コンなミョーな夢ヲ見まシタ
エキセントリクウ-カクレクマノミ舎
コンなミョーな夢ヲ見まシタ
あ、どうも、夢十夜夢見です。あ、夢見と書いて〝ドリーミー〟って読みます(いわゆるキラキラネームってやつです)。
じつをいうと、この名前が原因――としか考えられませんが――で、連日、夢を見まくっているのです。
自慢じゃありませんが、わたしは「よく眠る女子」です。
一日の睡眠時間は平均10時間くらい。日中でも、電車に揺られているとき、大学の講義中、ランチの後など、どこでも、いくらでも眠る自信があります。
睡眠時間に比例して、夢を見ている時間も増加傾向にあります。それはもう、夢の中にいる時間のほうが、現実よりも長いんじゃないかって疑うレベルです。
夢っていうと大抵支離滅裂で突拍子もないものですが、とりわけわたしの見る夢は仰天するくらい、飛びぬけてミョーなのです。
あまりにもミョーな夢なので、だんだん「多くの人に聞かせてみたい」という衝動に駆られてきました。
そしてある日、お風呂に浸かってぼんやりしているとき、このミョーな夢を一冊の本に纏めてみてはどうかと、ひらめいたのでした。
そんなわけで数あるミョーな夢から選りすぐって「ミョーな夢集」を作りました。どれも、しっちゃかめっちゃかでぶっ飛んだ夢ばかりですが、騙されたと思って、どうぞ覗いていってください。
それでは、はじめます。ゆめゆめ見逃すなー。
ミョーな夢 一
こんなミョーな夢を見ました。
夜ふけの大海を、一枚の畳に乗り、漂っています。
畳の上にはちゃぶ台が、ちゃぶ台の上にはスマホ、カレー味のカップ麺とリンゴ一個、読みかけの文庫本『タイタンの妖女』が置かれていました。
わたしはカップ麺をすすりながら、夜空を仰ぎました。月と見紛うばかりの火星が浮かんでいます(断じて月ではありません。だって真っ赤っ赤ですから)。
海面は赤白い光に照らされています。仄暗い周囲もぼんやり赤っぽいです。
視界に広がる赤の上に、青い点。離れたところに青い光を確認しました。なんでしょうか。手のひらで海面を掻いて、畳を近寄せます。
ミズクラゲでした。ほんわかと青く光り、海上1メートル付近の高さを浮遊中です。傘が妖艶にゆらめいています。緩やかに上昇したり、下降したり。こちらに飛来して、顔のすぐ前を横切ったりもしました。
ミズクラゲは右へ左へと気ままに漂ったのち、飛び去ってゆこうとします。
わたしは畳を漕いで、追跡しました。
向こうに、別の青い光が見えました。近づくにつれ、青い光の数が十、二十と、次第に増加していきます。
青く光り宙を浮遊するミズクラゲの群れ。その渦中に、わたしはいました。
クラゲたちはランダムに飛び交って、強く発光したり、点滅したりしています。
クラゲが何かを吐き出しました。ほのかに青く光る粒です。ホタルを思わせる小さな光の粒は、ゆらゆらと風に飛ばされながら、みるみるうちに成長していきます。
野球のボールくらいの大きさになって、傘が開き、最後には、大人のミズクラゲとなりました。それがまた青い光の粒を放出し、新たなクラゲを生み出します。
どんどん増殖し、気づくと、おびただしい数のクラゲに包囲されていました。クラゲの壁がドーム状となって、わたしをすっぽり覆っています。囚われの身となったようです。
やみくもにクラゲの壁を突破しようものなら、きっと刺されまくって、凄絶な顔面をさらすこと必至です。
一先ずここに留まり、解放されるのを待つしかありません。
にわかに一部のクラゲたちが慌ただしくなりました。
蜘蛛の子を散らす様子のクラゲたちを掻き分けて、巨大な影がドーム内へと侵入してきました。ジンベエザメでした。
ジンベエザメの背には無数の星模様があり、それら一つ一つが赤や、黄色や、ピンクや、エメラルドグリーンのけばけばしい光を発しています(その図体と迫力から、電飾に彩られたデコトラを連想しました)。
ジンベエザメの出現に、よほど動揺したのでしょう。強固な壁を築いていたクラゲたちは一斉に逃げ出し、飛び去ってゆきます。空高く舞い上がった無数の青い光は、やがて暗闇に没しました。
一方ジンベエザメはゆっくりとしたテンポで空中を泳ぎ、畳のほうへ向かってきます。その面立ちは穏やかで優しく、老人のようです。
ジンベエザメの星模様はいっそう輝きだしました。とうとう光はまばゆいほどになって、巨体を包み込みました。
近づく発光体。その姿はUFOでした。
七色の光を放つUFOがすーっと宙を滑り、頭上で静止しました。形は正円で、ちょうど畳をすっぽり覆うサイズです。
真下に向けて、円盤の中心から神秘的な白い光が放出されました。わたしはサッと身をかわし、畳の隅っこへと避難しました。
浮き上がるちゃぶ台。スマホ、食べかけのカップ麺、読みかけの『タイタンの妖女』を載せたまま(リンゴのみ転がり落ちました)光の柱を昇ってゆきます。
