靴を履いて、君を見て
@ITUKI_MADOKA
靴を履いて、君を見て (三題噺 夕・美しい・靴)
咲:久しぶり、元気にしてた?
コノハ:びっくりした。なに?急に
コノハ:宗教勧誘ならお断り
咲:そんなんじゃないよw
咲:久しぶりに会いたいなぁって思って
コノハ:何それ、ほんと急だね
咲:今都内住んでるんでしょ。私もそう。いつ暇?明日からならいつでも良いよ〜
コノハ:会うって言ってないんだけど
咲:でも合わせてくれるでしょ?
コノハ:まぁいいけど……明後日の午後なら大丈夫かな
咲:ありがとう。じゃあ〇〇駅前に1時でいいかな
コノハ:わかった。またね
咲:うん、またね〜
咲:👋
ついさっき、昔の友人から連絡が来た。彼女の名前は高田咲、高校時代の友人だ。 彼女と最初に会ったのは中学だが仲良くなったのは高校である。
中学時代の彼女はそこまで目立ったイメージはなかった。よく言えば品行方正な真面目女学生、悪く言えば……芋女。
私はクラスの中でも高いカーストにいた。まぁクラスでいじめるなんてことはなかったけど、ちょっと陰で小馬鹿にしていたことはあったかもしれない。
中学最後の文化祭で何度か話したのは覚えている。
クラスの出し物で演劇をする際、彼女は小道具担当で靴やアクセサリーを作っていた。それは学生が作るものであれば最上級と言えるほどの出来で見惚るほどだった。 その出来上がった靴を試しに履かせてもらったときは嬉しかったな。なんかお姫様になったような気がして。不器用な自分と違ってそんな作品を作り上げた彼女を何度も褒めていたことは覚えてる。
芋女としての彼女が変わったのは高校に入ってからだ。俗に言う高校デビューというやつだろう。髪型やメイク、服装も以前の彼女とは似ても似つかないものになっていた。髪は巻かれておりガーリーな印象、ナチュラルメイクを施しておりその練度に驚いた。いつの間に練習していたんだろう。
中学では既定通りの長さだったスカートが彼女の太ももが光に反射するほど露出していた。一眼見た時はギョッとしたが、そんな姿を見慣れてしまうと少し羨ましく思った。そんな彼女は入学式から声をかけてきた。
「小泉さん!これからもクラスメイトとしてよろしくね!」
少しびっくりしたけど、嬉しかった。彼女以外に同じ学校の女の子はいなかったし、あの文化祭以来、彼女と仲良くなりたいと思う自分もいたから。
それから二人の距離が縮まるのは一瞬だった。私と咲はニコイチコンビなんて言われるくらい自他共に親友と呼べるほどの仲になった。体育祭も文化祭も修学旅行も、いつも彼女と一緒だった。他にも友人は居たがクラスが分かれたり長期休暇などの空白の時間があったせいか、咲ほど深い関係になることはなかった。
そんな彼女とは、進学を機にそれぞれの道に進んだ。私は東京の大学、咲は埼玉にある服飾系の専門学校に進学した。
その後も連絡を取り合っていたが、互いの用事が重なり、その機会も減っていった。
大学を卒業し、就職も無事終わり、現在は都内の会社で働いている。彼女のSNSを見ると都内の会社に働いているらしい。
毎日大変で疲労は貯まるが、自分のやりたかった仕事に就き、毎日が有意義だと感じている。そう思い込んでいる。実際には、上司からのセクハラ、同じ部署の御局様からのパワハラ、度重なる残業、毎日が同じでこれが社会の歯車だということを知る。
そんな時にきた咲からの連絡、正直嬉しかった。彼女と話せば少しはこんな疲労も吹き飛ぶかも知れない。
「明後日か……ふふっ……がんばろ………」
何もない空間に一人呟いた。
時刻は十二時四十五分、まだ時間よりも早いが彼女はもう待ち合わせ場所にいるだろう。咲との待ち合わせは少し早めに、彼女はせっかちで四十分くらい早く来ても待ち合わせ場所にいたりする。
今日は服装やメイクに気を使ったため、それほど早くは来れなかったが十五分前に指定されていた駅前に着いた。
