第38話
島の名前という価値観。それは外に人がいるという認識によって生まれる。自分以外の他者がいない環境において自分の名前が必要ないように、海という隔たりが島を孤立させ続けると、そこに住む者達は島ではなく唯一の惑星がここであると錯覚する。
また、その錯覚を錯覚だと知らないまま老いて、死んでいく。
リオンが足を踏み入れたこの場所はそういう場所だった。外から来るのは鳥か、敵か。鳥も獲物のため敵には違いないが、そういう話とは別の敵。
彼らすると単なる自己保存の行動。己達を守るための防衛本能だった。闘争というより、守護。外という世界観に恐れや敵意を持つ彼らすると、内という認識は全て己の延長線上に存在している。
そのため、己の一部である島に一歩踏み入れただけで、それは自分達を害するのだと判断される。同胞が、友人が、家族が、破壊され、侵されるそんな幻想を叩きつけられる。
これまで訪れたトラタをはじめ、バルイン、アクバィラウなどの島々は外への敵意がなかったとは言えない。しかし、この地にとって外の世界は未知で、別の生命体とすら考えている節がある。
リオンの訪れたこの地。この地には二つの特徴があった。一つはリオンを襲った仮面装束を纏った島民達。この島内には彼らとは違う仮面装束の部族が他に三つ。
敵対していたり、共存していたり、関係性は様々だ。
そしてもう一つの特徴――
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目の前で砂が崩れるように消えていく1人の少年。少年の表情は暗闇で塗りつぶされて一切分からず、ただ悲哀がこもっている事はわかる。そうに決まっている。
自分の呼吸が荒くなり、手を伸ばしたいはずなのに両腕をもがれてしまったのか、何も出来ず立ち尽くすだけ。その光景を目に焼き付けるだけで、声すらも出せずにいる。
ここで目が覚める。昔の記憶。両腕はちゃんとあるし、荒くなった呼吸の音がちゃんと聞こえる。どこにも問題はないと、立ちあがろうとした瞬間、全身に強い痛みが走る。
意識がはっきりしてくると、全身に広がる痛みの原因となる箇所がわかる。痛みの強弱はあるものの、全身にかかっている基本的な痛みがそもそも大きいため、強弱は問題ではなかった。
惚けた意識もおさまり、今自分がすべき事と、なぜ今自分がこうなっているかという情報処理が凄い速さで行われる。夢か現実か、薄れいく意識の中にいた大きな鳥。羽ばたき舞い上がる風は地にいるもの全てを叩きつけ、鋭い嘴と爪に触れられる事は死を連想させる。
助けられたというより、毒を帯びるリオンは食べ物にすらならない存在だったのだろう。今は、助かったと喜ぶ事が1番だが、リオンが回復した時あの脅威はリオンにも襲いかかる事を意味している。
そもそもそんなふうに未来の心配をしている暇すらないかもしれない。今現在もリオンを蝕み続ける毒と裂傷。
リオンと同じように食べ物に選ばれなかった仮面装束の負傷者と死人が並ぶこの入り江で、まともに意識があるのはリオンだけだった。
交戦の跡がところどころに残っていて、リオンが乗ってきた帆船は完全に破壊され、アイテムボックスの所在もわからない。顔付近に落ちている長刀と、腰の短刀。腰袋のバルインでもらった薬が今リオンが持っている全てだった。
今は回復に専念するべきだろう。幸いと言って良いのか、出血量が多かったため、毒が全身に回りきらなかったか、抜け落ちてしまったのか、どちらにせよ毒による後遺症は指先僅かに残る痺れだけだった。
しかし、念のため毒矢を受けた部分に薬を塗り、少しだけ口に含む。
このまま入り江にいても良いが、仮面装束の追っ手や、怪鳥の再来などがあっては対処できない。自分からも見通しが悪いが、敵からも身を隠しやすい森に場所を移すべきだろう。
長刀を杖のようにして、立ち上がる。足腰に力は入らないが、全身引きずってでも進まなければいけないという強い意志を持って進む。時間をかけながら、森のところまで来られた。
生い茂る草木の上で横になり一息つく。無理に歩いたせいか、体重をかけた腕と腰の痛みが増している。
横になると気道が変な圧迫のされ方をして、空咳が漏れる。コホンコホンと、咳をしていると急に喉に違和感を覚え吐血した。
溢れた血はどす黒く、塊のような血痰も一緒に出ていた。近くに生えている木の枝をへし折り、おそらく骨の折れている右腕と左足の添木にして、身体強化で治癒力向上する。
あまり残っていない魔力を絞り出し、アラームと簡易障壁を作ったところで酷い頭痛が襲ってきた。
魔法の過剰使用と、脳によるブレーキがかかったのだろう。この感覚は久しぶりだった。
とりあえず一旦難を凌げる状況まで持って来れた。色々考えなければいけない事が山積みだが、明らかな進歩だ。ここで、腹がなる。安心感からかそれまで気にもならなかった空腹が際立って主張し始める。
何か狩るのも、危険性のない植物を探すのにもこの状態では難しい。アイテムボックスさえあればと思ったところで、先ほど狩った鳥が手の届く位置に落ちていた。
入り江での戦いの際、森で行った爆破の衝撃で飛ばされていたみたいだ。この島に来て何度目の奇跡だろうか。神を信じていないリオンも、この出来事には思わず天を仰ぎたくなる。
味付けも、火すらもいらない。羽毛をゆっくり毟って、ありのままになった鳥を生のまま齧り付く。血の一滴すら無駄にしない。血、骨、肉、全てを自らの血肉へと変える。
噛み砕かれた骨が口の中を傷つけるが、そんな事お構いなしに全て平らげた。手を合わせて感謝を送るのは神や、天ではなく目の前になる生命と自然に対してだった。
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