第19話

 ティケティスは魔道具を起動する。昔戦ったケットシーに貰ったものだ。魔力を込めると盾が発動する。青白い光を纏ったそれは休みなく飛んでくる矢を弾く。


「ハウマンの旦那。こりゃ別で料金もらわないとですね、」

 

 ニヤッと口角を上げて、「タマリ、撃て!」ティケティスの陰にいたノームが、両手に溜めた光の玉を地面に叩きつける。瞬間に光が巡り、クロウマン達は目を眩ませられる。外で待っていた二人の獣人が、それぞれティケティスとハウマンを背負い、ノームの彼女もティケティスの方に飛び乗った。


「プア、ラウス、急ぎで頼む。船まで一直線だ。」

 

 二人の獣人は全身に力を込めると1.5倍くらいの大きさになる。膨らんだ筋肉を外に逃すようにフッと脱力したかと思った時には、さっきまでいた首長の塔から随分離れた場所まで来ていた。


 ティケティスが盾を張ったくらいからハウマンは記憶が混濁している。クロウマン達に裏切られた衝撃もあるのだが、それよりも目の前で起こった、現実とは思えない出来事を処理できていなかったのだ。無理やりに処理しようとしたからだろう。そこでハウマンは意識を失った。

 

 次にハウマンが目を覚ますと、目の前には妖精と見紛うほどの美しさを持ったエルフが立っていた。



―――――――――――――――――――――――――――

「これは、いったいどういう、」

「だから、パドに留守は任せない方が良いって私言ったじゃないですか!」

 クラウティスで繰り広げた脱走劇を終えて、拠点に帰ってきたティケティス達は、またも驚かされることになる。


 拘束具、否、鉄を糸のように編んだ縄で縛られたパドンカが横たわり、その上にエルフとドワーフの男が座っていたのだ。

 ラギオ島群で捕まえた二人。ドワーフには大袈裟なくらいの拘束をして、エルフには魔法威力減退の呪符を貼り付けて、岩窟に閉じ込めた二人と同じだった。


 ティケティスは、留守を任せた人数が少なかったことを後悔しつつ

 

「おい、エルフとドワーフ、俺の仲間は誰も死んでないよな?」

 

 血の匂いがしない事は確認しているが、最も気になる質問をぶつけた。

 

「最初に仲間の心配か。パドンカの言う通り、お頭さんは良い人みたいだね。」

「そりゃどーも。」

 

 睨み合ったままでは埒があかないし、クラウティスの追っ手が来ないとも限らない。解決は早急を要する。

 

「探り合ってても仕方ねぇ、お前ら二人の条件はなんだ?」

「条件?」

「言葉の通りさ、パドンカを含めた身柄の解放と、この拠点から出ていくって言う条件だよ。」

 

 ティケティスは知っていた。魔法を卓越に扱う存在の恐怖を。魔法そのものの威力を。エルフなんて特に気をつけなければならない。変に争ったところで、良くて壊滅、最悪全員あの世行きだろう。

 

「ただで出してくれるのか?」

 要求をふっかけられると身構えていたティケティスだったが予想だにしない返答に、「へ?」と言う曖昧な返事だけが漏れ出た。


「条件とか、要求とか、特にないわ。さっさと帰らせてくれればそれで良い。」

 横にいたドワーフがエルフの返事をより丁寧な形にして答えた。続けて、

「おいら達はお前らのしとる戦いには一切関与せんわ。おいら達の島の事で手一杯なんじゃ。」

 憤ったような口ぶりのまま、ティケティス達を睨みつける。


「あぁ、それならわかった。急に襲った事、謝罪しよう。こうして暗い寝床に案内した事もな。それに捕虜をどうのこうのするって話ももう無くなっちまったもんでね。むしろ勝手に出ていって貰えるのが1番助かる。」

 

 両手をあげ、ひらひらと指を動かす。

 

「そうか、私たちも争いたくなかったからちょうど良い。これから荷物を持って船に乗るけど、攻撃の素振りがあったら拘束してる彼らに仕込んだ魔力を爆発させるからな。」

 

 エルフは恐ろしい事を淡々と伝えると、荷物を持ってティケティス達が来た方向へ歩いていく。

 こちらを気にする様子もないのが、余計に怖い。いわゆる達人の間合いというやつだろうか。その気になれば全員という自覚がそうさせているのか、どちらにせよ手を出す必要はない。背中を追うようにして見送る。が、次の瞬間。


 大きな衝撃と耳をつんざく様な爆音が轟く、大きな揺れとそれに伴う岩窟の損傷が全員を襲う。エルフの戒め的行動で、爆発されたのかと思ったが、エルフ達もこの事態に驚いた様子でいる。


「お前らか!」

 

 ドワーフは声をあげるがエルフがそれを静止する。恐らく自分たちの姿を見てこの衝撃の犯人はここにいない事を察したのだろう。ドワーフに何かを告げた後、エルフは一人で外に向かって行く。

 

 すると、あっという間にパドンカの全身を押さえつけていた拘束が砂の様に消えていき、自由を取り戻す。他に捕えられていた者も同じだろう。遠くから彼らの声が聞こえる。


 エルフは彼らの安全のために拘束を解いたのだ。エルフの優しさへの感嘆もそうだが、一瞬にしてあれほど強固な拘束を解くという魔法技量にも感動を覚える。

 

 戦わなくてよかった、それだけが心に残る。が、今は噛み締めている場合ではない。問題解決が先行の課題だ。先手を取られたが、ティケティス海賊を攻撃した者へはそれなりの報復をしなければ顔が立たない。「野郎ども、!」

 

 ティケティスの号令を聞いて、岩窟にいた全員は即座に準備に取り掛かる。みなまで言わなくても、彼らはティケティスの意図をすぐに汲み取る。


 一足先に外へ出たエルフを追う形で、ティケティスも外へ向かう。さっきまでいた、ドワーフは別の方向へ、おそらく彼らの乗っていた船を確認しに行ったんだろう。アルト海では命の次、いや命と同じくらい船は大切にされる。一瞬の信仰対象でもある。その確認にドワーフの彼は向かって行った。


「ティケティス、これは一体どういう事だ。」

 

 エルフの彼は自分の名前を知っていた様だ。これもパドンカの仕業だろう。

 

「俺にもさっぱり、と、言いたいところだったけど、あれは俺たちの追っ手っぽいな。状況がわかった。エルフ、少しだけ悪りぃけど手伝ってくれないか?」


 後に親友となる二人の初めての共闘だった。

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