第3話
いつもと違う日常。
朝ごはんが海藻ではなく、ロロイモだったとかそういう話ではない。島の中に異質なモノがいる。その事実が島民達をどこかぎこちなくさせている。
独身の女衆達は家に伝わる装飾品をつけながら畑作業をしているし、旦那を待つ女衆達もいつもより姦しくなく、それぞれの思う上品な女を演じている。独特な雰囲気が島を覆っている。
「エルフなんて初めて見たよ!すっげぇーな。耳がとんがってて顔もすげぇ綺麗で、髪の毛が金だったぞ!」
エルフの来訪。最初に気付いたチャミーは、エルフを見たその時からずっとはしゃいでいる。
「エルフなんて、怪しいよ!まほうを使うんでしょ。チャミー近づいちゃダメだよ」
一才歳上のコロラが、エルフに夢中なチャミーに釘を刺す。
「まほう!まほう見てみたいよな!絶対かっこいいぞ!」
当のチャミーはどこ吹く風。エルフの事で頭がいっぱいのようだ。
「ぜっったい!怪しいの!あんなやつ!」
チャミーがとられたみたいで、コロラはエルフの彼に怒りをぶつける。あんなやつ、あんなやつとボソボソと恨み節を続けている。
「エルフのにーちゃん、父ちゃん達を助けてくれたんだろ?」
後ろからコロラの兄、コゴラが割って入る。
「父ちゃん達早く帰ってこないかな、まほうの話が聞きたいよ」チャミーは魔法とエルフの事で頭がいっぱいの様子だった。
――――――――――――――――――――――――
船を浮き上がらせたリオンは、ティオラ達に一生分の感謝と尊敬を受け、困惑していた。
「旦那!俺は一生忘れませんよ今日の事。」
「俺もだ、島に帰ったら俺は旦那の像を掘る!」
各自がそれぞれの最大限の感謝を表現していて、リオンも悪い気はしない。
「そう言えば、旦那。なんて名前なんだ?」
ティオラが思い出したかのように聞いてきた。恩人の名前だ、と全員が耳を傾ける。
「フルヘット・リオンディーラ、友は私をリオンと呼ぶ。畏まっても仕方ない対等に友として話をしよう。」まとめ役をしていたティオラを向いてそう伝える。
「それもそうだな。リオンって、ここらじゃ聞かねぇ品のある名前だ。俺はティオラ。男衆のまとめ役をやっている。」
自己紹介をするにしては変な場所。船に座り込むリオンと足で器用に海を蹴り浮かぶティオラ。ティオラから差し出された右手をガッチリと握る。
「「よろしくな」」
リオンがアルト海で出来た最初の友人との邂逅であった。
リオンの帆船をティオラ達の帆船の横につけ、今はティオラ達の船の上で、話し合いが行われていた。
「今回の漁は中止だ。船は上げて貰ったが、食料やら何やらがほとんどダメになった。1番は飲み水だな。」
「タンクの水に海水が入っちまったからな。」
何人かの若い船員達は、少しだけ納得できない様子だが解決策がない以上反論も出来ないという事をわかっているようだ。
「まぁ、けどよ。直ぐに戻れるわけでもない。水に浸かった後だ。船のどこかに問題が起きてるかもしれない。」
彼らにとって船がダメになると言うのが最も恐れる事態なのだろう。慎重にならざるを得ない。
「そこでよ、リオンの旦那にお願いしたいことがある。」
それまで話し合いを聞き流しながら、ぼーっと海を眺めていたリオンは、突然名前を呼ばれた事で驚いたような反応をする。
「なんだ。お願いって、」
「うちの島に行って、何があったか報告するのと少しの水を持って来てくれないか?」
「うちの島?」
「トラタって呼ばれてる。小さい島だ。」
「方角は?」
「星が出るまで待ってくれ、船が沈んで方角を見失った。」
リオンは胸ポケットから方位磁針を取り出して
「これではわからないか?」とティオラに見せる。
「これは?」方位磁針を知らないティオラは困惑しながらも、リオンに使い方を教えてもらう。
「南西方向に真っ直ぐだな。」ティオラが方位磁針を見ながら、帰路を指差す。
「わかった。」
「助かる。」
「あ、そうだ。水だけど一晩分なら用意が出来る。船員は10人だよな?」
