第10話
目の前で起こった鳥と魚の邂逅は一瞬にして終わり、潮の溜まりに白い羽が飛び散る。バシャバシャと激しい水の音が必死の攻防を際立たせる。
岩の上で跳ね続ける魚に目を向ける。鋭く大きな牙は命を狩るための形であり、自分は先ほどまでこの脅威にさらされていたのかと思うと、冷や汗が出る。
白い鳥の抵抗が徐々におさまり、水の音の発生源が2つから1つに変わり始めたくらいで、岩の上を跳ね続けていた魚もぐったりし始めた。尾ひれと頭を捻るようにしてピクピクするくらいで、跳躍ともいえるさっきまでの動きと比べると随分落ち着いた。
とは言え、慎重に近づきその様子を再度伺う。近くで見ると牙の大きさ、顎の頑強さがより鮮明に理解できる。この魚の生きる強さみたいなのがここの部位だけで予想できる。
大陸で見た魚も、危険で強さを持ち合わせていたがそのどれもが魔力由来のものであったり、毒や物理的大きさなど、魔物に近い印象からくる強さだった。
生物本来の強さのような、生きるための進化を感じさせる生き物は数種類程度で、殆どが魔素依存の進化でこの魚のような原始的な雄々しさは持っていない。
当然、比べ方が悪いだろうしどちらが危険かなんて比べたって意味がない。どちらもそれぞれ違った強さと恐怖を兼ね備えているから。
森に住むエルフは海を遠くにとらえる節がある。世界を歩いたリオンにとっても海の世界は非日常で、魚は川のものという印象が強かった。
だからこそ、それほど大きさもなく、魔素の強くないこの場所で自分が捕食される側であるという認識を持つことの衝撃が大きかった。
アルト諸島を回ると決めたその時から海への恐怖と危険性は、再三学んだつもりだったが、ここで今一度その気持ちを強くさせる。
この無限に続く水平線の元ではどんな生き物も平等で、1つの命でしかない。エルフだろうが人だろうが、鳥も、魚も、海藻も、母なる海を眼前にすれば等しく子であるのだ。
緊張感を張り直し、左手に魔力を溜めてから魚に近づく。牙と顎にばかり意識が向いていたが、目の大きさも異様だ。表面積の1割を目で占めている。おそらく飛びかかる隙を逃さないように視力も進化したのだろう。
魔法で魚の全身を押さえながら内臓に向けて刃を入れる。スッと割られた腹の中から内臓が飛び出す。
今日は何も食べていない。毒も感知しなかったし、アイテムボックスからではなく出来る事ならその場で食事はやりくりしたい。
まだ魚は動いているが手際よく捌いていく。
魔法金属でできたナイフは通りが良く、触ってみると結構硬かった表皮もスルスルと刃が入る。腹と背から刃を入れ、いわゆる三枚おろしの形にする。
活きの良い魚は切り身になった後もほんの少し動いている。血や内臓の汚れをさっきより小さい潮溜まりで洗う。今度は襲ってくる魚はいなかった。
トラタ島でアルマ達料理番から干物の作り方は習っているが、今回は新鮮なままいただこう。適度な大きさに切り分けた後、乾いた岩の上で魔法で火を起こす。
アイテムボックスから多めに木材を取り出して、その辺の岩で組んだ風除けの中に木を焚べる。風魔法で風除けと、火力調整をしながら小ぶりな鍋と幾つかの香草を取り出す。
チケの葉を1枚とクポリ草をひと束鍋に入れ、こちらもアイテムボックスから取り出した真水を鍋の3分の2くらいまで注ぐ。
中火くらいの火力を保ち、水が沸くまでの間貝や蟹、海藻などを調達できないかあたりを探索する。
黄色と緑色のマダラ模様の二枚貝や、棘を持つ褐色巻き貝は毒感知に反応したため、見つけてもスルー。小ぶりだが、群生しているてっぺんが黒い巻き貝は大丈夫そうなので半分ほどもぎ取る。
持ってみて気づいたが僅かに魔素を含んでいる個体がいる。攻撃してくるタイプではなかったのが幸いだった、魔力による抵抗を素手で受ける可能性があったかもしれないと思うと、自分がどれだけ気が抜けているのか再度実感する。
先ほどまでよりも丁寧に慎重に周りを探る。毒感知に反応しなかった海藻を拾おうとよく見ると、海藻に擬態した甲殻類だった。鋏は持たず、針のような足が4本、移動に使う足が4本という組み合わせで見たことない甲殻類だった。
足の方から持ち上げ、風魔法で全身拘束しようとするが針のような鋭い足が風を切り裂くようにして拘束する力を弱めてくる。
少しの間葛藤した末、十分熱くなった鍋にそのまま突っ込んで解決した。その代償として小ぶりの鍋にいくつか穴が空いたが、今日の間はとりあえず魔法で補っておく事にした。
ぐつぐつと鍋がいいだし、甲殻類の持つ特有の磯のいい香りがし始めた。チケの葉の爽やかな香りも遅れて鼻腔を擦る。
せっかく海水があるので、塩をケチり海水を少し加えたのち魚の切り身、少しの巻き貝、アイテムボックスから出した茸と根菜をいくつか鍋に入れ、深めの皿と木のサジ、黒パンを2切れ取り出した。
久しぶりに1人で支度をして、1人で食べる料理を前に僅かな興奮と寂しさが混ざり合っていた。火力を弱め、茹でられ赤々とした甲殻類といくつかの切り身、根菜、をサジで掬い汁を皿の1割くらいまで入れる。
「幸福な食事に感謝を、」呟きながら額に指を当て食事の祈りを捧げ、まずは茹でられた甲殻類に手を伸ばした。
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