第36話

 一つの油断が死に直結する。死合うとはこの事。魔力腺が悲鳴をあげている事をわかっていながらも、酷使するしかない現状。


 入り江に立つ3人の仮面装束と、森に入ってきた2人の仮面装束。森に入った2人の行方はわかっていないがなんとなく方向は察知している。それより問題はあの殺傷能力を持った弓の存在。


 迂闊に近づけば抉られるか、穴が空く。どんな状況になっても弓を握るあの2人、そしてそれを指示してるであろう真ん中の1人から意識を外すことは出来ない。


 そのせいで森の中に潜む2人を見逃してしまった。四方八方に意識を散らすせいで、どこか一方への意識が散漫になりかねない。

 呼吸を整え、一つの音や匂いにも敏感に感じ取れるように集中する。エルフは本来森の民だ。人の世界で育ったとはいえ、血には抗えない。その事を誰よりも理解しているのはリオンだった。


 目覚めた時、最高の心地だった鳥や風、森の鼓動が雑音となってリオンの集中の邪魔をする。


 左右からの挟撃、ほとんど同じタイミング。きっと洗練された戦士なのだろう。どちらかに意識が向くと、もう片方への反応が遅れる。どちらかを対処しようとすると、もう片方からはガラ空きになる。

 このやり方で何人も屠ってきたはずだ。


 けれど、リオンにはそれが悪手だった。同じタイミングであること、つまり一度の衝撃を生み出せば同時に攻撃できる事を意味する。連携の取れた左右交互であればどちらかは避け、またはどちらも避けられたかもしれない。


 手や道具を介して魔法を発現させるのではなく、周りの空気を触媒として発動させる。一度限りの必殺。

「ふぅぅん!!」

 技名的なものは無く、ただの太い咆哮を唱えるだけ。


 威力は絶大。大木はびくともしていないが、リオンを囲む草木は吹き飛び、土も抉る。

 調整した特殊な空気を作り出し、その膜内で静電気を起こすことで爆発。火と内向きへの衝撃を消すのが難しく、失敗すると爆発の衝撃を直で受けるため、極限の集中状態でなければならない。


 そのおかげで魔力は一時的に大幅枯渇し、特殊な空気を作り出す事も困難になるため、連発は難しい。


 爆発に飛ばされ、1人は大木に直撃気を失い、もう1人は見えないところまで飛んでしまった。おそらく威力過多だったのだろう。久しぶりにやるから調整をミスしてしまったようだ。

 失敗しなくて良かったと一安心したのも束の間、


 シュン シュン


 再び顔スレスレに矢が飛んでくる。それも2本。1本が頰を掠り血が垂れてくる。そこまで深い傷では無いが、ピリピリする感覚が残っているため毒矢なのだろう。


 つまり戦闘が長引くことは不利を意味する。残る3人も森に誘い込み、1人ずつ撃破しようと考えていたがそこまで待てない。作戦変更し、次に矢を放った後に突っ込む作戦にする。


 彼らの足場は幸いにも砂場だ。少し風を巻き上げれば天然の煙幕になる。タイミングさえミスしなければ辿り着かずに負けるなんて事はないだろう。


 わざと矢が当たりやすい位置に体を出して、左右に動く。頬の傷を治癒してはいないが、常備している解毒ポーションを半分飲んで、半分頬に直接かけた。

 これで解毒出来たとは思っていないが、ひとまずの刺激感は治っている。


 リオンの誘いにのったのか、僅かにタイミングをずらした矢が頭と胸に向かって飛んでくる。風を壁を設置しておいたため、矢は勢いを失い力なく地に落ちる。飛んできた矢と入れ替わるように、リオンは高台なっている森側から、入り江に飛び込む。