辺りを見るとそこそこ人はいるが、彼女を見つけるのに時間を要することはなかった。居た、一目見てわかった。学生時代よりも綺麗になっている。
白いワンピースに黒い低めのハイヒール、今日は少し冷えるからか厚手の鼠色をしたカーディガンを羽織っており、メイクも相まって大人っぽさを感じる。周りの男性からちらちらと視線を送られているが、彼女はそんなものは意に介していない。そんな彼女が私の視線に気付いたのかご主人を見つけた飼い犬のように、少し小走りでこちらに近づいてきた。
「木葉〜!久しぶり!変わってないからすぐにわかったよ!元気してた〜?」
”変わっていない”
彼女のそんな言葉は少し心を抉った。でも、彼女も悪意をもって言ったわけじゃないことはすぐにわかる。
「久しぶり、そんな咲は変わったね。前よりも……落ち着いたのかな?」
「うん!大人っぽくなったかな?木葉みたいに!」
「私みたいってのはわからないけど……見てくれは大人っぽくなったんじゃないかな?その言動はまだ子供っぽいけど」
「あ〜子供っぽいって言った〜!も〜……」
「あ、静かになったら大人っぽくなったかも?……なんて冗談だよ。そんな咲も可愛いと思うよ」
「も、も〜木葉ったら!ふふっ、こうやって話すのも久しぶりで楽しいね!」
「うん、そうだね。立ち話もなんだし、近くのカフェでも行かない?」
「私も言おうと思ってた!良い感じのところ見つけたから行こ?」
そうやって二人で話しながらカフェまで歩いていた。着くまでにもずっと話していた。高校を卒業してからどうだったかの話をした。
「連絡は取り合ってたけど、お互い忙しくなっちゃったもんね」
「そうだね、私はそれなりに楽しかったよ?サークルにも入って学園祭なんかも出展したり、大会も出たりね」
「サークル!?なんのサークル?」
「ダンスサークル、ずっとやりたかったんだけど、今までは勇気でなくて……一人暮らしになって自分の時間も増えたし、やってみようと思ってね。初心者だったけど、経験者の子の指導も良かったし、楽しかったよ」
「え〜いいな〜私なんか課題に追われちゃってずっと単位の危機と戦ってたよ〜」
「ふふっ、咲らしいね。でも他は楽しかったでしょ?」
「ま〜私もそれなりかな。地元の田舎なんかよりもお店はたくさんあったから、買い物は楽しかったかも」
「私もそうだな。こっちは向こうよりも品揃えがいいから、むしろどれを買うか迷っちゃったな」
「わかる!だから通販で買う方が多くなってたかも……ウィンドウショッピングも楽しんだけど、足が疲れちゃったりね……」
やっぱり彼女との会話は楽しい。一つ一つの言葉に合わせて表情がコロコロ変わる彼女の姿は高校時代から変わっていなかった。懐かしいと云うより、卒業した日に止まった時間がまた動き出したような、そんな錯覚を覚えた。
お互いの話をしてるとカフェに着いた。古き良き煉瓦造りのカフェだった。屋根や壁には蔦が巻かれており、都会の景色に慣れた私にとっては非日常を感じることができてわくわくした。
幸いにもそこまで混んでおらず、すぐに席に座ることができた。四人席のテーブルに向かい合わせに座り、メニューを見ながら盛り上がりながらも、私はコーヒーとサンドイッチ、咲はコーヒーとパウンドケーキを注文した。
そこからも二人の会話は止まることはなかった。
「今デザイナーやってるんだっけ?どんな感じ?」
「そうだよ!ん〜上々かな。前の会社が合わなくて一回転職したんだけど、まだ新人期間だし、そこまで大きな仕事を任されることはないかな。前の職場より雰囲気好きで苦しくない。今企画してるのが軌道に乗り始めて、次回の会議がうまくいけばな〜って感じ!」
「そっか、すごいね咲は……」
「木葉はどうなの?」
「私は……私も頑張ってるよ、でも……ちょっと疲れが溜まってるかな……」
そういう私を見て、彼女はため息を吐いた。
「そうだと思った。ちょっとテンション低かったし、目元のコンシーラーも濃いよね?それ、くま隠しでしょ。」