ちゃぶ台とその他を呑み込んだUFOは、瞬間移動で消え去りました。
とりあえず持ち去られた『タイタンの妖女』は買い直せばOKでしょう。と、アマゾンで注文しようとしたところで、スマホも持っていかれたことに気づきました。まあ、スマホがあったとしても、大海を漂流中なので本が届くはずありませんが……。
手持ちぶさたで、残されたリンゴを拾い上げ、真上に放り投げて遊びます。
ぽ――ん。キャッチ。ぽ――ん。キャッチ。ぽ――ん。キャッチ。
ぽ――――――ん。キャッチ。ぽ――――――ん。キャッチ。
ぽ――――――――――ん。キャッチ。
ぽ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――落ちてきません――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――リンゴ、ついに宇宙空間へ。
折悪しくちょうどそこへ飛来したのは、流れ星でした。リンゴと流れ星、双方のルートはある一点で交わります。
このまま両者が進み続けるなら、タイミング的にアウトっぽいです。
流れ星にはハンドルもブレーキも備わっていませんから、迫る危険を回避する術はありません。
リンゴミサイルによって、流れ星はまんまと撃墜されました。一帯を真っ昼間の明るさに照らすほど激しく燃え上がりながら、星は真下に墜落してきます。
全力で畳を漕いで、逃げ出します。その30メートル後方に、火球は勢いよくダイブしました。大きくうねる海面。わたしは腹ばいとなり、畳にしがみつきました。
海中に蛍光灯のような灯を認めました。灯は次第に上昇してきました。ほどなく、海面から顔を出しました。
☆です。波間に浮かぶ☆。☆は水鳥のように水面を滑り、こちらへと接近してきます。
二本の腕が突き出され、畳の縁に両手をつき、☆は海から上がります。わたしなどまるで眼中になく、無言で、☆は救助のボートに乗り込みました。
☆は頭部が☆で、その下は人間の体でした。鋲が打たれた革ジャンを身につけていて、シド・ヴィシャス風です。
「ファック」吐き捨てるように、☆は言いました。
「あ、どうも、すいません……」
「ファック」
お怒りはごもっともです。ですが故意にやったわけではありませんので、どうかお許しください。なにとぞ。
「ファック」
参りました。大海の只中で、とんだトラブルです。警察もやって来てくれそうにありませんし……。
撃ち落としたわたしに責があるのは明白ですが、かと言って☆を天へと送り返すのは、ほぼほぼ無理です。こんなとき、人知を超えた驚愕のツールで万事解決してしまうアイツがいてくれたら……。
「呼んだ?」
出現。第一印象は(キモっ)です。
「あ、あなたは……」
「ファック」
「ドラエモンだけど? ドラエモンだけど?」
いやいやいや。二回言ったところで、とても信じられません。ドラエモンとは見目がかけ離れていますから(あえて共通点を見出すなら、ずんぐりむっくりしているところでしょうか)。奇々怪々なるその容貌は、ドラエモンと言うよりむしろ妖怪『ぬっぺふほふ』に近い気がします。というか、ぬっぺふほふです。
「で? なによ、用件は?」
「ファック」
「あ、あの、☆を、宇宙に、戻していただきたいのですが……」
「それで?」
「ファック」
「あ、ツールを、何か……」
「どんな?」
「ファック」
「あ、どこへでもドア、とか……」
「100万円」
料金発生! おまけに法外な値段じゃないですか。
「すみません……もう少し、お安いやつで……」
「ファック」
「3千円のは?」
「あはい、それでお願いします」
フェイクドラエモンは匕首を取り出しました。くるりと回転させ、切っ先を自身に向けます。
ドスっ。自らのお腹に突き刺しました。ゴフっ。吐血しました。
刃を水平に動かして開腹し、片手を体内に突っ込みます。うんうんと唸り声を上げつつ内部を探っていましたが、やがて薄桃色のたぷたぷした臓器を掴み出しました。
「違った」
つぶやいてから、臓器を海に投げ捨てました。ふたたび腹部の裂け目に手を突っ込み、くちゃくちゃと体内をかき回しています。
難航しているのか、ツールはなかなか出てきません。手を動かすたびに裂け目から血があふれ出し、顔色が蒼白に変わってきました。
「ふう」ようやく見つかったようです。「はいよ。3千円のやつ。……ゴフっ!」
息を荒くしながら、フェイクドラエモンは無造作にツールを放りました。
目の前に転がったそれは、チャッカーマンでした。ダイソーへ赴けば、似たような商品が110円で買えそうです。
「あ、あの、これをどうすれば……」
「ファック」
「火ぃ点けるに決まってんだろ……ゴフっ!」
縄が。畳の上を縄が這っています。その先端が誘うようにこちらへ向いているので、チャッカーマンを近づけ、カチッと点火しました。
パチパチ爆ぜながら、火は縄を伝ってゆきます。その道筋は☆のもとへと延びています。縄の反対側は☆のお尻に繋がっているのでした。
