第39話

 大木の根元を少し掘り、その中で体を休める。温度を程よく保ち身を隠してくれるこの場所は安全地帯のない島唯一の安らげる空間かもしれない。


 一晩、もう一晩と、治癒のみに費やして過ごしていく。食事は大木を短刀で削り大木から滲み出る樹液を吸うだけ。初日の鳥が無ければ治癒出来るだけの栄養は足りてなかっただろう。


 この時、リオンは島に来て再び奇跡の恩恵にあっていた。仮面装束の島民達が使っていたように、島には毒性の強い植物が多く生息している。


 リオンが同じ種類だと思っている大木も、見た目は似ているが毒性の強い種類も存在していた。中には樹皮に触れるだけでも手が腫れ、数日間痛みがひかない。

 

 リオンが宿として決めたこの大木はそのいくつもある種類の中で、唯一樹液の栄養価が高く、その上人体には無害だが、虫が嫌がる香りを出し続ける種類だった。


 この島の中でも希少な種類。


 リオンは大いなる恵みを受けながら、僅かに残り続ける生への可能性をひたすら紡いでいる。


 燃えるような痛みを堪え、苦しみの波が過ぎ去るのをじっと待つ。痛みを感じない場所など一つもなく、割れるような頭痛、血を沸かすような発熱、体内で何かが動き回っているような不快感。


 樹液に頼り、老廃物を垂れ流し土に還す。死んでいないと言えるのは確かに意識があるから。昼も夜も眠り、どれくらいたっただろうか。


 これまでぼんやりと世界を捉えていた意識が、はっきりとした世界の輪郭をとらえた。全身の痛みは抜けてはいないが、鮮烈に感じる痛みというのも久しぶりかもしれない。


 これまでは痛みがある状態が当たり前という潜在的認識によってどうにか保ってきていた。

 しかし、その補助輪が外れ、痛みこそ非日常だというあるべき姿へ戻った。


 こめかみを抑えながら痛みの意識を分散させて、ぼやける視界で周囲を確認する。敵意や害意といったものは感じられないため、完全に上体を起こし生き延びた事を実感する。


 両手を目の前に広げ、ぐっぱぐっぱと動かし頬、腕、腹、と上から順番に触り、深く息を吸う。

 痩せ細った体にいっぱいの空気が入り、肋骨が浮き上がる。数回深呼吸を繰り返すと、視覚だけでなく思考もスッキリとし始めた。


 意識が覚醒したことで際立つのは痛みと空腹。全身の倦怠感は何が理由なのか定かではないが、複合的な理由によって生まれた症状であることは確かだろう。これまでと同じように樹液を舐めるが耐え難い空腹には勝てず、余計に侘しい思いをするだけだ。


 せめて木の実でもないか辺りを探ると、赤く熟れた手の平くらいの果実と低木に沢山生った実を見つけた。大きい方の果実は長刀か、魔法を使えばとれる高さに生っているため、ふらふらと立ち上がり二つほど採取した。低木になっている方は片手がいっぱいになるくらい採取して、寝床に戻った。

 

 少し動いただけなのにも関わらず、全力疾走した後くらいの激しい息遣いが止まらない。こんな様子では船の上で生活して、アルト海を見て回るなんてできるはずもない。早く体力を元通りにしなければと焦る気持ちが芽生えてくる。


 それぞれの木の実を少量ずつすり潰し、二の腕の内側に擦りつける。どちらとも赤い果肉のため色の変化はわからないが、肌がピリピリと刺激されるか確かめる。知識のないものを食べるとき毒の有無を確認するのは必然だ。これ以上体調を崩して余計な体力と余計な時間を消耗したくない。


 本来なら一晩様子を見たいが、そこまで出来る余裕はない。少し置いたあと刺激ないことを確認して、それぞれの実をした先に乗せて再び様子を見る。口の中に違和感は残らず果実特有の甘みと酸味が広がった。

 

 ここまで確認すると噛りつきたくなるが、最後に軽く咀嚼し飲み込まず口内に留めておく。一定の時間入れて置き何もかなったとしても一度吐き出す。これをもう一つの実でも確かめた後、暫く安静にして体調の変化がないか意識する。


 一通りの確認を終え、ひとまず即効性も強い毒性も無いことが分かったため、この二種類の果実が当面の食料に決まった。


 大きい方の果実は瑞々しく、甘みが強い。皮は赤く果肉は黄色っぽい白色で中心部には小さな種が入っていた。低木に生えていた小さい方はプチプチとした食感で皮も果肉も鮮やかな赤色をしている。


 酸味は強いが残るような強いものではなく、口内をさっぱりとさせてくれる。肉料理と合いそうだなと食べている最中考えた。


 当面の食料を見込めたため、次はアイテムボックスの回収と船を手に入れる事が次の目標になった。とはいえ、おそらく戦闘になるであろう次の目標に備えて肉や飲み水の確保も必要だろうし、そのために仮拠点も用意しなければいけない。

 

 拠点の場所もこのままというわけにもいかないため、この島を探索する必要もあるだろう。とにかく、やらなければいけない事が山積みだった。

 

 しかし、一時は死を覚悟するような状況だったことを考えると、よくやっている方だと自分を褒める事も忘れない。こういった追い詰められた状況下で最も重要なのは折れない心だ。そのためにも、自分に寛容になるのは必要な流れだと言える。


 果実で腹を満たしたリオンに今度は耐え難い疲労感と眠気が襲ってきた。腹を満たしたら次は睡眠といういかにも生物らしい本能的欲求の連鎖だ。さぁまた明日だと気持ちを作り、リオンは再び床に就く。疲れの溜まっていたリオンが寝付くのに時間は少しもかからなかった。

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