第40話

 ここ数日リオンの行動はパターン化されていた。行動する時間は日が落ち始めて少し涼しくなった時間のみ。


 簡易的な木の器に溜まった樹液を口に含んで、決まった果実の採取に向かい、昨日とは違う道を少し進んで大木の元へ戻る。動ける体力が戻るまで、温存と回復に専念するためだった。


 この生活を始めて四度目の朝。これまでとは違い全身に残る不快感は少ない。痛みは傷を負った箇所以外では感じられず、健康面は万全とまでは言えなくとも無理できるほどの体力が戻ったようだ。


 頬は瘦せているし、魔力の回復も遅いが、動けるようになった以上肉や魚を取ることだってできる。完全復活までの兆しは見えている。

 立ち上がる動作がいつもより軽やかで、力強い。


 動けない間、木を削って作った槍数本と、木の皮で編んだ小袋を携帯し狩りの準備を始める。短刀と、長刀は消耗させるといざという時に困る。


 木の皮や草で作った袋や箱は幾つかあるが、うまく乾燥出来たやつだけを持っていく。木の実以外の食料から栄養をとってより万全な状態に近づけたい。


 昨日までの短時間の探索で行きたい方向は決まっている。目印となる洞穴まで進み、その場に持ってきた荷物を全て置いた。この洞穴をしばらくの間仮拠点として動く。


 洞穴は横に広いが奥行きは浅く、入って右手には湧き水が、左手には苔やキノコが生えていた。元いた大木からそこまで離れた位置でも無いため、樹液を取りに行ったり、木の実採取も難しくない。


 リオンは洞穴の1番奥で、少し高くなっている場所に葉っぱや草を敷き詰めて、簡易的な寝床を作る。次に、その足元にあらかじめ採取しておいた食料候補を置く。


 入り口の方で枝を組んで絞り出した魔力を使い火を着ける。パチパチと音を立て、油分を多く含んだ葉っぱが強めの炎を焚き上げる。しばらくすると火の勢いが落ち着き、黒くなった枝の奥に真紅の輝きが見え始めた。


 火が安定した事を確認したリオンは数本太めの枝を入れて、次の作業に取り掛かった。


―――――――――――――――――――――――――――


 名前の知らないこの島にどれくらいいるのだろうか。おそらくリオンが体感している何倍もいるに違いない。トラタ、バルイン、アクバィラウ、全て足したくらいの滞在時間だろうか。

 

 それとも、ただ悪夢にうなされる時間が長かっただけで本当は相当短い時間なのだろうか、何も出来なかった期間のリオンは問い続けても答えが出ない問題を常に抱えていた。


 そんな中、リオンは一つの違和感を覚える。この島は明らかに野生動物が少ない。アクバィラウのような険しい環境ではなく、これまで見てきた中でも特に生物の鼓動を多く感じられる場所。

 それなのに、リオンが見たのは小鳥と、怪鳥それと、夜中に数回見かけたうさぎのような生き物の影だけだった。


 ここまで血を流しているリオンの匂いを嗅いで、警戒心から寄ってこない臆病な生き物が多いのか、それとも肉食動物が極端に少ないのか。


 そして、ここ最近リオンはこの違和感が解決に向かうような一つの気づきを得た。


 それは鳥の多さ。昼も夜も、鳥の鳴き声が森中に響き渡る。

 不自然なほどに鳥の鳴き声だけがこだまする。鳥ばかりの島だと考えれば色々と合点がいく部分も多い。


 果実の多さ、低木の少なさ。虫の少なさには違和感を覚えたが、拠点の大木から少し離れると多くの虫が棲息していた。小さなものから大きなものまで様々。


 大木には虫を寄せ付けない何かがあったのだろう。この島の生態系は鳥が多くの木の実や種を運んできて、その植物を求めて虫が繁殖する。その虫を求めて、また鳥がこの地に訪れるという循環が起こっているのだろう。


 島という環境は固有の陸上生物以外住んでいない事が多い。この島の陸上生物は仮面装束の島民に狩り尽くされたのか、そもそもいなかったのか、一つ考え始めると止まらなくなった。


 力をつけるために肉を求めていたが、鳥ばかりの島だと気付いたため作戦変更。自ら狩りに行くのではなく、罠を仕掛けることにした。


 簡易的なものだが、草で編んだ縄を使った罠を仕掛ける。狙いは初日にまぐれでとった小鳥だ。低木になっていた果実を使い3箇所に罠を設置した。


 そのほかにも念の為陸上生物が来た時ように鳴子のようなものを建て、この日は夜になった。


 動けるようになった事で、これまで以上に食事が必要になっている。活動によって消費したエネルギー量と、摂取しているエネルギー量が合っていない。

 飢餓状態になる前に果実以外の食事をそれなりの量、用意する必要があった。


 洞穴を拠点としてから5度目の朝。朝食に果実と小魚を食べる。


 川を見つけたリオンの生活はこれまでより何倍も生活が豊かになった。洞穴内にあった水場だけでは心許なかったが、無限に供給される真水と、川の生き物などの恩恵を大いに受けていた。


 今日もいないか、洞穴初日から設置している罠にはこれまで一羽も掛かっていない。鳥の姿は何度も目にするがそこまで馬鹿じゃないのか、そもそも罠が機能していないのか。


 色々と考えて改善すべき点はあるのだろうが、魚や甲殻類を獲る事が出来るようになったため、鳥捕獲の必要性は現在そこまで高くない。


 それよりも今すべき事はこの島の探索だった。襲撃されたあの日以降人の気配は一切感じない。それでも、この島にいる事は確かであるし、この島が相当大きな島である事もここ数日見回った事で理解した。


 朝食を食べ終えたリオンは槍を2本と、昼ごはん用の果実を持って洞穴を出る。今日は入り江の方を調べようと考えていた。


 細心の注意を払い砂場に足を踏み入れる。数回しかこの場所来ていないのだが、どこか懐かしいような感覚に陥る。

 あの日あった沢山の亡骸は無くなっていたが、その痕跡はまだ多く残っていた。


 リオンがあの日力尽きて倒れた付近を見ると、大きな羽根が落ちている。リオンを救った怪鳥か、それとも別の鳥のものか。なんとなくその羽根を拾い上げ、腰巻きに引っ掛けた。


 この場所にいるとあの日の感覚を思い出す。本能のままに暴れ、自分が壊れるか敵が壊れるかを競う高揚感。息が荒くなり、目の奥に鮮血の記憶が湧き始める。


 ガサッ


 リオンが来た方向とは別の森から音が聞こえる。咄嗟にリオンは壁側に身体を寄せて、息を殺す。少しでも覗き込んできたらと、槍を構えて気を張る。


 さっきまでそこにいた何かは、音を立てながらリオンから離れていく。何度か目にしたうさぎか何かだったのだろう。

 警戒心をそのままに、何かが去っていた方向を見ると弓が落ちていた。その位置まで登り、リオンは弓を手に入れた。


 これまで一度を足を踏み入れていない場所。リオンはその先に進むことを少し躊躇したが、その先に求めているものがあるような直感を覚える。


 戦闘の痕跡で残っていた矢を数本回収したのち、冒険に向かった。


 

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