お尻に火が達した途端――ヒュン! ☆は打ち上げられました。天に向け猛スピードで突き進み、ものの数秒で宇宙に帰還。☆は、そのまま夜空を流れ去りました。
わたしはホッと息をつきました。視線を戻すと、フェイクドラエモンは畳にうつぶせて、ピクリともしません。
そのときです。海面から、白銀の光に包まれたヒトデが飛び出したのでした。
ヒトデはプロペラのごとく回転しながら、上昇します。子供が手放した風船の速度で、夜空へと飛んでゆきました。
それに呼応するかのように、海面のあちらこちらから、発光するヒトデが飛び出ました。次から次へとどんどん増え、イナゴの大群を思わせる膨大な量のヒトデたちが、一斉に天へと昇ってゆきました。
スターフィッシュ――。きっと宇宙に帰った☆を見て、ヒトデたちも生まれ故郷へ戻ることに決めたのでしょう。
夜空は輝かしい星々で完全に埋め尽くされました。贅沢にもわたしは畳に寝そべって、絢爛豪華な星空を見上げます。
壮観。恍惚。きらびやかな宮殿に入り込んだようで、わたしはすっかり夢心地でした。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音が割り込んできて、そこで目覚めました。
この夢を見た日の夜、自室の窓から、しし座流星群を眺めていたのでした。
ミョーな夢 ニ
こんなミョーな夢を見ました。
「いつまで寝てる。起きぬなら殺すぞ」
物騒な怒鳴り声に、わたしはベッドから飛び起きました(夢の中で)。目をこすり、眼鏡を装着します。
寝床の傍らから見下ろしているのは、織田信長でした。いつでも人を殺められるぞと言わんばかりに、日本刀が手に握られています。
「もうリハの時間だ」
リハ? リハーサル?
「みんな準備できている。あとお前だけだぞ」
織田信長の背後に、見知らぬ面々が並んでいます。正直友達が少ないので、わたしの部屋にこれだけの人数が集合するというのは初です。
「あ、あの方たちは……」
信長に殺気みなぎる眼で睨みつけられ、言葉に詰まります。
「バンドメンバーだろが。寝ぼけてるのか?」
「あ、ではメンバー紹介を……」
「はあ?」
「その、最近、海馬の調子が悪くて……」
信長は日本刀をちらつかせながら迫ってきました。へなへなと尻餅をついたわたしに、信長はキスするかと思うほど顔を近寄せ、
「一番左は、ベース、不審者だ」低い調子で言いました。
落ちくぼんだギョロ目、臭そうな無精ひげ、腕には無数の注射痕。
一秒も視線を合わせられません。同じ空気を吸いたくありません。わたしの部屋に存在するだけでも、まったくもって耐えがたいです。
「へへへ……」不審者は薄ら笑いを浮かべ、首をゆらゆらさせながら、こっちに近づいてきます。
わたしは悲鳴を上げ、信長の背後に隠れました。しかし信長にすげなく突き飛ばされ、ベッドに倒れこみました。
「へへへ……へへへ……」
不審者はわたしに覆いかぶさってきました。それから舌を出し、わたしの顔をべろべろ舐めだしたのです。半泣きです。
「ゲロロロ」
解放された途端、生ゴミっぽい悪臭を深く吸い込み、えずいてしまいました……。
「次はギター、ナメクジだ」
全身からねばねばした液を垂らしながら、1・5メートルくらいのナメクジが直立しています。見れば掃除したばかりの床にナメクジの粘液が溜まりに溜まっていて、気が重いです。
ナメクジはギターを抱えました。途端、狂人よろしく暴れだしたのです。でたらめで無茶苦茶なパフォーマンスを演じ、ナメクジの粘液が部屋中に飛び散ります。
壁も、天井も、家具も、わたしも、粘液まみれとなりました……。
「次はドラム、タヌキだ」
信楽焼のタヌキです。どうしても視線がシモのほうへと降りてしまい、清純な婦女子としては困惑するばかりです。よりによって、なぜ「ソコ」をこれ見よがしに強調するのか、理解に苦しみます。
視線をやや上にずらすと、布袋にも劣らぬはちきれんばかりの太鼓腹。タヌキは太鼓腹に両手を打ち当て、ビートを刻みだしました。
ぽんぽこ、ぽんぽこ、ぽこぽこぽんぽこ、ぽこぽん、ぽこぽん、ぽこぽこぽん
ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽんぽんぽんぽんぽぽぽぽぽん
軽やかでノリノリのリズムに、心が弾みます。無意識のうちについつい体を揺らしていました。
「次はキーボード、豆腐だ」
豆腐! 小学生くらいの背丈の真っ白な直方体で、ツルツルした肌がめちゃくちゃ美味しそうです。
何を隠そう、わたしは豆腐が大好物なのです。とりわけ熱々の湯豆腐をポン酢につけていただくと、ドーパミンがこんこんと噴出します。
目の前に立つ豆腐を見つめるうち、何だかおかしな気分にとらわれました。豆腐もただならぬ空気を感じ取ったらしく、後ろに引きました。……ういやつ!
