巣をくう島

第35話

 リオンの降り立った島を一言で表すのなら原生林だろう。グライア大深林を思い出す。鬱蒼と生える木々が行く道を遮る。僅かに差し込んでくる月光が、巨木の影を大きく映す。周囲に気をつけながら歩くのもあって、一歩が重く小さい。

 無理して探索する必要がない事を理解しているが、抑えられない好奇心がリオンを突き動かす。


 足元の草木をなるべく踏まないように避けるから、移動の苦労は計り知れない。

 そもそも、ここに上陸するのも相当苦労した。これまで上陸した全ての島は船をつける場所を用意されていた。岩肌に覆われたアクバィラウでも、船がつけやすいように岩を削り、低くした場所に材木を使い波止場を拵えた。


 自然があるべきままあるこの場所では、そんな都合など知らないのは当然だ。どうにか岩窟のような入り江を見つけ、魔法と縄を駆使し、停留させた。そのあたりは砂場になっていて、入り江を囲むように大木が群生していた。

 その中を掻き分けて入ったリオンは、この原生林の中で久々に感じる興奮と熱狂を堪えきれずにいた。


 さっきの海鳥だろうからそれとも別の野鳥か、ホゥホゥホゥという特徴的な鳴き声が聞こえると、それに反応するように別方向からも返事が聞こえてくる。


 鳥達の生息は感知できるが、陸上生物の姿を見かけない。夜だから寝ている可能性も高いと思っていたが、その予想通りなのだろう。それか、生い茂る草木に隠れてその姿を捉えられていないだけか。


 久々の発散と、陸上での冒険は、リオンが気付かないうちに疲労を溜めた。周りに気を張り過ぎていたのも要因だろう。

 様々な理由が重なった事で、リオンはドッと眠気と疲労感に襲われる。ここで寝てはいけない。という強い理性も働くが本能の決断に抗う事は難しい。


 簡易的な結界と、感知魔法を設置するだけで、疲れ果てて崩れ落ちるように眠ってしまった。


―――――――――――――――――――――――――――


 理想の目覚め。リオンが想い描いた長年の夢。日の出と共に目覚めるとか、愛するパートナーのキスで目覚めるとか、古今東西その日の始まりを美しく飾るために目覚め方に幻想を抱く事は珍しくない。

 それはリオンにも言えた事であり、その幻想を叶えた。


 心地の良い鳥の声。幾重にも絡む鳴き声は、音と成る。たったひとときも聞き逃してならない鳥達の演奏は、自然の呼吸ひとつで形を変える。風音が重なり、波音が重なり、木々が揺れる音が重なる。

 生い茂る植生は何重にも地面を覆っているが、日光の通り道を完全に閉ざす事はできない。葉が風の向きに揃えられ、ちょうどリオンの目元に陽の輝きが直接届く。


 日光の明るさと、暖かさを受けながら、森が奏でる合奏曲に肩を揺られる。耳元に小鳥がやってきて、小さく鳴き出す。なんていい目覚めなんだ。この微睡を何度も繰り返して、極楽にも思えるこの時間を引き延ばしたい。


 叶えられた幻想を、離すはずもなくしがみつき、極限まで楽しもうという事だ。欲には底がない。再び夢の海原へ全身を預けようとした瞬間、


 バチンッ!!


 結界が何かを阻害し弾く音。感知魔法も作動し、強制的に意識下へ危険信号が送られる。無理やりつけられた電源のせいで身体と脳が今日出会ったように不思議な緊張感を覚え出す。

 臨戦態勢に入るまで、数拍。鼓動の動きに合わせて目線を動かし、あたりの危険を探る。結界の反応は頭の方だった。


 つまり敵は、リオンの頭を狙った。ならば上か、と身体強化で補強した視力を使って探るが鳥がいるだけで予想外の存在はいない。


 さっきまで寝ていた場所に視線を落とすと、耳元で鳴いてたはずの小鳥が倒れている。嘴が四方に割れ、全身をピクピクと痙攣させる。結界が上手に張れておらず、近付いただけで弾いてしまったのだと思い、小鳥を治癒しようと手を伸ばしたその時、

 今にも死にそうな様子で倒れていた小鳥が、リオンの手を抉るように飛び込んでくる。


 慢心による危機。トンドでも見た同じ光景。咄嗟に伸ばした手から風魔法をそのまま放出して、飛び込んできた小鳥を地面に叩きつけ絶命させる。


 この原生林では自分もただ1匹の動物であることを自覚させられた。


 脂汗をかいた全身を森林の風を浴びて落ち着かせ、緊張感を張り直す。無防備に寝ていた自分がどれだけ幸運だったかを噛み締め、殺めた小鳥を拾いあげて、自分が今日生きる糧にする。


 アイテムボックスは船に置きっぱなしだったという事もあり、昨日の記憶を辿りながら船のある入江に向かう。

 夜には見つけられなかった新たな発見に後ろ髪を引かれつつ、とりあえず今は準備万端の状態にして再度森に入る事に決めた。


 あやふやな記憶でどうにか入り江付近まで着いたリオンは小さな違和感を覚える。殺気の残滓。生物の痕跡を直感的に悟る。背を低く落とし、慎重に近づく。大木の傍から入り江の様子を覗き込んだ瞬間に、顔スレスレを矢が通る。


 反応が遅れていれば顔の半分は無事ではなかっただろう。顔があった延長線上の木に矢突き刺さりめり込んでいた。


「ワァァウゥァワ!」

「ウゥワッワウゥ、」

「ワァワゥ!」

 手足が長く、痩せた仮面装束の恐らく人族が5人、リオンの帆船を囲んでこちらを見ている。2人が弓を構え、別の2人が声を出して少し広がって、最後の1人がリオンを見つめている。

 仮面をしているから実際、視線がこちらに向いているかはわからないが、顔も体の向きもリオンを見ている。


 明らかな交戦の意思。アルト海ではクラウティスの追って以来だ。あの時は味方もいたから、1人で相手するというのは初めて。これくらいの覚悟は当然身についている。

 なるべく早く、そして交渉の余地を残すために殺さぬように心がけるつもりだが、1番は自分が生き延びること。


 リオンが入り江に飛び込むか、奴らがこちらに仕掛けるか、どちらにしても魔力を練る必要がある。死角になる大木の裏に身を引いて、戦闘準備を始める。

 

 恐らくこの原生林での戦闘はリオンにとって分が悪いはずだ。1人か2人、やれても障害物のが多く見通しが悪いため、隙を突かれる。それだけでなく奴らにとってここはホーム。地の利を知っていて、利用される。

 

 それなら開けた入り江の砂場でもいいが、そうなると単純な多対一の戦闘。どっちにせよ不利な事に違いはない。とりあえず、その不利な状況を改善するためにも魔法の製錬に意識を向けた。

 

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