 それと一緒につむじ風を起こして、砂を巻き上げ一帯の見通しを悪くさせる。


 リオンの勝ち目は確実に存在していて、敵を積みの状況へもっていくのはあと一歩のところにいる。そう確信していた。


 事前練っていた空気弾を射手に2人がいた位置に向かって投げ込む。どちらかに掠りでもしたら御の字だと思いながら、状況を確認すると1人には直撃していて、もう1人は腕に当たったようでもう射ることはできないだろう。事実上の廃兵。これで戦力は五分になった、むしろ半分以上がやられたという意識は恐怖や焦りを生むはずだから、有利な立場になったとも考えられる。


 砂煙が落ち着いてきたタイミングで、人影の見える方向に短刀を構えて詰め寄る。相手からもこちらが見えていたようで、こちらは短刀、相手は槍のような長物でぶつかり合う。金属が激しい勢いでぶつかったことで、火花が散る。


 重心を左に寄せると、その動きに釣られて左側への注意がガラ空きになる。そこを狙って刃を突き立てるが、相手はそれをわかっていたのか、釣られたのはリオンの方で伸ばした右腕に一撃もらう。


 リオンがよろけた隙につけ込んで、今しかないと敵は喉にめがけて槍を振りかぶる。どうにかその攻撃をいなして、3歩下がる。人数の不利も、場所の不利ももう無くなった。完全な一対一。


 武器による不利は僅かにあるかもしれないが、リオンは魔法を使う。軌道のわからない長ものを隠し持っているようなものだ。むしろ、リオンが有利ともいえる。


 お互い数拍見合った後、仕掛けたのは仮面の相手。薙ぐように槍でリオンのいた位置をなぞる。動作が始まった瞬間にリオンは避けて、距離を取る。


 槍相手ならば近づけば勝利は見える。魔力の残りはまだあるが、何もわからないこの島でギリギリになる事は死を意味すると捉えてもいいだろう。


 なるべくこれ以上は減らさないよう、最小限で戦いたい。近づくための一回と、緊急用の一回、それ以上はどうにか堪えようと算段をたてる。


 しばらくリオンは防戦一方。相手の槍をはらって、いなして、避けての繰り返し。海側に詰められそうになったり、森側の壁になっている部分へ押されたりしたが、どうにかギリギリのところで上手に立ち回っている。


 痺れをきらす頃合いだろう。決定打にかける仮面の相手は、その攻撃が雑に荒くなっている。その隙をリオンは待っていた。次の大振りが来た瞬間に近づく。そう決める。


 突き、突き、振りかぶり、叩きつける。下から突き上げ、大振り。

 ガラ空きになった左側に向かって飛び込む。風魔法による急加速。相手はリオンを一瞬見失う。この一瞬こそ戦いにおいて致命的なミスになる。

 右腕を負傷している事もあり、短刀の柄の部分を思いっきり叩きつける。骨が折れた感触を確かに感じ、次に開いた両足をはらって大勢を崩させる。


 前のめりによろけた仮面の相手の頭を右手で掴んで地面に叩きつける。そのままうつ伏せになった相手の背に乗り。右手を短刀で突き刺して、槍を取り上げる。左腕は折れているため、右腕のみ拘束し、無力化した相手の首元に短刀を突き当てる。


 言葉が通じない事はお互い理解しているが、どちらが上であるかという意識を刻み込むために必要だった。対等な交渉などないというのは常識だ。


 やっと一息つけると、拘束する力は弱める事なく深く息を吸う。森で伸びてる2人と、負傷した後すぐに下がった射手の2人。とりあえず彼らも拘束した方が後々いいだろうと思い、射手の方に視線を向けた。


 そこには誰もおらず、しかし遠くに人の気配はある。もしかして逃げたのかと思い、身体強化で視覚を強化し、動きのある奥の方を見る。


 やはり射手はそこにいた。しかし、リオンの想像していた逃げ隠れる射手の姿ではなく、仲間を呼んでさっきの5倍以上。30人近い仮面装束がこちらに向かってきていた。

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