いけません。わたしはぶんぶん首を振ります。……それにしても、見れば見るほど、激しく食欲をそそられます。ちょっと一部分……一口だけ……。
ふと、息を荒くしている自分に気づきました。えへへ、と笑ってごまかしますが、豆腐は相当警戒している模様です。
さて、残るバンドメンバーは、わたしだけとなりました。ちなみにわたしは楽器なぞこれっぽっちも弾けません。
「あ、あの、わたしは何をすれば良いのでしょうか」
「お前の担当はガチョウだ」
信長はそう言って、真白のガチョウを差し出しました。くいっくいっと首を動かしています。生きています。
「あの……この楽器? は、どのように演奏すれば」
信長はガチョウのお尻に自らの唇をあてがいました。それから頬を膨らませ、アヌスにしこたま息を吹き込んだのです。
こいつはたまらんと、ガチョウは羽を大きく広げ、クワーと高い声を放ちました。
わたしは顔をしかめました。
「あ、やっぱり、他の楽器にしていただけませんか」
信長は無表情でガチョウを斬り捨て、
「これならどうだ」
まるまると肥えたブタです。うるんだ瞳を向けてきます。やはり生きています。
「この楽器? は、どうやって……」
信長は重量感を帯びた鉄槌を取り出しました。頭上に高々と振り上げられた鉄槌は弧を描き、ブタの脳天をドシンと殴打しました。
素っ頓狂な断末魔の悲鳴。音楽に使用するには、あまりに耳障りな響きです。
「あ、あの、もう少し、やさしい音色の楽器がいいのですが……」
「オカリナでいいか?」
最初にそれを出してくださいよ!
「さあ、ライブ会場へ向かうぞ。いざ、出陣」信長が発破をかけます。
あれ、リハは? ぶっつけ本番? わたしの不安をよそに、信長は勢いよくドアを開いて、先陣を切ります。
ドアの向こうは、蝋燭が灯る小暗い地下道でした。天井の低い物寂しい隘路を、信長、不審者、ナメクジ、タヌキ、豆腐、わたしの順で、一列になって進みます。
すぐ前を行く豆腐は、わたしが気になるらしく、ときどきちらちらと背後を窺ってきます。わたしはつばを飲み込み、湧き上がる食欲を抑えつつ、後をついてゆきます。
(でも一口くらいなら……)急に豆腐が振り返りました。察しがいい。
道はさらに地下へと下っていく階段となりました。まっすぐ延々と続く階段をひたすら降り、地下深く潜ってゆきます。
ともし火が等間隔で並び、階段を淡く照らしています。その薄明りが、壁に描かれた原始的な絵を浮かびあがらせました。
絵はウマだったりウシだったり、鳥だったり魚だったり、月だったり彗星だったり、UFOだったり宇宙人だったりします。
てんで意味のわからない象形文字や楔形文字も記されています。
階段にはしばしば人骨が落ちていて、何度も爪先で蹴飛ばしてしまいました。
長い階段がようやく尽きると、壁にぶつかり、行き止まりでした。
いえ、壁に通風孔のような穴があり、そこを抜けていくようです。信長を先頭に、一同は穴に体を滑り込ませ、赤ん坊のごとく這い這いで進みます。
窮屈なトンネルを抜けました。到着した場所は、霧が立ち込める密林。背の高いグロテスクな樹々に囲まれています。シダ植物が広範囲に繁茂しています。
「ここがライブ会場だ」
そう言われても、ステージもなければ客席もありません。音響設備も無いようです。まず人っ子一人見当たりませんし……。
身体を震わせる重々しい地響き。何か近づいてきます。巨大な。身の危険を覚えるような。今すぐ逃げたほうがよさそうな。
ぽんぽこ、ぽんぽこ、ぽこぽこぽんぽこ、ぽこぽん、ぽこぽん、ぽこぽこぽん
ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽんぽんぽんぽんぽぽぽぽぽん
タヌキが腹鼓を打ち鳴らすと、霧の向こうから禍々しいモンスターが現れました。
ティラノサウルスです。ライオン10頭分に匹敵する迫力を感じます。
信長が刀を抜き、切っ先を恐竜へと向けました。
「ゆけ!」
いや無理ですって。ぜったい無理ですって。
怯えて立ちつくすわたしたちに、ティラノサウルスは猛進してきました。
腹鼓を鳴らし続けるタヌキは、ティラノサウルスが踏み下ろした足の下敷きとなり、粉々に砕け散りました(陶器なので)。
