第16話
彼は敵を知らなかった。正しく言うなら敵意とか危険という感覚を一度も味わったことがなかった。それに伴う不安や焦りなんかも同じように。
彼は、群れることをしなかった。彼らの中で優秀とされ、ゆくゆくは彼ら種族の王となるために海を渡り、1人旅に出た。
彼の兄や、彼の父の叔父など、勇敢と称えられ、次世代の王になると期待された彼らは一つの島を目指した。
今代の王と期待される彼の目的地もそこだった。
なぜこうなった。彼に知らない感情が押し寄せる。初めての不快感。実際は初めてではないが、明白な死の恐怖。そう、この感覚は恐怖だ。父に怒られた時、弟が自分以上に優秀だと気付いた時、モヤッとしたあの感覚は恐怖だったのか。
目覚めの来訪者は何度も経験している。彼にとって来訪者の訪れは、時折強くなる雨足や風に煽られる波の高さと同じように何度か眠れば起こる自然現象と何ら変わらない事態としか思っていなかった。
今回も同じ、これは慢心とかそういった類のものでもない。飽食の住民は飢えを恐怖と感じない。風を操る妖精は魔法を操るエルフに憧れを感じない。経験した環境と備わった才能を前に、不遇や不満は生じないのは摂理と言っていいだろう。
この彼を人流にトンドと呼ぼう。今代のトンドとなった彼は恐怖を知ったと同時に、焦り、怒り、嫉妬、、、、堰を切ったかのように感情があふれ出す。生きねばならない。死んではダメだ、兄や父に顔向けできない、母に弟に妹に理想であると思われなければならない。王になるんだ。生きる、生きる、生きる。
彼は咆哮する。全身をうねらせて空に浮く身体をどうにかしようと暴れまわる。死の岸部が向こうに見える。見える景色がぼんやりと淡いもの変わっていく。首と尾の違和感が強くなる、全身の力が抜けていく。家族の顔が浮かんでくる。もう帰りたい、最後の願いは波の音と鋭い風の音に消えていった。
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目の前に横たわるトンドを撫でる。ガドは勝利の雄叫びを上げる。ギドは感極まって涙をこぼす。ゴドはトンドの身体に触れる。慈しむようにトンドの首元を何度も摩っていた。
彼らドワーフ達にとってトンド狩りを行うことは神聖な行為であり、英雄と呼ばれる所業だった。それゆえに今彼らの横に立つリオンの凄まじさを理解する。
勝負はすぐに決した。いつものように月光浴をしに海へ向かったトンドを不意打ちの形で空に持ち上げる。それに連動してリオンが事前に編んだ魔力の檻が反応し、トンドは体の自由を奪われるだけでなく、その自慢の甲羅に篭るという手段さえも出来なかった。
つまり、トンドを知っているガド達からすると勝負はそこで決定付けられた。リオンは警戒し続けていたようだったけど、ガド達は呆気に取られた様な表情を見せ合った後、長引かせることなく、トンドの命を頂いた。
ガド達は、一方的とも呼べる攻勢に少しの罪悪感と、高揚感を抑えきれなかったが、リオンからするとこの策が上手くいかなければもうどうしようもないと思っていたため、ただ安堵するだけだった。
トンドの血肉は全て活用できるため、新鮮なまま夜通しで解体作業を行なった。リオンは僅かに残る魔力を使い、特に新鮮を要する部位に氷結の魔法をかけていった。
ガド達はリオンの青褪めた重月を心配して、寝る様に促したが、最後まで自分は見届けるべきだと言って、リオンも朝が来るまで作業を手伝った。
朝の暖かさが彼に触れる頃、ちょうど作業が終わり、眠たい目を擦りながらガド達の住むドワーフの島に向かって主発する準備を始める。ガド達の船が引っ張る形でトンドを身を縄で繋げて、幾つかの重要部位はリオンのアイテムボックスに入れる事になった。
時間経過があるとは言え、現実世界よりも進むスピードはかなりゆっくりだからだ。
ゴドがリオンの体調ん心配した事もあり、ガド、ギドは乗ってきた船を漕ぎ、ゴドが海路案内兼、漕ぎ手としてリオンの船に乗船した。二手に分かれた事でガド達の運航速度を気にしたが、彼らは仮眠をとっていたみたいでまだ活力に溢れていた。
「それじゃあ、後でわしらの島で、」
「ゴド、リオンを頼んだぞ!」
「おいらに任せろ。」
「ガド達も気をつけてな。」
彼らは一旦の別れを告げ合って、出発した。
トンドを引っ張っている関係もあり、ガド達は大型肉食が少ない、比較的浅瀬の海路を使って帰る。一方、リオン達はリオンが魔力枯渇によるマインドダウン気味のため、力になれない。それにより、なるべく危険の少なくまた、早く危険に察知できる、無人諸島を抜けて彼らの島に向かう事になった。
「なぁ、リオン。大陸では傭兵とかやってたのか?」
船が動き始めて、少し経った頃、日は完全に出きって海面にキラキラ反射する光が横になったリオンの視線を刺激する。ゴドはそんな眩しさなど気にする素振りを一切せずに黙々と船を漕いでいた。そんな時の問いかけだった。
「それっぽい事はしていたな。長い間。」
「そうか。人も殺したりしたのか?」
「まぁ、長い間やっていればな。」
歯切れの悪い返答だったことに気付いたのか、
「悪い、おいら気になった事そのまま行っちまうんじゃ。気を悪くさせたなら謝る。」
「いや、いいんだ。私の中で死ぬまで苦しむべき問題だからな。気にしないでくれ。」
沈黙が生まれる。疲れているせいもあったのだろう。この沈黙は長く続き、再度二人が会話を交わすのは無人島群に入った時だった。
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