トラタ島での出会い

第2話 

 海に浮かぶ二つの帆船。トラタ島の島民たちは島長の家の様子を伺っている。


 50人ほどの島民たちが暮らすトラタ島では、海藻の栽培が盛んで月に2回の漁以外では島から外に出て行くものはいない。


 時折、回遊商人や、直接取引している商人が島に訪れるが、商人以外のトラタ島への訪問者は暫く見かけていない。


 小さな森と泉を囲うように住居が点在しており、一つの家屋に一つの畑がついていて、そこでは、商人から買った野菜や苗を育てたり、トラタに自生するククの実やチラプの実のような果樹を育てている。


 島の集会場は島の南東に建てられていて、島民たちの住居の3倍くらいの大きさになっている。トラタ島で所有者の無い建物はそこ集会所と小さな波止場くらいだった。


 漁を行う3日前と、漁から帰ってきた翌日にその集会所で宴会が行われ、トラタに住む人々の楽しみと生きがいはこの日に発散されることになっている。


 島長の家は島の東側に建てられ、集会所と島長の家のちょうど間に波止場がある。

 島長の家の周りは、一切の建物がなく交易に使う織物の原料であるクギ草が育てられている。


 トラタ島では鳥以外の肉、貴金属、植物の種を得るためにクギ草の織物を交易に出している。

 他にも主食として育てている海藻のワケも交易品として出していて、アルト諸島の中では栽植を主な作業としている島になっている。


 そんなトラタ島に外から人が来た。商人ではないその風貌。

 金色の髪を風に靡かせ、その長髪から時々見える耳は尖っている。白く透き通る肌は青い瞳を引き立たせ、中性的なその顔立ちは通り過ぎるもの全ての足を止める。

 エルフの来訪であった。


 この日は男衆が漁へ向かって半日たった時の事だった。

 女衆と子供たちはクギ草の伐採と水に浸けて柔らかくさせる作業をしていた。一艘しか無い帆船が出た後の波止場は、もの寂しく主人を待つその空虚さは、島民達の男衆への心配のせいもあり静けさの中に波打つ音だけが響いていた。


 一定の間隔で奏でる波止場のザバァというリズムが途中で崩れる。これまでとは違う音が聞こえる。風を掴んだようなギュォーという音。波止場からでは無い、聞いたことのない何かが波のリズムを邪魔する音。


 その異変に最初に気付いたのはチャミーという少年だった。

 父が漁へ行った寂しさはクギ草の伐採の楽しさで上書きされ、小気味良い波の音に身を任せ作業をしていたチャミーはそのリズムが狂わされた事にいち早く気がついた。それと同時に聞きなれない音が新しく聞こえて来る事にも。


 チャミーはその音の方に視線を向けた。波止場に向けて一艘の帆船が向かってきていたのだ。


「父ちゃん達帰ってきたよ!」


 父の帰還が伐採の楽しさを上書きする。

 その一声で島民の視線は波止場に集まる。


「何言ってんだい。さっさと仕事しな。」「まさか何かあったのかい。」「いつもと何か違くないか?」

 作業する島民達はさまざまな様子を見せる。


 当然、島長も例外に漏れず、波止場に目を向け確かに見えた。島の帆船とはひと回り小さい帆船がこちらに向かってやってきているのだ。帆船の上で1人の人間が手を上げ何かを伝えようとしているのもわかった。


 ――――――――――――――――――――――――


 アルト諸島へ旅立ったリオンは目に映る全ての光景に、心躍らせていた。特有の気候を待つアルト海では、なかなか見られない景色が目まぐるしく広がり続ける。


 アルト海に面する大陸クラビアで、一艘の帆船を購入したリオンは帆に風魔法を当てながらあてもなく船を走らせる。


 何度か目視できる距離に島があるのを確認したが、海上の心地よさをまだ手放したくないリオンは、空に照らされキラキラ輝く水面に波紋をつけて行く。


 数日、船での生活を楽しんだところで、アイテムボックス内の飲み水を確認して、しばらくは持つが少し心配な量まで減ってきている。多めに用意した食料は当分持ちそうだが、飲料水の限度を意識してしまうと、どうにも気になる。魔法で水を出せるが、何日も魔生成水を飲むのは体に悪い。


 大陸にいた時から楽しみにしていた釣りの用意もしていないリオンは、島探しをする事に決めた。

 しかし、いざ島を見つけようとすると、なぜか見つからない。今日まで何度か島を見つけていたのに、求めると姿を見せなくなっている。なんとももどかしい。


 それらしき影を見つけたと思ったら船であったり、魔物であったり、岩であったり、減って行く水分の事もあり、焦燥感がジリジリと増していく。


 パッと見で残量がわかるくらいになったボックス内を見て、リオンはため息をつく。

「こんな事なら、」と準備不足の自分に呆れてしまう。

 これまで無駄にしないようにと魔力を温存していたが、そうも言っていられない状況を考え、一つの方向にのみ向かって、魔法を使う事にした。


 魔力腺に流れる温度を感じながら、手のひらに力を溜める。じんわりと手のひらから汗が出始め、魔法の発動の準備が整う。「ウィンド」と心の中で呟くと手のひらのあたりから風が吹きおこる。