豆腐もあっさりと踏み潰され、ぺちゃんこになりました。ああ……。
ナメクジは暴れまわり、粘液をまき散らして抵抗を試みましたが、ティラノサウルスにぺろりと呑み込まれてしまいました。
不審者はわたしの背後に回り込み、さもしいことに、わたしを人間の盾とするのです。
ティラノサウルスが目前に迫りました。そのタイミングで不審者はわたしの背中を突き飛ばし、森の奥へと逃げ去りました。
地面に転がったわたしへ、ティラノサウルスの牙が落ちてきます。
こだまする悲鳴――わたしとティラノサウルス、両方の。
おそるおそる顔を上げると、信長の刀が恐竜の眼を貫いていたのでした。信長は素早く傍らの樹に登り、刀を振り上げ、飛び降りました。全体重を乗せ、一太刀。
ごろり。大岩みたいなティラノサウルスの首が転がります。続けて首を失ったボディーも、伐採された樹のごとく崩れ落ちました。
信長はわたしを助け起こし、
「次のライブ会場へ行くぞ」と声をかけます。
あの……メンバーはもうわたしと信長さんしかいませんけど……。
ふたたび窮屈なトンネルへ。這い這いで進み、突然視界が開けたところで目に飛び込んできたのは、都会の夜景を固めたようなシャンデリアでした。荘厳な天井画、床や壁や柱の高貴な装飾……貧乏学生には場違いな、西洋のお城に入り込んだようです。
信長の後ろについて、大広間を突っ切ります。その先に、蔓植物をあしらった扉が見えました。エレベーターでした。
二人でエレベーターに乗り込みます。とは言え、ただの古い木製の箱で、ボタンが一つも備わっていませんし、階数の表示もありません。
本当に動くのか訝しみましたが、勝手にドアが閉じ、エレベーターが動き出しました。階数が確認できないためハッキリと言えませんが、上昇しているようです。
どこまでも昇り続け、いい加減飽きてきたところで、扉が開きました。
宇宙でした。
「乗り過ごした」
信長が舌打ちしました。ふたたびドアが閉じ、下降を始めます。
着きました。エレベーターを降りると、またしても霧に囲まれました。霧の間から立ち枯れた木が覗く、うら寂しいところです。
「次のライブ会場だ」
ひびの入った平板状の石が、地面に突き立っているのを見つけました。一定の間隔で、いくつも並んでいます。それに十字架も。
……って、墓地じゃないですか!
墓石の裏から、木陰から、腐敗したシカバネたちが登場し、わらわら集合してきました。有り体に言って、ゾンビのみなさんです。
ぽんぽこ、ぽんぽこ、ぽこぽこぽんぽこ、ぽこぽん、ぽこぽん、ぽこぽこぽん
ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽこぽこ、ぽんぽんぽんぽんぽぽぽぽぽん
いつの間にか蘇ったタヌキが、腹鼓を打ち鳴らしました。
ゾンビの軍勢が押し寄せてきました。信長は恐怖心などおくびにも出さず、刀を抜き、勇猛果敢に一人突撃します。
信長の目にも止まらぬ刀さばきによって、ゾンビの首は右へ左へ、面白いように飛び散ります。
カッコイイ。つい見とれてしまいました。わたしにできることといえば、声援を送るくらいのものです。
フレー、フレー、ノ、ブ、ナ、ガ。
ゾンビチームは後から後からメンバーが補充されます。どれだけ斬っても、きりがないです。
疲労困憊で動きの鈍った信長に、隙が生じました。機に乗じ、ゾンビは信長の肩や、腕や、お尻に食らいついたのです。
……振り返ったときには既に、信長は立派なゾンビ顔でした。
信長ゾンビとその他ゾンビ一同の視線が、わたしへと集中しました。
おもむろに後ずさりします。と、ゾンビ団は雪崩のように、わたし目がけて押し寄せて来ました。
逃げようとすると、地面からにょきにょき子供の手が生えてきて、わたしの足首を掴もうとしました。構わず踏んづけて、走ります。
前に何かアイテムが落ちています。野球のバットでした。
『それを使え』天からアドバイスを受信しました。『かっ飛ばせ』
バットを拾い上げ、両手でしっかりと握りしめます。
振り向くと、眼を血走らせた信長ゾンビが目の前に――。
『かっ飛ばせ』
狙うは頭。軸足に体重を乗せ、腰を捻って、全身全霊でフルスイング!