「あ、はは……バレちゃったか……うん、まぁそう」
「よし!今日は愚痴っていいよ!咲さんが全部受け止めちゃる!」
「ふふっ……なにそれ、それ居酒屋でやることでしょ」
「あ、そうだね、えへへ……」
「それは後でね。今は別のこと話そ?」
「そっか〜じゃあ……恋バナとか?」
「恋バナって……そんな言う年齢じゃないでしょ」
「恋バナはいつ言ってもいいでしょ〜ほら、大学に入ってどんな恋に出会ったの?私聞きたいな〜」
「わかった、話すよ……ん〜出会いって言ってもサークルとかバイトしかないけど」
「うんうん!」
咲はエサを待つ犬のように目を輝かせている。こうなると静かになるからいいけど
「一人はバイト先の先輩、大人っぽくてかっこよくてね。デートもスマートでさ、最後まで優しかったな。今思うとバイトなのにあんな甘えちゃったのちょっと申し訳ないなって思うけど……」
「へ〜他には?」
「あとは……サークルの後輩かな。犬系でかわいかったな。おうちデートが多くてサブスクの映画とかたくさん見てた」
「いいね〜あとはあとは?」
「ちょっと全部私に話させる気?私は咲みたいにモテたりしないからそんくらいだよ。良い彼氏だったのは間違いないけど」
「え〜残念、もっと聞きたかったのに〜」
残念そうな彼女に私は今だ!と思い反撃を開始した
「そんな咲はどうだったの?さっきから私が言ったんだから、言いなよ!」
そう言われた咲は鳩が豆鉄砲を撃たれたようにポカンとした
「わ、私?わたしは〜………なかったよ……」
「え?なんて?」
咲は何か小さな声で言った。よく聞こえずつい聞き返してしまった。
「だから———」
「お待たせしました。こちら、ご注文のコーヒー2つとサンドウィッチ、パウンドケーキです」
「あ」
彼女が何かを言おうとしたそのとき、注文したものをテーブルに店員が置いた。
「ありがとうございます〜さ、食べよ?いただきま〜す」
「う、うん。いただきます」
そうして私たちはそれぞれ、コーヒーと軽食を食べたのだった。そのあとも何か話していたけど、恋バナの話に戻ることはなかった。
「そろそろ出よっか、この後時間あるならちょっと買い物付き合ってくれない?」
「いいよ、何買うの?」
「ん〜秘密!」
「秘密って……」
「乙女には秘密があるのだ〜」
「乙女なんて年齢じゃないでしょ?」
「女の子はいつだって乙女だよ!」
そんなことを言いながら二人でカフェを出た。彼女の言われるがままに2歩後ろをついて行く。
景色はブランド品が売られている店が並ぶようになっていき、周りもきっちりとしたスーツを着たサラリーマンやキラキラと光る指輪をはめたマダムが見られた。そんな咲の買い物の行き先は他の店と同じように高級感の溢れる靴屋だった。
「どうしてこんなところに……」
「ここ、私の行きつけなの。今日履いてるこのヒールもここで買ったんだよ。結構高かったんだけど、奮発しちゃった」
そう咲が指を向けた先にあるヒール、よく見るとなかなかデザインが凝っていて、木の葉のような意匠がなされていた。さすがデザイナーなだけあってセンスがある。なぜか足元から目が離れない。
「あ、これ見て!木葉に合いそうじゃない?」
顔を上げると、咲が黒いヒールを持っていた。彼女が履いているものとは別のものだが、そのヒールも意匠の凝ったものだった。小さな花びらが施されており、それがなんだか心をくすぐった。
「こ、これが私に?」
「うん!履いてみて?」
目をキラキラさせて私を見る。そんな期待しないで欲しい。けど、最近は生気のない同僚の顔ばかりを見ているからか、こんな眩しい顔の人を見たのは久しぶりかも知れない
おずおずとそのヒールを履いてみる。あぁ、そこだけ綺麗に光って見える。私には不釣り合いだ。やっぱり似合わない。
「や、やっぱり似合わな——」
「似合ってるよ」
え
「いや……似合ってな———」
「似合ってるよ」
なんでそんな真っ直ぐな目で見るの?
