第33話

 ラパパは久しぶりの全力を楽しんでいた。それはリオンにも同じ事が言える。

 タマリからするとわざわざこんな本気で戦わなくても、作戦は成功しているのだからやめて欲しい一心だ。

 パドンカは2人の全力に目を輝かせて見ている。アクバィラウの島民のほとんどは戦々恐々。彼らの攻防が自分たちに飛び火すれば命がない事を理解している。実際そんな事は起きないのだが、透明な檻に入った猛獣を前にして、檻にいる事を知らない人間は一歩も踏み出せず猛獣に怯えるしかない。


 透明な檻、彼らの作戦を知っているジ・ラウとマデ・ラウでさえもリオンとラパパの戦いに息を呑んで見入っている。これは島民と同じく恐怖による反応か、それとも彼らの戦いの美しさに惹かれたのか。

 唯一、2人の戦いを見逃さないように、自分に何か出来ることはないか模索しているのはキロ・ラウただ1人だった。


 ――――――――――――――――――――――――――――


「楽しいなぁ、リオン!」

 リオンは展開した風魔法、渦巻く風の刃を4方向に一つずつ飛ばし、それに意識が向いたラパパの胴体にナイフを突き立てる。

 ラパパは、サーベルとレイピアという珍しい二刀流を駆使し、風の刃を受け流しつつ、飛び込んできた胴への攻撃は足を使って白刃どりする。

 空に浮いたラパパを、リオンは下から風魔法で突き上げて、より空に浮かせる。落ちてくる前に全身の魔力を整え、風魔法で編み込んだ一本の長刀を創り出す。それと同時に風の刃が重なる球を10個生み出して、自身の周りを漂わせる。


 空に打ち上げられたラパパは身体強化を最大限にして、レイピアを持つ左手に力を込める。薄い発光が起こり、その力をギリギリまで溜めているとちょうど地上が近づいてくる。


「ふんっ!」とラパパはレイピアを地面に突きつけると、爆発的な衝撃が巻き起こる。岩肌は大きく削れ、細かい石粒が砂埃のように立ち込める。

 爆発を目の前で受けたリオンは当然無傷。周りを漂っていた球が衝撃を相殺しあったのだろう。残り2つになっていた。

 レイピアが地面に突き刺さり、逆立ちのような格好になっているラパパを切りつけようと近づくが、その攻撃を視認していないままサーベルで受ける。

 カキンと、風の長刀を弾き、その勢いでレイピアを引き抜いて姿勢を元に戻す。


 こんな戦いを見合った瞬間から今までやっている。時間にするとどれくらいだろうか。陽の向き的に同じようにやり続ければ夜になるだろう。その事を2人は察して、一度目配せをする。


 ラパパはもう終わりかと不服そうな表情を見せたが、仕方ない。これまでのような慎重な戦いから一変、突然リオンに突撃し始める。

 あまりの変わりようにリオンは思わず笑ってしまう。

 サーベルとレイピアの応酬を、長刀とナイフで受け切り、一瞬レイピアで突き抜かれそうな演技を挟んで、風の刃で出来たと思わせている球、でラパパを追い詰める。

 この時、サーベルとレイピアは取り上げ済みで、誰がどう見てもリオンの勝ちであり、格付け完了した場面を演出した。


「参った、俺たちの負けだ。」

 タマリは小さく笑う。このセリフでリオンとタマリの作った台本が完結した事を意味するからだ。

「それじゃあ、」とリオンは続け、食料の返却、今後アクバィラウに敵対しない事を約束させる。それだけでなくバルインで働くように言い、これで今後のアリバイ作りも完璧だ。


 この日、起こった事件によってアクバィラウは、リオン達の言っていたシゥ・ラウの魔の手を理解した。それと同時に首長マデ・ラウの恩人であり、悪漢シゥを追い詰め、海賊達も圧倒的な力で追い詰めた英雄がバルインの使者である事も周知の事実として浸透した。

 こうなれば、交渉など交渉とは呼べない。一方的な取り引きだ。もちろん、今後も有効な関係を作り上げるために当初の目的である食料半分と、鉄具の交易、そして今後は功績と鉄具類の交易を取り付けるだけだ。法外な略奪まがいな行いはしない。


 しかし、島民達から見ればアクバィラウは英雄と公平な取り引きしてもらっているという感覚に陥る。リオンの勇姿を忘れる事はなくなるだろう。初回の取り引きとしては大正解だと言えるだろう。