カキーン。飛びゆく白球。うおーと唸り声を上げるスタンド。ヒートアップする球場。
ぽかんと棒立ちするわたしに、走れ! と、ベンチからちょび髭のオジサンが血相変えて叫んでいます。
「え?」
わけがわからず立ちつくすのみのわたしに向かって、プロレスラー並みに図体のでかい男が、猛烈に突っ込んできました。
「え? え?」
そのとき気づいたのです。知らぬ間に、手の中のバットがラグビーボールへ置き換わっていたことに。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音が乱入してきて、そこで目覚めました。
結局、一度もライブで演奏していませんね……。
ミョーな夢 三
こんなミョーな夢を見ました。
自転車で大空を飛んでいます。空中サイクリングです。
乗っているのは翼もプロペラもない、極めてありきたりなレモンイエローのママチャリです。ペダルを漕いで、すいすい空を進みます。
上体を後ろに倒し、ハンドルを手前に引くと、前輪が持ち上がって空を登ることができます。こうして自転車は次第に高度を上げていき、雲の上に出ました。
眼下に、石鹸の泡みたいなもこもこした雲海が、果てしなく広がっています。清々しい眺めにテンションが上がり、恥も外聞もなく国産ポップスなど熱唱。
白い雲が赤く染め上げられています。高度を下げて近づいてみると、ポピーでした。妖しくゆらめく赤いポピーの花が、雲を覆い隠すほど、豊富に咲いているのです。
雲上の花畑。その横を走り抜けたくなり、雲の上に降りました。
自転車のタイヤが雲を切り、その切れ端がタンポポの綿毛みたいに飛び散ります。水しぶきならぬ雲しぶきです。
雲の上を自転車で走るのは、めちゃくちゃ爽快です。浮かれまくって、鼻歌が止まりません。鼻歌のメドレーです。
雲は、まっ平ではありません。小山状に盛り上がっていたり、大きく凹んでいたりします。自転車がぽんぽん弾んで、オフロードレースみたいで楽しいです。
でこぼこを乗り越えた先、雲はゆるやかな登り坂となりました。雲の丘です。
丘の斜面を自転車で登っていくと、黄色やら紫色やら薄桃色やら、様々なかわいらしい花が開いていて、ウキウキです。
丘の上までたどり着きました。この先の下り坂はなかなかの急勾配です。おまけにコブだらけで、さながらモーグルです。
うーん、すこぶる危険な臭い。おとなしく引き返すのが賢明でしょう。
Uターンしようとハンドルを回しました。するとなぜか勝手に自転車が走り出し、わたしの意思とは裏腹にモーグルコースへと……。
過激なまでの凹凸。ママチャリは暴れ馬のごとく跳ね回り、完全にロデオです。
ボールのように弾け飛び、わたしの体は宙を舞いました。くるくる廻って落下し、頭から雲に突っ込みます。
真っ白。周囲も天地も全方向、白一色です。すっぽり雲中に埋まってしまったようです。
体が沈まずに立っていられるのは、足下が厚い雲に覆われているからでしょうか。頭上もまた厚い雲に覆われており、上へ昇るのは不可能のようです。
真っ白でほとんど先が見通せませんが、とにかく前へ歩くしかないようです。進行方向に何が待ち構えているか判りませんから、用心せねばなりません。
電球のような小さな明かりが近づいてきます。
霧を照らしながら現れ出たのは、チョウチンアンコウでした。モンスターめいたちょっと怖い面相で寄ってきました。脇へ一歩避けると、そのまま目の前を通り過ぎてゆきました。
続いて、シーラカンスとオウムガイとタツノオトシゴが、横並びでやって来ました。珍妙な三兄弟です。
パールピンクのダイオウイカも現れました。長い腕を伸ばし、わたしを捕えようとするので、素早く横に飛んでかわしました。
……不穏な波動。全身レーダーと化したわたしが、ただならぬ空気の振動をキャッチしました。
そいつは白い幕の向こうから、ぬっと出現しました。腰を抜かすほど馬鹿でかいホオジロザメでした。ギザギザの牙と大きな口は、鮮血に塗れています。
逃げます。何を差し置いても逃げます。
またぞろ現れました。あちらにもサメ。こちらにもサメ。右も左も極悪そうなサメだらけです。
荒くれ者が跋扈する無法地帯に踏み込んでしまったのでしょうか。
濃霧に視界を遮られる中、ただただ逃げまどうばかりです。
あれは。……いおり? 目に飛び込んできたのは、粗末な庵でした。
巨大ホオジロザメから身を守るにはいささか心もとないですが、背に腹は代えられません。えいや、と庵に飛び込みます。
物置と大差ない、狭小な部屋。そこに、白い道士服を纏ったおじいさんがいました。古びた椅子に腰かけ、杖を携えています。
禿頭、白眉、白髭。何よりも異様なのは、目があるべき位置から二本の小さな手が生え、その手のひらに目玉がついているという点です。
これ以上ないインパクト絶大のお顔です。
超常的なたたずまいと、天上に居を構えている点を考慮すれば、おじいさんを「神様」とお呼びするのが妥当と思われます。
「あ、お邪魔してすみません」
「べなにぱりれきこみすくた」
「あ、サメに追われているんです」
「はりらかびずねんぷも。すちもにごっくあだん」
「あ……」
さすが神様。一般人には理解の及ばない、超越的な言語です。
何をおっしゃっているのかサッパリ解りませんから、コミュニケーションはボディランゲージを駆使するしかなさそうです。
水をすくうときの形にした両手を重ね合わせて、サメの口を模します。それをパカパカ開閉し、自分の顔へ近づけ、悲鳴を上げる真似をしました。
「ぎゅそうざぴとへめへめみ」
いきなり神様は椅子から立ち上がり、杖でわたしの頭頂部を叩きました。
「さびにゃゆど! じょぱれぽふ!」
伝わらなかった上に神様を怒らせてしまった模様です。怒るポイントがまるで解りませんし、杖が結構痛かったので、落ち込みます。
「あ、ごめんなさい……」
ですが今外へ放り出されたら、サメたちがよだれをダラダラ垂らして寄り集まってくるのは、火を見るよりも明らかです。神様におすがりする他ありません。
ぎゅっと目を閉じ、平身低頭。なにとぞ、お助けください……。
いつまでも反応がありません。おずおずと顔を上げてみました。
「?」
空を飛んでいます。庵は消えてなくなり、ちぎれた雲の上にいます。
神様とキント雲に乗っているのでした。
乗用車ほどの大きさのキント雲は、ふかふかのクッションみたいで、天上の乗り心地です。これは危険です。横になったら百パーセント寝ます。航空機よりも快適な空の旅です。
神様はキント雲の舳先に立ち、杖を振るいます。杖を振る方向へ雲は進みます(上に向ければ上昇、という風に)。
海上を飛び、山岳地帯を越え、平地が広がってきたところで、キント雲はどんどん高度を下げてゆきます。
町です。道路や建物が見えます。人の姿までは確認できませんが、町は栄えており、活気が感じられます。きっと多くの人が楽しく暮らしているのでしょう。
このまま地上へ降りるのかと思いましたが、あにはからんや、町の上空でキント雲は急停止しました。空中に浮かび、とどまっています。
神様は杖を振り上げました。その先端は真上を差しています。それから天に円を描くようにくるくる廻すのです。
杖の先端が赤く輝きはじめました。次に杖を勢いよく振り下ろしました。
下に向かって火球が飛んでゆきます。火球は地上の建物に命中し、爆発音が響き渡って、黒煙が上がりました。
……って、神様何やってるんですか!
神は神でも「荒ぶる神」だったようです。オーマイガー。
神様はまたぞろ杖を天に向けてくるくるさせるので、阻止します。掲げられた杖に飛びついて、奪い取ろうとしました。
「たによんぷえ! ぽんげ! まままままま!」
神様は興奮気味にまくし立て、大事な杖を手放すものかと抵抗します。こちらだってこんな暴挙を目の前で見せられて、みすみす黙っていられません。
幼い子供同士で一つのおもちゃを取り合いしているような図ですが、人命がかかっているので真剣です。
やにわに神様の顔から生えている二本の腕が伸びはじめました。うねうねとしながら、わたしの顔に接近してきます。掌の中央に開いた眼と、わたしの眼が、今にも触れそうなほど近づきました。
と、掌の眼がどんどん分裂していくのです。数多の小さな眼にじろじろ睨まれ、急激に全身の力が抜けていくのを感じました。
立っているのがやっとの酩酊状態となり、よろけて足を踏み外し、雲から落下しました。しかし空中で何やらゴツゴツしたところに乗っかって、無事でした。
何かと思えばゴジラでした。わたしが落下したところにちょうどゴジラが歩いてきて、タイミングよくその頭頂部へ降り立ったという具合です。
ゴジラはわたしを頭の上に乗せたまま、町を闊歩してゆきます。その大岩めいた重量級の足で、家屋をぐちゃぐちゃに踏み潰しながら。
……って、ダメ――ッ!