「11人だ。さっきまで1人下に潜ってたんだ。」
「わかった。」そう言うとリオンは自分の船に置いてあったボストンバックくらいの大きさのカバンから、水を取り出し始める。
「これってもしかして、」
「アイテムバックだよ。容量は5ドン、5000リット入る。」
「すっげぇなぁ、」船員達は羨望の眼差しでリオンのカバンを覗き込んでいる。
「けど、良かったのか?」ティオラが水瓶を持ち上げながら聞く。
「まぁ、1人用にしては水を用意しすぎていたんだ。バックの中は時間経過がゆっくりだけど、いつかダメになる。それなら欲しい人にあげるのが水も喜ぶよ。」
リオンはそう言いながら最後の水瓶を取り出して、ティオラに渡した。
「船を上げてくれただけじゃなくて、水の礼もちゃんとしなきゃだな。旦那。島に着いたらきっちりと義理を果たすぞ。」
ティオラだけでなく、その場にいた船員全員がリオンに向かって頭を下げた。
どうしていいのかわからないリオンは照れたように笑いながら、助け合いだろとティオラの肩に手を置く。
「それで、トラタに着いたら島長にこれを見せてくれ。」
ティオラは首にかけていた貝のペンダントを渡す。
ペンダントの貝は日の光で照らされ、幾重もの色が映し出される。色は波のように重なり、溶けるように消えていく。
「このペンダントは、世界で俺しか持ってない。これを持って、俺たちの船が座礁した事、旦那が助けてくれた事、明後日朝までに島へ帰ってくる事を伝えてくれ。」
「任せてくれ。」
「ありがとう。旦那には助けてもらってばかりだ。」
「気にするな。」
リオンは、自分の帆船に戻ると縄を解き出航の準備を整える。
全身に魔力を注ぎ、風をイメージする。帆に当てる風、受ける抵抗を弱める風、純粋な推進力としての風。「ウィンド」と呟き、風を生み出す。
「それじゃぁ、また後で!」
リオンがティオラ達に手を振る。ティオラ達は船の上や海上から顔を出しリオンの出発を見送った。
――――――――――――――――――――――――
「なるほど。話はわかりました。光宝貝のペンダントはティオラのもので間違いない。海賊ならティオラがこの島の男というのも知り得ないでしょう。」
島長は一連の報告を受け、様々な可能性を思案していた。
ティオラ達が海賊に襲われた、船が座礁し、遺体となったティオラからペンダントを奪った、良くない可能性をいくつも想像したが、おそらく目の前のエルフの言う事が最も信憑性が高い。
「無礼な態度申し訳なかった。トラタ島を代表して感謝いたします。エルフの客人よ。」
島長は笑みを浮かべ、リオンに頭を深く下げる。
「大丈夫です。ティオラは友人だ。助けるのは道理でしょう。」
両者とも柔らかな笑みを浮かべながら、別の話題に移り変わる。
「この島はアルト海ではどの派閥なのでしょうか?」
「キュラス国の派閥にあたりますな。」
「軍事同盟は?」
「行っていません。交易で少しお付き合いがある程度で、他の派閥もここ数十年一切関わりがございません。」
「なるほど。」
「お客人はタオス海戦にご参加なさるつもりで?」
「いやいや、私は傭兵ではなく、冒険者です。大陸の友人にアルト海では厄介な派閥争いがあるから気をつけろと、忠告されていまして、」
「それでお聞きになったのですね。」
「ご不快になられたら申し訳ない。」
「私ども、トラタ島はアルト海統一思想には一切の興味がないのです。ですので、彼らの思想にはなんとも。」
島長は、窓の外に目をやる。
子ども達が走り回り、母や兄姉達が仕事しなさいと声をかける。笑い声に包まれ、母の怒声もどこか愛おしさが含まれている。そんな彼らを温かい日光と海のさざめきが包みこむ。
「いい空気が流れていますね。」
リオンは窓から見えるトラタ島民達の光景を見ながらそう呟いた。
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