れんさくとやどりぎの種

黒種恋作

第1回 『週末戦争』


 今回のお題は「シュウマツ」です。


★ ★ ★ ★


 僕達の週末は戦争で充実している。


 僕らの世代が生まれてすらいない遥か昔の話。

 とある国の統治者がこんなことを言った。


 ――戦争が起こるのは仕方ないことだとして、一回ごとに長ったらしくやるのもしんどくないか?


 資源には限りがあって、人間という生き物はそれ以上に数が多い。

 だから人間という生き物は国という巨大な集団を作り、その資源を奪って対立する。

 避けられないことだから仕方がないとして、戦争というものは一回のコストが尋常じゃない。

 そもそも戦争以前に国の中ですら、人間は毎日明日を生きる金を稼ぐために働かなくてはならないというのに、戦争なんてやってる暇がない。

 だから――戦争をやるなら週末だけにしよう。


 二つの国が戦争することになったら、まず回数を決める。

 決まった数字の分だけ週末に戦争をして、勝った回数の多い方が勝ちにする。

 こうすれば人々の限りある時間は守られ、日々の生活に集中しながら、資源を奪いあうことができる。


 ――これは名案だ! 採用!


 そういって、世界中の国々がその提案に参戦し、いつからか戦争は週末にだけ勃発することと相成った。


 では、前提知識を話し終えたところで言わせてくれ。


「―――バカなのか、クソ野郎が」


 硝煙の匂いと鉄砲玉の飛び交う世界の中で、僕はこのクソみたいな世界に小さく毒づいた。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 誰かの叫び声が至るところから飛び交い、それが大合唱のようにこだまする。

 各々が明日の月曜日を迎えるために、その身に秘められた力を最大限に振るう。

 限られた物資のためになんていうが、結局のところ、戦争を起こすのはいつも下民には顔すら拝めない雲のうえの存在達の勝手な都合。

 戦争のコストが削減したことで逆にその勃発する数は、星の数を数えるより難しいと表されるほどに増加した。

 とばっちりを受けた僕ら未来の世代は、週末が来るたびに訳も分からずに徴兵され、知らない国の人々と殺し合いをすることを義務付けられたのだ。


 毎週、毎週――三週ごとに違う国の怨敵とやらに顔面に鉛玉をぶち込むのだ。


「しねええええええええ!!」


 ちなみに僕はどうやってそんな週末を乗り切っているのかといえば、顔に鉛玉をぶち込むのではなく、逆に後ろから飛んでくる玉を避けながら、特攻して最前線で敵の顔を剣でぶった切るということを行っている。

 どうやら銃というものを敵のどこかに命中(あ)てるという才能は僕になかったらしく、特別上官(戦争のときだけ上司になる国のお偉いさん)からため息を吐かれながら投げ渡されたのがそれだったからだ。


「ぎゃああああああ!?!?」


 普段は首都の都心から電車で二駅ほど離れた場所にあるスーパーで鶏肉を捌く仕事をしていたからか、仕事で使っている刃物(もの)とは比べ物にならない大きさの剣であってもすぐに手に馴染んだ気がする。

 まな板のうえで鶏肉を捌くのとは違った感触に気持ち悪さを覚えたのは最初だけ。

 幾度となく繰り返される戦争を生き残り続けたせいか、人間を肉を掻っ捌くという行為にも“慣れ”が生じてしまったのだ。


 思えば、鶏肉を初めて捌いたときも同じだった。

 常温よりか少しひんやりとした鶏を掴みながら、横にいる歴戦のプロに怒鳴られながらも淡々と数をこなしていく。

 最初は拙くとも、経験はやがて技術へと昇華し、つまらない日常へと変貌を遂げる。


 その先に待つ「ナニカ」に怯える時間なんてない。

 人は皆、日々を生きるために、他人とは違う個性を己が手で生み出さなければ生きていけない。

 個性もまた資源の一部であり、少ない物が逆に過分となれば、質の低いものが塵屑同然に吐き捨てられるのは当然の道理だから。


 ――で、あるならば、僕はこの世界にみっともなくしがみついている理由はなんだ?


「あがッ! ギャ、ガッ!?!?!?」


 週末はこうして人の肉を斬り続けている。

 明日の月曜日に戻るために。

 命が脅かされない安全な平日に戻るために。


「ぎギャ!? グぼげぇぇぇ!?!?」


 平日は仕事として鶏の肉を切り続けている。

 日々の生活を充実させるために。

 そして、週末にやってくる戦争への準備のために。


 ――ナンノタメニ?


 戦争に参戦する者達に満足な装備を与えられることはない。

 戦争の回数が増えたことによる影響で、武器は鉄屑となって数を減らしたからだ。

 今では、国に属さない武器商人達から個人で武器を買わなければならない。

 戦争に行かなければ、逃亡者として祖国に殺される。

 満足のいく装備を持たなければ、敵国の武装によって蹂躙される。

 それは他の国に亡命しようと変わらない。

 他の国の人達もまた、同じ境遇に立たされている。

 この世界はそれがいたちごっこのように続いていくだけ。


 だから人々は週末に向けて、平日に仕事をこなしている。


 必ずやってくる週末を充実させるために、お金を稼ぎ続ける。


 老若男女問わず、ただ顔も見たことがない雲の上の存在達が私腹を肥やすために戦い続ける。


 ――人殺しという罪過(けいけん)を背負わされていく。


 果たしてこの世界に終わりはあるのだろうか。


『――お知らせいたします。現時点を持って時刻は零時を過ぎました。新しい一週間の始まりです。直ちに武器を下にさげ、各々の故郷にお帰り下さい。今週の勝利国は明日のお昼ごろに発表されます』


 もう殺し慣れてしまった僕にはきっと惨たらしい末路が待っているのだろう。


『――それでは皆様、よい一週間を!!』


 ――それでも、僕は死から抗い続ける。


 恐怖に立ち向かうべく、未来を切り開くために、仕事漬けの平日へと戻っていく。


 自分が生まれてきてよかったのだと思えるように。


 今日まで生き抜いた意味を見出すために。


 自分自身に――終末を与えぬように。

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