第37話
矢が空を切った音を間近で聞く。察知を域を越え、予知の段階で判断しなければあっという間に死んでいる。幸い、弓矢と槍状の武器しかないおかげで、接近戦をしないでいられるのは助かる。
移動できる余白が多い方が回避の幅を広げられる。海側を背にし続ける事で、意識する範囲を限定できるのも助かっている。しかし、その分近づかれた時逃げ場を無くす。
こんな状況下で後先のデメリットなど考えていられない。今直面する隣り合った死への対抗が最も重要だ。
捉えていた仮面を使った人質作戦は、彼らの味方撃ちによって失敗に終わったため、リオンのできる行動は降伏か、回避の二択だけだった。
入り江の構造上、森側から多くの人影が見えた時森に逃げ込むにしても、船を出すにしても時間がかかる。しかも、その時間とは相手に背を向けて無防備であるため、成功率の低い賭けでしかなかった。
とは言え、今現在残された降伏と回避も、降伏は死を意味し、回避は寿命を数秒単位で伸ばしているに過ぎなかった。
今できる唯一の生存の可能性に賭け、時間稼ぎするしかない。極限の集中力と咄嗟の判断を常に心がけながら、魔力を練るという作業。頭が溶けてしまいそうだ。
こういう窮地の場面というのは数えるくらいは経験しているが、1人でここまで絶体絶命というのは初めてだった。
窮地に追い込まれるたび、もう2度とこんな思いはと、願うが、その願いは届いていなかったようだ。
森側の死角から矢が飛び込んでくる。スレスレで避けたが掠っていたみたいで、毒が回る感覚を覚える。
これはまずい。
ただ意識場所が増えたというだけでも厄介なのに、毒を受け、その事も相手にバレている。彼らは時間をかけて追い詰めるだけでいい。
これまで味方していた時間さえもリオンの敵に回る。
以上なまでの高揚感が湧き始めているのは、背後にいる死の存在と、極限に達した疲労感の蓄積のせいだろう。
こうでもしないと体がもたないと判断して、無理やり脳みそを活性化させている。この状態がいつまで続くか。それによって状況は大きく変わる。
今の動きは本来持っているリオンの力を100とした時、150の力を引き出している。槍隊の数人が体勢を崩したリオンを見て、焦って前に出てきた。
その隙を見逃すはずがない。とうに痛覚など機能していないため、1人の槍の刃を握って、力強く引っ張り込むと喉元に魔法をぶち込む。一撃で絶命。
そのまま、隊列が崩れた槍隊の中に瞬時に飛び込んで、槍と短刀を駆使して3人撃破。3人とも命はあるが、胴と足に深い切り傷が入っている。放っておいても大丈夫だろう。
4人倒したせいか、仮面の相手はリオンから大袈裟に距離を取り始めるが、一度スイッチを切り替えてしまったリオンにとってその後退は追撃のチャンスだと捉えられてしまう。
下に転がる2本の槍を射手めがけて投げ込んで、それに意識が向いた森側の射手を別の槍を投げて絶命させる。頭に直撃した槍は、大木に刺さり、射手の体はそれに吊るされている。
揺動で投げた2本の槍の方も、風魔法で速度と威力を追加していた事もあって、数人の射手が傷を負ったようだった。
彼らに動揺が走ったのを感じながら、再び砂を巻き上げ、煙幕に囲まれた状態を作り出す。
人を殺すのには使いたくないと思っていたが、ここでゴドからもらった長刀を構える。
やりきるなら今しかない。5人程度だったなら短刀の方が相性が良かったが、まだ数十人いるのであれば、長刀を使うしかない。
死んで、知らない奴らに使われるくらいならリオンが使って血を吸わせた方がいい。1人、2人、と切り裂いていく、当然リオンも反撃を受けるが致命傷には届かない。
何人切り伏せたかわからないが、感知できる人の動きも相当減ってきた。もしかすると残るは負傷者だけで、勝ったのかもしれないと思い始める。
しかし、まだ数人動ける人間がいることをすぐに理解し、再び攻勢に入った瞬間、膝に力が入らなくなる。
全身の力が抜けて、刀を持つ握力も無くなる。落ちた刀を今度は噛んで持ち上げる。だめだ。ここでは。意識が薄れていく、抗えない意識の消灯によって切り替わったように目の前が霞み始めた。
砂煙が落ち着き、リオンの攻勢が止んだせいもあり、生き残りと、早々に離脱した負傷兵がこちらに近づいてくる。彼らの被害はとても多い。むしろここでは生かされるかもしれない。
捕まったリオンはどんな目に合うか、きっと死より苦しい時間が待っているはずだ。敗北とはそういう事。
向かってくる彼らを残った力で睨みつけ、浅い呼吸の吐くタイミングに合わせてそれ以上近づくな、と声になってもいない音を垂らし続けるが、言葉も通じない相手にそんな恨み節効くはずがない。
痛みは感じないがおそらく腕を槍で刺された。横になって倒れていた姿勢がその突きによって仰向けにされる。願うならこのまま一思いに、そんな事を薄れゆく意識中思っていた。
突然、すごい風圧がリオンの全身を打ち付ける。それは周りにいた仮面装束にも同じように。風の伺いをたてることはリオンの得意技だが、専売特許ではない。この風は別の誰かのもので、それも中立な誰か。
リオンの意識はそこで途絶える。空を浮いているような、風で流されているような、感覚すら鈍くなっていき次にリオンが目に醒したのは木の上だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます