旅館

 突如として現れ、いきなり人類への攻撃を開始した実体。

 通称、天使。

 現れてから数年経った今でも何の情報も得られていないその存在は今、人類の恐怖と畏怖の対象であった。

 だが、国がまるで対抗できていない中であっても唯一、その天使へと抗い、次々と天使を葬り去っている人類の希望とも言える存在がいた。

 それが変身ライダーと魔法少女。

 特殊な力で変身し、天使を蹂躙する二人の存在だった。


「はひぃ、疲れたぁ」


「お疲れさま」


 そんな二人。

 つい先ほど、街を襲っていた天使たちの部隊を一つ、壊滅させてきた変身ライダーと魔法少女の二人。

 零と氷空が一息ついていた。

 そんな彼ら二人がいるのは広々とした旅館の一室であり、そこでくつろぐ二人は今、その小さな体を館内着で包んでいた。


「でも、天使たちも結構楽に倒せるようになってきたね」


「そうだね」


 畳の上で横になっている氷空の言葉に対して、椅子に座りながらパソコンを打っている零が素っ気なく頷く。


「何しているのー?」


 そんな零へと、氷空は声をかけ続ける。


「んー、今回の反省。ちゃんとここら辺もやっておかないとね」


「……やっぱり、零って真面目だよねぇ」


「真面目だったら、小学校の宿題をもっと出していると思うよ」


 変身ライダーと魔法少女。

 人類の希望として天使の前に立ちふさがる二人の少年はまだ、小学生である。

 子供二人で旅館に来ていることが傍から見るとあり得ない。

 そう思って当然の二人組だった。


「あー、いっけないんだー!ちゃんと宿題はやらなきゃだよ?ちゃんと夏休みの宿題はやっている?」


「舐めないで。ちゃんとアサガオの観察日記と絵日記は夏休みの初日に終わらせているよ」


「あー、いっけないんだー!アサガオの観察日記も、絵日記も、毎日やるものなんだよ?決して、初日にパパっと終わらせるようなものじゃないもん!」


「でも、こんなところに来ている以上、アサガオの観察日記は無理でしょ?」


 アサガオの観察日記。

 既にもう二人の家からは遠く離れた位置にある旅館の方に二週間以上滞在している時点で絶対に出来ない宿題だ。


「い、一応……お母さんにアサガオの面倒は見てもらっているからぁ」


「あっ、偉い。僕はもう枯れたよ」


「えーっ!?枯らしちゃったのー?学校で育てていた時は一番きれいだったのに!」


「家に帰ってからは一度もお水あげていないし」


「植物も大事にしてあげたよ!」


「僕は人命が最優先だから。家に帰ったら、天使関連でいっぱいいっぱい」


「もー、天使のことばっかだね、零は」


「人の命がかかっていることだもの」


「……確かにそうだけどぉ。なんだかなぁー?って僕は思うよ?確かに、僕も天使のことは大変なことだから、こうして、一緒に戦っているわけだけどぉー」


「……いつもありがとうね」


「ふふんっ。どうしたまして。それにしてもさ、前から気になっていたことを今更聞いてもいい?」


「ん?何?」


「零が持っている変身ベルトに、僕が借りている魔法少女の杖。あれは何処から来たものなの?」


 零と氷空が変身するためには欠かせない変身ベルトと魔法少女の杖。

 それは両方とも零が持っていたもので、今、氷空が魔法少女の杖を持っていたのは

 たまたま、氷空が魔法少女としての強い適性を零の前で見せたことから、二人の共闘関係は始まっている。

 

「……本当に今更だね」


 共闘関係を築いてからもう一年。

 本当に今更な疑問だった。


「その二つが何処から来たのか、っていう疑問だけど……ごめん。ちょっと、言えないかな?」


 氷空の当然の、実に今更な疑問。

 それに対して、零は出所は言えないという答えを返す。


「えー、一緒に戦っている僕でも?」


「うん。言えない」


「そっかぁー。なら、仕方ないかぁ」


 自分が命を懸けて戦う中で使っている道具が何なのか。

 それを言えないとする零の言葉であるが、それでも、素直に氷空は頷く。


「でも!変身を解いた後に汗だくになっちゃう機能はどうにかならないかな?服はもう諦めて、お気にいりじゃない服にしているけど……それでも、汗臭くなっちゃうんだよ!そこだけは何とかできないっ!?」


 ただ、その代わりに新しい不満の言葉を上げる。


「わかる!?一気に汗臭くなっちゃうし……」


「それに関しても仕様だから我慢してほしいな……」


「でも、零は汗かいてなくない?」


「いや?そんな性能の差はないよ?でも、なんか僕は汗腺が死んでいるのか、汗をかかない体質なんだよね」


「えー、何それ。ずるーい」


「そんなもんじゃないよ?水分調整が出来ないってことだし……僕って、素の体は欠陥多いんだよ。アルビノだし」


「……」


 アルビノ。

 それは先天的な遺伝疾患だ。

 ちょっとツッコミずらい話題を前に、氷空は口を閉ざす。


「話戻るけど、臭いなんて思ったことないし、そんな気にしなくていいと思うよ。むしろ、良い臭いだと思う」


「はにゃっ!?」


「ん?」


「……か、嗅がないでよ。ぼ、僕の匂い」


「あっ、うん。ごめん」


 頬を真っ赤に染めて視線を逸らしながら不満げな言葉を漏らす氷空へと若干、困惑しながらも零は素直に謝罪の言葉を口にする。


「それじゃあ、かいた汗を流す意味も込めて、温泉の方に行こうか。せっかく、温泉旅館にいるんだし」


「へぁっ!?」


「ん?どうした?」


「い、いや……な、何でもないよ!う、うん。温泉ね。うん、行こうか、温泉」

 

 匂いの話からずっと頬を赤く染めている氷空は温泉の話の時も頬を赤らめながら、大慌ての様子で立ち上がった。

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