第31話
「何が起こっとるんじゃ、」
シゥ・ラウは目の前で繰り広げられる現実を受け入れられずにいた。最初は演技に熱が入りすぎたものだと思っていたが、実際に飛んできた大砲と、魔法。乗組員達は今か今かと上陸する機会を伺っている。
全員が帯刀し、目には殺意と欲を潜ませていて彼らが上陸した瞬間、このアクバィラウがどうなってしまうかなんて想像するのは容易い。シゥの掛け声に乗って勢いづいた男衆も、シゥ・ラウの勢いが落ち着くのと同じように興奮が恐怖に塗り替えられていく。
この場で海賊を前に毅然と立っているのはリオンと、若くボハマエの民に選ばれたキロ・ラウの二人。リオンは作戦の立案者のため当然と言えるが、キロ・ラウの度胸は目を見張るものがある。
動揺するシゥ・ラウは急いでカバ・ラウを呼びつけ梱包し終えた荷のありかを確認する。カバ・ラウの住居にあることを聞いて、何かを決めたシゥ・ラウは海賊船に向かって両手を大きく広げて手を振り、自分の所在をアピールする。
「どうして、」と呟きながら、シゥ・ラウに見向きもせずこちらに向かってくる海賊船を睨みつける。勘違いしている可能性と仮に本気で襲うつもりだったとしても、あの旗はクラウティスに所属していることは確実だ。自室にある署名のされた書状さえあれば彼らの勘違いも正せるだろう。
今この場所を開けるという意味と、それによって享受する利益を天秤にかけこの場を離れる事を選ぶ。
「儂は、あいつらを撃退する術を知っている。暫く耐え忍んでもらえないだろうか。」地に伏すような懇願を見て、自分たちではどうにもできないと悟っていた島民たちが思わず受け入れる。
「いま、シゥ様がこの場を離れるという意味をご理解してその判断をなさったのですか?」
唯一キロ・ラウはその決断に対して異を唱える。それもそうだろう、ほとんどが脳死で許可したこの判断。要は肉壁となり時間稼ぎをしろと言っているに他ならない。シゥ・ラウが戻ってくる保証も、自分たちがそれを確かめる未来すらないかもしれないのだ。
キロ・ラウの返答にリオンも乗っかり、シゥ・ラウが言っている意味を分かりやすくして賛同した者たちに伝え直す。
「おい、なんだよそれ、自分のために死ねってことかよ、」「秘策があるって言ってんだ、頼るしかないだろ。」真意を聞いた島民たちは賛否両論、死を隣り合わせの口論は、序盤から苛烈に熱を帯び、今にも仲間内で戦いが起こりそうだ。この騒動に乗じてシゥ・ラウは姿を消す。キロ・ラウがこのことに気付くのは、海賊が目の前にやってくる少し前の事だった。
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リオンと別行動を強いられたジ・ラウとパドンカは目的地まで進む。さっきの醜態のせいで島民たちは冷ややかな視線を送り続けているが、そのことなどお構いなしに先頭で地下道を進み続ける。
しばらく歩き目印を確認し、梯子を上る。地下にいた方がいいという意見もあったが、この地下道は海賊にもバレているとそれらしい理由をつけて、全員一つの部屋の中に集める。なるべく声を出さず身を隠してくれと頼み、ジ・ラウはその部屋を出て合図を送る。
合図を送ってから少し経ち、女衆は外の様子が気になって仕方ない様子だった。彼女達をなだめ、子供たちの期限もどうにか保ってもらえるように手を変え品を変えやっていると、一つの足音と荒い息遣いが聞こえてきた。
再び静かにするよう指示を出し、タマリから貰っておいた消音結解を発動させ、外の音に意識を向ける。
「あれさえあれば、あれさえ、」
島民たちは皆、声の主に聞き覚えがある。
「どこに、」
「一人で逃げて、何か探し物ですか?」
シゥ・ラウの反応と、こちらもさっき聖堂で聞いた声という事で当然の来客がリオンである事も皆理解する。
「な、邪精霊が何の用だ。こそこそついてきたのか。」
「こそこそしてるのはシゥ殿の方では?」
「うるさい、さっきから邪魔ばかりしおって、」
「邪魔、と言うとこのアクバィラウをクラウティスへ売り飛ばして、自分だけ良い思いをしようとしている事の事ですか?」
「そんな、わざわざ説明するように言わんでもわかっておるなら、これ以上邪魔をするな。大人しくして手伝えば、エルフという事でそれなりの地位をくれてやるわ。」
「私にも義理や情というのがありましてね、」
「何が、義理じゃ。数日一緒になったくらいじゃろ。」
「まぁ、そうですね。ジ・ラウさんとの関係はお互い協力し合う損得でやってますから。」
「それなら、儂と組んでも同じじゃ。今来てる海賊はおそらく儂が呼んだ連中だ。男衆を片付けるか、拘束するだろうから、儂らは書状を持っていけば助かる。ほら、さっさと、」
ここらで十分だと判断したのだろう、パドンカが壁を蹴り破る。タマリが魔法で頑丈そうな岩壁に似せて作った、音やら姿やらが全て筒抜けのガラスの壁。バリンと音を立てて割れると同時に、こちらとあちら、あちらとこちらの視線が交差し合う。
「なぁ、これは、」
「シゥよ、いや、シゥ・ラウ、今の話はどういう事だ?」
話を聞いていたのはジ・ラウ率いる女衆と子ども達だけでなく、アクバィラウの首長マデ・ラウも全てを聞いていた。傍にはタマリが弱ったマデ・ラウを支えている。
「いや、これは、マデ様、」
マデ・ラウはシゥ・ラウの言い訳に目もくれず、リオンとジ・ラウに目配せすると、リオンは海岸の方に合図を送り、ジ・ラウはシゥ・ラウの探していた書状を腰袋から取り出して、女衆達に見せる。
「シゥ・ラウよ、これ以上無駄な抵抗はよせ。クラウティスからの援助などは来ない。お前にできる事はただ一つ。正直に話す事だけだ。」
マデ・ラウはそういうと、まだ寛解していない病状を堪えつつ、倒れ込むシゥ・ラウの頭側に立ち、手を差し伸べた。
シゥ・ラウは何も言わず、静かにその手を取ると俯いたまま、タマリに拘束された。
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