「ねぇ木葉、ちゃんと自分を見て?」
何を言ってるの。ちゃんと自分のことは知ってるよ。こんな綺麗な靴が身の丈に合わないことも知ってるよ。
『ちゃんと自分を見て?』
なぜかその言葉が頭の中でぐるぐるまわる。
ぼーっとしていたら咲が紙袋を持って近づいていることに気づいた。
「はいこれ!プレゼント!」
「え、これを……私に?」
「うん!ほら!もう買っちゃったから!返品できませ〜ん!次行こ!」
「あ、ねぇ次ってなに!?」
「いいから!来て!」
それから店を出て、そのまま彼女の赴くままに手を引かれていく。ヒール履いてるくせになんでこんな歩けるんだ。
どれほど歩いてきたのだろう。気づけば、河原に出ていた。さっきまでとは全然違う、まるで私たちの故郷みたいな。
「なんでこんなところに……」
「ここさ、夕日が綺麗に見えるんだ」
「え?」
「見てよ!あれ!」
彼女が指を刺した先には夕日が熱いくらい輝いていた。
「ね?綺麗でしょ?」
ああ、綺麗だ。彼女が笑う顔が私を照らす。私の眼を焼き尽くさんとしている。
「うん、そうだね」
「え……?木葉、泣いてる?」
「あ……」
なぜだろう。涙が止まらない。そうだ、これは彼女のせいだ。彼女が眩しいから涙が出てしまったんだ。ああ、このまま消えてしまいたい。そう思ってしまった。泣き止まない私を咲が抱きしめる。
「泣いていいよ。私はここにいるから。私はいつまでも、あなたの味方だから」
しばらくして泣き止んだ私は改めて彼女を見た。こんなに泣き腫らした目で見ても、何度見ても美しい。いや、美しいなんて言葉では語れない。どうにかしてしまいたいほどに。
「ねぇ……」
「なぁに?」
「好き」
咲は少し驚いた顔した。けど、すぐに笑顔でこう言った。
「私も好き」
「ずっと好きだったの、木葉のこと」
彼女の目に光るものが流れる。
「よかった、やっと言えた」
泣き顔も綺麗だ。私も視界がぼやけてきた。
「ふふっ……二人とも顔ボロボロだよ」
「そうだね、ぐちゃぐちゃだ」
「言えなかったんだけどね、さっきプレゼントしたハイヒール、あれ私がデザインしたの」
「え?」
その言葉に私は驚いた。咲があんな立派な店で商品が売られるようなデザイナーになることは想像に難くないが、すでに売られているとは思えなかった。
「あの靴はね、特注品なの。私が木葉のために作ったの。今日会う時にサプライズで渡そうと思って、あのお店、うちの会社の系列で頼んで置いて貰ってたんだ」
「そうなんだ……」
「本当はちゃんとした靴を送りたかったけど、まだそんな立派なデザイナーじゃないから……」
「そんなこと……あ、もしかしてその靴も……」
「あ、気づいた?これもそうだよ。木葉を思って自分のために作ったの。木葉を近くに感じたくて」
その言葉に唖然とする。そんなにも私のことを想ってくれていたのに……私は
「ごめんね……」
「何が?」
「遅くなって、ごめんね……」
そしてまた涙が溢れて私の顔を濡らして行く
「いいよ、これからは一緒にいてくれるでしょ?だから、いいよ」
優しい彼女の声が心に染みていくのを感じる。ああ、やっぱり
「ありがとう、咲。大好き」
「私も好きだよ、木葉」
「ねぇ、これからどうする?これじゃ居酒屋とか行けないよ」
「私の部屋で飲まない?そっちの方が気が楽だし」
「それ、私が緊張するんだけど」
「何言ってんの?中学男子みたい」
「いや、緊張するよ!学生のときに行ったことなかったし!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「まぁいいじゃん。さっき言えなかった愚痴大会しよ!」
「そういえば、なんかそれ言われたら行きたくなってきた……よし行こう!」
「切り替え早いね〜じゃあまずコンビニかな。おつまみ何が好き?」
「おつまみか〜……鮭とば?」
「渋くない?」
「それ言われるから言いたくなかったのに!」
「でも、そんな咲も好きだよ」
「ねぇごまかそうとしないで!」
「違うって!本心だよ!」
「もう、あ〜あと————」
そうして二人は夕日が落ちていく河原を歩いて行ったのだった。学生時代のあの日のように。
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