「それじゃあ、これバルインに頼むぞ。」

「はい!」

 アクバィラウにいる間、ラパパはリオンに従順な部下の演技を続けている。正直鬱陶しいが、成功のためと思うとこれくらいのなんて事もない。

「あ、リオン兄貴、一つお願いがありまして、」

「ん?なんだ?」

「この島に一人見どころがあるやついるんです。そいつが来たいって言ったら連れて行って良いですか?」

「あー、」

 タマリをチラッと見て確認するが、特に何も言ってこないという事は多分良いんだろう。

「まぁ良いよ。本当の話をするなら、漏れないように、」

「そりゃもちろん。まぁ、けど多分察してますよ。あいつは。」



 この後、アクバィラウとの交易が復活し、バルインの目指すアザリ交易圏復興への第一歩が進んだ。ラパパとキロ・ラウをバルイン、アクバィラウ間の交易担当に据えて、元島民であるキロ・ラウがいる事もあり、順調にいっているようだ。


 また、アクバィラウから得た多くの食料を足がかりとして、ティケティス海賊団主導のもと、アクバィラウで行った最初の交易から2度の満月を過ごした現在、8島の交易での復活している。

 

 まさに成果は上々といったところだろう。少し前に元々アクバィラウで役職に就いていたと、もう見知った仲のハウマンを紹介され、リオンと、バルイン一同、なぜ今という驚きを見せていたが、彼の人となりを理解していた事もありそれを受け入れ、逆に対アクバィラウについての様々な話し合いが行われた。


 交易が安定してきた事で、バルイン内の状況は大きく変化し、活気にあふれる島へとなって行った。当然、火を吹き、鉄を叩く、鍛治の音と匂いは島を覆い、それと同じくらい酒の香りも広がっていた。

 交易を結ぶ全ての島も生活は一変したようで、それぞれが求める豊かな生活様式に変化していっていると聞く。


 ここらでリオンは決断する。


「どうしたんだ。みんなを集めて。」

 リオンの前にはゴドを始めとするドワーフの面々と、ティケティス、ラパパ、パドンカの3人。

 神妙な面持ちのリオンを見てティケティスが問う。それに乗っかるように、

「どうしたんじゃ?リオン?ずっと前に約束したトンド狩りの件かの?」

「いや、違うんだ。ここを出ようと、そう思ってる。」


 集められた一同、三者三様の反応を見せる。大体が驚きや、困惑だったがゴドとティケティスの2人は何か悟ったような表情を見せている。


「おいおい、そんないきなり、」

「いつじゃ?」

「なるべく早く出ようかと思っている。今晩か、遅くとも明日の日の出か、」

「ははっ、お前らしいと言えばお前らしい。ほらこれ、」

 ラパパやガドはリオンの決断に対して、まだ飲み込めていない状態だが、ゴドは冷静に、ティケティスは事前に知っていたかのようだ。ティケティスはリオンに餞別の品を投げ渡す。

「これは、?」

「まぁ、出ていったら中見てくれ。達者でな。」

「いや、ティケティス、船長、なんでそんなすぐ受け入れてんだ。」

「そうじゃ、ゴドもなんとか言え。黙っておらんで。」

「リオンの決断じゃ。おいら達が言える事は別れの挨拶と感謝くらいで、引き留める事ではない。」


 島長と船長の言葉で一同渋々引き下がる。


「色々と世話になった。突然の話で、」

「謝ろうとせんでいい。後生の別れでもないんじゃ。また帰って来るんじゃろ?」

「あぁ、当然だ。」

「それなら尚更引き留める理由も、別れもを悲しむ理由もない。アクバィラウに行った時と同じじゃ。」

「その通りだな。今話すべき事はなんのお土産持ってきてもらうかって事だ。」


 ゴドとティケティスには世話になってばかりだ。頭が上がらない。

 少し充血したゴドの目と、薄く微笑むティケティスの目をそれぞれ合わせて、ついリオンも感極まりかけるが堪えた。


「それならオラは甘いもんがいいだ!ハチミツとか、貴族が食う砂糖ってやつも興味あるだ!」

「パドはいつもそんな事ばっかり言ってるな。」

 湿った雰囲気をみんなの豪快な笑い声で乾かした。

  

  

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