第11話
リオンは腹をさすりながら満腹による幸福を噛み締める。1人は慣れているはずなのに、1人で海にいる孤独感を覚え始めていたリオンは満腹感によってとりあえずの機嫌を取り戻す。
クルトシュ(仮)島を目標にしてはいるが、本来アルト海の旅はそう簡単に人に会えるものではない。トラタ島の出会いが奇跡なだけなのだ。
独特な潮の満ち引きと海流によって、アルト海に生きる者達ですら一定の距離以降からは沖に向かわず、口伝と長年の経験で海から島までを繋いでいて、周遊するなど特別な例外を除いてあり得ないとされているこの場所。
目的地を持つ事自体がまずおかしい事ではあるのだ。その事を重々承知しているリオンは、それでも何もない海をただひたすらに流されるだけというのは耐えられないため、自分を騙す意味も含めて、次の目的地をトラタの人たちに聞いたのだった。
食事を終え、呆然と空を眺める。ティオラが告白したエルフの血の話。
リオンにとって初めての告白ではなかった。大陸を冒険していた時、息子にはエルフの血が混ざっているのだとまるで権威を示すかのように言っていた成り上がり貴族。その横で暗く沈んだ表情のハーフエルフの奴隷。
腐敗した神父が経営する孤児院で怯えながら、息を殺して教えてくれた双子。
胡散臭い新興宗教の教祖がリオンを協力者にするために、エルフ至上主義社会を謳った暗室で。
純粋なエルフの血を継ぐ、一部からはハイエルフと称えられる存在はエルフだけでなく人間や別種族からも特別視されている。
エルフの血を宿す者たちからすると、血の濃さはオーラや周りを流れる魔素の空気で直感的に理解できるのだという。この本能的な感覚を多くの者たちは安心感や幸福感と紐づけており、リオンを前にかしずいたり本心を語るなどをする。
一部にはこれまでの環境のせいもあり、この本能が嫌悪や敵対感情に紐づくケースもありいきなり襲われるなってこともリオンは経験してきた。
これまで出会ってきた彼らの姿とティオラやチャミーたちと重ねて物思いに耽るリオン。まさかの出会いや発見があると、ある程度の覚悟を持ってアルト海に来たつもりだったがその予想を大きく超える同士との邂逅。
太古この地まで足を運びこの地で生きることを選んだ先祖がいる。その事実が不思議とリオンに勇気を与える。
チリンと鈴の音が響いた。到着してすぐに仕掛けた釣り竿に反応があったという事だ。
リオンは船の方へ急いで向かい竿が持っていかれないよう先端が上下する釣り竿を握った。思っていたより引きの強さは大きい。大物かもしれないなと興奮しながら身体強化をかけて竿を引き上げる。
手に伝わる感覚で、これが確かな手応えだと確信する。そのまま勢いよく竿を引き上げた。海面には水しぶきが立ち、銀色の魚体が空中で一瞬きらめいた。
岩場で跳ねる魚の姿を見てリオンは心の中で小さな勝利を味わう。自然に生きる実感と、それを手にした達成感。期待した大きさとまではいかないが、明日までは魚を取らなくても大丈夫な大きさだ。
暴れる魚を抑え、先ほどと同じように腹にむけて刃を入れる。今度は少し硬かったが、魔法金属の黒い紋様はその身を裂いて血を吸う。毒がない事は確認済みだったが、危うく棘が刺さるところだった。
捌く時に持っていた手の位置があまりよくなかったみたいだ。ある程度の処理を終え、海水に一度その身を沈める。
銀色の外皮とは違って、中身は透き通るような綺麗な白身で、所々に脂がのっているのが見て取れる。
生で食べたい気持ちを堪え、干物にするために身に刃を入れていく。干物にするといってもそこまで時間をかけられるわけでもないため、肉厚の身をあえてそれなりの薄さに整えていく。
その作業中、余った切れ端をいくつか口に運んで味を確かめると生で食べられない事を後悔するほど、ぷりぷりで弾力のある旨味を食べているかのような身だった。
とりあえずの作業をし終え、船に魚を干し始める。全部載せ終えたあと、リオンは下げていた錨をあげ始めた。今日はまだ日が沈むまでにしばらく時間がある。日が出ているうちに周辺を見て回ろうと考えたのだ。
しばらくの間は岩礁を拠点に動く事になりそうだ。とは言ってもその先の進み方について考えるためにも時間があれば周りを見るのは後々役に立つだろう。
数時間の陸の滞在だったが、不安定な海のゆらめきが懐かしく感じる。リオンは『トーチ』と唱えるとそこに青白い光が生まれた。ふわふわと浮遊しているその光は人魂のように見える。
これで夜に迷って辿り着かない事はない。リオンは時間を惜しむように直ぐに帆を張って風を当て始めた。岩礁の岸から離れていき、トラタ島とは反対の方へ船は漕ぎ出した。
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