 一方向に吹く風を帆はしっかりと掴み、思った方向へ進んでいく。これまでの数倍の速度で進む船の勢いは、帆船の持つポテンシャルを充分に発揮しているのだと実感させる。


 威力を調整しつつ、左右に目を配る。島らしき影がないかと、視線に込める力は強くなる。

 このままだとあと数分移動したら元の速度に戻ってしまう。魔力の勢いと体の調子を考え、魔法を止めたその先についての思案も同時に始めた時だった。


 ちょうど右目の端に映る影に気付く。その影が動いた事で本能的に顔がその方向に向く。反射神経良さがここで発揮される。

 動く影の正体のため、船の進路を曲げて影の元へ向かう。

 

バシャバシャと生き物がたてる音と、声にも聞こえる音が重なる。影には生物の反応がある。更には微弱な魔力を感知する。


 リオンの帆船に気付いた影たちはこっちに向かって声を上げた。


「助けてくれ!」

 沈む船と男達。男達は器用に水を蹴り海面に浮かんでいる。


「頼む!船を!」

 男達が慌てているのは自らが海に放り出されたことではなく、帆船が沈んでいくからなのだとそこで理解する。


 沈む船に巻き込まれる距離にいる彼らは必死に水を蹴り上げ、船を動かそうとするが、踏みしめる大地がない限り腕の筋肉は機能を発揮しない。

 男達の数は大体10人。それぞれが器用に浮かんでいるが、その表情は今にも死にそうなほど青ざめている。


「このままだと、船がなくなってしまう。」

 1人の男がリオンの帆船まで泳いで来ていた。

「なぁ、耳長の旦那。どうにかその帆船に縄をつけてうちの船を引っ張って行ってくれないか?」


 正気か、と疑いたくなるような頼み。

「待ってくれ、それじゃあ私の船も道連れだ。」

 男は黙って、何か策はないかと考えている様子だった。


 リオンは頭を巡らせる。海上から見える沈んでいない部分を見るからに、船の大きさは自分が今乗っている帆船の3倍くらいだろう。ここまで魔力を使ってきたとはいえ、おそらく引き上げることは出来る。


 けれどリオンは知っている。善意で魔法を使うとどうなるか。しかも倍以上の大きさを持つ船と、10人の男衆。海賊ではない保証がないし、助けたあと襲われるなんて事も考えられる話だ。


 人の愚かさを十分に知っているからこそ、リオンは躊躇する。


「ティオラ!船をどうにか出来そうなのか!」

 船の牽引を頼みにきた男はティオラという名のようだ。

 おそらく考え込む2人の様子を見て、何か出来ると思ったのだろう。


「いや、無理だ。この旦那の船で引っ張ってもらおうとしたが、それだと旦那の船も沈んじまう。」


 期待していた返事ではなかったようで、男はわかりやすく肩を落とす。

 その間も数人の男達はどうにか船を沈ませまいと、下に潜ったり左右に揺らしたり、どこかへ押して行こうと試行錯誤を重ねている。


 目の前にいるティオラは一度船を見たあと、こちらを向き直して


「旦那。若いのと少し歳食ったのその船で島まで送ってもらえないか?もちろん金やら、なんやらは欲しい分だけ払う。」


 ティオラという男は船の終わりをちゃんと理解したんだろう。けれどその諦めを呪っているのは目つきでわかった。


「いいや、ティオナとやら。それには及ばない。」リオンはこの目を知っていた。そして直感する。彼らは信用できると。

「ダメか、」


 風が海面を叩く、ヒュンヒュンと鋭い音を立て4つの竜巻が浮き上がる。


「船の近くの彼らをこっちに呼んでくれないか?」

「っ、それは、お前ら!こっち来い!」


 自在に動く風を見て、ティオラは何が行われるのかを察して指示を送る。


「流石船乗りだ、泳ぎが早いね。」


 沈む船のを周りを囲む空気の渦に気を取られながらも、無謀な彼らはすいすいとリオンの元まで集まってきた。


 リオンは目を瞑りイメージする。巻き上げた風が船を持ち上げる様子を。猛々しく音を鳴らす竜巻が海面を掬う様子を。

「準備完了だ。」

 掲げていた右手を振り下ろし、ストームと心で呟く。

 船を囲む風の化身とも呼べるそれらは海に潜る。ボコボコと大きな泡が湧き上がる。次の瞬間バッシャーンと船が飛び上がる。空に上がった船は本来の姿勢に戻りながらゆっくりと海面に船体を乗せる。海に戻る時はチャプンと静かな音を鳴らすだけだった。


 ただ憮然と眺めていただけの彼らが急にわっと音を上げる。

 静かになった海が再度音を取り戻したようだ。


「だんなっ!!!なんだあれは!!」

 ティオナが目を輝かせながらリオンの船にしがみつく。


「ただの風魔法だよ。風で浮き上がらせただけ。」

「ただの風魔法って!魔法にただもただじゃないもないだろ!」

 興奮した様子で、ティオナは自分たちの船とリオンの顔を交互に見ている。他の船員達も興奮していたり、感動していたり、恍惚の表情を浮かべるやつもいた。

 全員が共通して嬉しそうな表情を咲かせていた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る