第34話

 交易の手伝いをするようになって、この周辺の海域はある程度分かるようになっていた。また、長い時間航海した事で、ここからトラタ島に戻る事も出来るだろう。

 けれど、リオンはその選択は選ばない。アルト海に浮かぶ全ての島を訪れようなんて、出来ないとはわかっているがそれでも可能な限り、いろいろな場所に行ってみたい。


 ティケティスやハウマンの話を聞いて、なるべく遠く、向かってきた海路すら見失うほど未開拓な地域がありそうな方向にあたりをつける。


 クラウティスや、アザリが栄えるここらの海域は大陸とは離れているとはいえ、文化や習慣にところどころ大陸の影が見える。バルインに根を下ろしたドワーフや、エルフの血を受け継ぐトラタの民も、元を辿れば大陸からの客人だ。


 こうやってルーツを辿り始めたらどこからがアルト海の原住民なんだと、学会でも日々問われ続けているアルト海原始論に片足を突っ込んでしまいそうなので、一言で判別できない人々を元から住んでいた民として捉えている。


 そのため、アクバィラウや交易相手の何島かはその気配がある。その彼らからも話を聞き、最終的な海路の決断に至った。


 日が沈み始めた時間。送別会をしてもらうつもりは無かったが、さっきの騒動の後だ。人伝いにみんななんとなく知っていた。ドワーフと海賊が集まっていて、騒げる理由があるのに騒がないはずがない。

 リオンも奮発して大陸の酒を数本差し入れると、お返しにドワーフ産の酒を大樽で2つくれた。他にも、リオンに世話になったと多くの者がリオンにお礼と別れ、そして餞別を渡していった。


 ある程度挨拶をし終え、酔いが回ったみんなを後にリオンは海岸に向かう。荷物はもう船の上だ。

 感覚としてはそれほど長い時間では無かったはずなのに、ふと思い返すと様々な思い出が浮かんでくる。来て良かったなと、噛み締める。波は穏やかで、夜風の冷たさが酒で熱くなった体温にちょうどいい。


 夜は危ないから朝に出ろと言われていたが、まだ暗い朝方に出るつもりだったから、今とそこまで変わりない。むしろ、日の出る暖かい時間帯を避けることが出来るから今がちょうどいいとも思えた。


 ギィと船体に足を乗せると軋んだ音がする。

「やっぱり、もう行くのか。」

「うん。」

「ゴドがこれを持っていけって。」

 ティケティスの手に握られていたのはロングソードだった。

「ゴドは?」

「お前は友人が出かけるたびに、顔を突き合わせて別れを惜しむのかってさ。ゴドらしいよ。」

「っはっは、そうだな。ゴドらしい。」

「俺が死ぬ前には顔見せてくれよ。」

「うん。ちゃんと長生きしろよ。」

「俺たちはバルインを拠点にするけど、海には出てる。どこかですれ違うかもしれないから、その時はわかりやすいように白旗あげとけよ。」

「そっちがな。」

「ラパパが1番悲しんでた。本気で戦えるやつがいなくなるって。」

「あいつは相変わらずだな。よろしく言っといてくれ。ラパパも、みんなにも。」

「おう、じゃあ、またな。リオンの冒険に神のご加護を。」


 ロングソードを受け取った方とは逆の手で、拳をつくりコツンとぶつけ合う。

 柄にもなく祈ったせいか、酒のせいなのか、赤くなったティケティスは、俯くように顔を隠して別れを告げた。



 ――――――――――――――――――――――――――――


 バルインから出航してどれくらいだっただろうか。5回の夜を越えて、何もない海を彷徨い続ける苦しみを味わい始めた。

 最初、トラタ島に着く前は海上という非日常を瑞々しい感覚を持って楽しめた。しかし、今現在は海は見飽きるほど見たし、飽きるとかそういうものでも無いという事も理解している。


 自分の歩く足音や、前後に振れる両手両足、うっすら見える鼻先など、1晩あれば必ずする体験なのにそれを変えようとか飽きたから退屈だなんて思う事はない。この場合、なのにではなくだからの方が正しいかもしれない。

 常にそこにあり続ける存在は、自分の肉体の延長のように捉えるのは仕方ない話だという事だ。


 こんなふうに1つ思い浮かべた事柄をわざわざ分解して考え直すほど、リオンは退屈していた。トラタ島でもらった釣竿で魚を見たり、ラパパに教わった身体強化の簡略化をより高精度にするため練り直したり、時間を消費してやれる事はほとんどやっている。

 エルフにとってこの海と同じ、当たり前にあり続け肉体の延長になってしまうのがこの無限と思われる退屈の時間。

 この時間に終わりがないと言われてしまえば、そりゃ長命種に変なやつが多くなっても仕方ない。気が狂ってないだけマシだ。


 実際、ハイエルフで1000年近く生きている者は考える事をやめ、大木のようになっていたり、600年付近で気が狂ってしまうという話は珍しくない。


 何か面白いもの、新しいもの、興味が湧くものないかなと、水平線を凝視するが、何も変化はない。


 元々大陸から持ってきた食料や、交易をきっかけに得たものなど、アイテムボックスの中にはしばらくの余裕はあるが、それに慢心していれば一度のピンチが終わりを意味するようになってしまう。

 焦っているわけでは無いが、ただ、海を漂っていてはダメだと意識を改める。

 こんな気持ちになるのはティオラと出会う前以来だろう。あの時も同じように食事や水の心配が胸中渦巻いていた。

 ティオラと出会ってから、多くのアルト海に住む人々と交流した。輝かしい思い出ばかりだが、今度は人ではなく自然と向き合う時間をとりたいと考える。


 この日も特に何も見つからず、潮の香りと穏やかな波に揺られるだけで夜になった。焦燥感とは違うが、何かしなければという衝動に駆られている。

 いや、もしかすると焦っているのかもしれない。焦ってはならない。自分を見失うからという教えを盲目的に信じるが故に、自分の焦る感情を封殺している。夜の静けは孤独を蝕み、いらぬ考えを思い起こさせる。


 ピュァーー、


 静けさの中に一つの声、その声を一つではなかったようで、追いかけてピュァーーと泣き始める。リオンの視線にはその声の正体が映っていない。トンドのように擬態しているのか、それとも海中深くからなのか、船から身を乗り出して目を凝らすがまだ見つからない。


 ふと空を見上げる。この行動に特に理由はなかった。下になければ上。そんな単純な行動。

 夜空には多くの星と、満月に近いやや欠けた赤い月。それと海鳥の群れだった。耳の身体強化をして、集中すると確かに羽音が聞こえている。見たことのない海鳥。それほど大きくないのか、それとも飛行高度が高くて小さく見えるのか。


 どちらにせよ、リオンは海鳥の群れに違和感を抱く。夜に飛んでいる不思議。バルインを出てからしばらく鳥を見ていなかった不思議。

 あの鳥を追っていけば島に辿り着く。そんな答えを導き出し、眠たくなり始めた頭を叩き起こして魔法を練り始める。


 次の目的地は、鳥の向かう先に決まった。

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