その青臭さが懐かしくもあり、羨ましかったのだ。

 そして、今の自分を肯定したくなってしまった。


 反省だなぁ。


 「取り敢えず、他の誰かが作ってくれた土台でもいいから、自分は自分で一生懸命楽しめば良いってだけの話」


 俺は手に持ったビールを一気に飲み干した。


 「そういや、保科君はプロ志望?」

 「いえ、今は何も考えてないです。ただ楽しくてバンドやってるだけなんで……」

 「そうかそうか。まぁ、こういう時代だとあんまりプロってのは勧められないから、趣味でやるくらいの方がいいよって言っておく。音楽で食っていこうと思うと色々挫折も味わうしな。それでバンドとか嫌いになっちまう奴もいるし」


 自分を棚に上げて何を偉そうに、と、思わない事も無かった。


 「でも、今回みたいなライブを、すまたしてみたいとは思ってます。ただ、人生を賭ける覚悟があるかといわれると、それも微妙で……」

 「まぁ、今はそこまで深く考える必要はねぇって。ただ楽しくやってればいいんじゃねぇの?で、続けてるうちに選択肢が見えてきたら、またそこで考える」

 「そうですね……なるようにしかならないですもんね」

 「おっ、レットイットビー。かっこいいじゃん!……まっ、そういうこと」


 なんだか、自分に言い聞かせている気さえしていた。

 「なるようにしかならない」のだと――

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