ゴジラは破壊を止めるどころか、町に向かって火炎放射を浴びせます。建物も人も一切合切まとめて焼き尽くしてやる、くらいの勢いです。
わたしはゴジラの脳天をぽかぽか叩いて諌めますが、焼け石に水。炎は周囲のものを呑み込み続け、被害は拡大の一途をたどっています。
町の住人を救いたいのに、なすすべありません(というか、これは地上から見れば、わたしがゴジラを操作して町を破壊しているように映るのでは……)。
そこへ神様がさらなる苛烈な爆撃を加えます。やりたい放題の両者に、もはやお手上げです。
黒一色に塗りたくられた大地……一帯は焦土と成り果てました。
そんな絶望的な土地から、ぴょこんと飛び出たものがあります。ピンク色の、植物の芽みたいです。
その付近から、今度は黄色い芽が立ち上がりました。続けて水色やオレンジ色のも……。
死滅したはずの暗黒の土地は息を吹き返し、カラフルな色彩で覆われました。
それぞれの新芽がまっすぐ上に向けて急激に伸び、大樹ほどの背丈に達したところで、てっぺんから傘が開きました。
派手で、メルヘンチックで、毒々しい、巨大キノコです。焼失した町はカラフルな巨大キノコの森へと、変貌を遂げたのでした。
おもちゃみたいなかわいいキノコたちが、エメラルド色の光を発しながら、森の中を浮遊しています。
……もとい。浮遊しているのはキノコではなく、クラゲでした。長い脚をゆらめかせて、巨大キノコのあいだを、クラゲたちが飛び回っていたのです。
いつしか地面に立っていたわたしは、この不思議な森の中を散策します。
巨大キノコ群を見上げながら、わたしは想像しました。これらはきっと、町の住人たちが生まれ変わった姿に違いない、と。
足を止め、両手を組み合わせて、わたしは祈りました。
キノコたちが静かに、平和に、暮らせますように……。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音に現実へと引き戻され、そこで目覚めました。
もしも雲の上で寝られたら、一生起きないと思います。
ミョーな夢 四
こんなミョーな夢を見ました。
駅前で、やけに目を引く女の子が歩いていました。
白のワンピース、ショートカット、年は15くらい。……と、ここまではノーマルなのですが――奇異なことに、その子の周りを色とりどりの魚たちが囲んでいるのです。
女の子を軸として、魚たちは反時計回りにぐるぐると廻っています(水族館で見たイワシトルネードを彷彿させます)。さらに女の子は徒歩で移動していますが、魚は離れず一緒についてゆくのです。
魚を連れている……というか、あたかも身につけているようでした。
そんなわけで彼女を『魚を纏った少女』と呼ぶことにしましょう。
さて、魚を纏った少女は駅へと歩いてゆきます。
あまりにも気になるので、わたしは彼女を尾行することにしました。
女の子に続いて駅舎に踏み込むと、そこはジャングルでした。植物が密集するばかりで、人影もなく、道もなく、駅だというのに肝心の線路も見当たりません。
そんなことは意に介さず、女の子は密林に分け入ってゆきます。
ドキドキしながら、わたしも続きます。
地面に、アカやムラサキやピンクのけばけばしいキノコの群生。
キノコにはそれぞれぎょろっとした目玉がついています(唐傘お化けっぽいです)。歩きながら横目で窺っていると、キノコたちから一斉に睨まれたので、足早に通り過ぎます。
いくら密林を突き進んでも、電車はなかなか現れません。そもそもこんなごちゃごちゃしたところに、電車が入ってくるものでしょうか?
それでも魚を纏った少女は、迷わずジャングルの奥へと踏み込んでいきます。彼女を見失わないよう気をつけながら、背中を追いかけます。
前方に龍を思わせる、地を這う長い影が見えました。その正体は……体長20メートルはあろうかという、毒々しさ満点の巨大ムカデでした。
黒光りする胴体に、真っ赤な脚がうじゃうじゃと……なんておぞましい。
二の足を踏むわたしを置いて、女の子は一直線に巨大ムカデへと向かいます。そして真っ赤な脚をくぐり抜け、黒光りする胴体に手をかけました。と思うと、ムカデに平然とよじ登り始めたのです。
そのとき、わたしは気づきました。ムカデの胴の天辺に、座席が一列に並んでいることに。どうやら一つの体節につき一つの座席が据えられているようです。
そう、これは電車なのでした。
女の子は頭から三番目の体節の席に腰を下ろしました。わたしは慌てて女の子の後方へ走り、六番目の席に着きました。
たくさんの脚がぞわぞわと動き出し、ムカデが――いえ、ムカデンシャが出発しました。見た目こそグロテスクですが、乗り心地は悪くありません。ムカデンシャは器用な足さばきで、密林の隙間をスムーズに走り抜けていきます。
密林を抜けると、末端が見えないほど長く伸びる鉄橋を、走り始めました。超高層ビルの最上階を思わせる高さで、はるか下に波立つ海が広がっています。
いかにも頼りない構造に感じる鉄橋は、強風に吹かれて揺さぶられ、今にも崩壊しそうです。
嫌な音が聞こえ振り返ると、通り過ぎた鉄橋が崩落していくのを目撃しました。
次いで前方も崩れ落ち、ムカデンシャは急停止しました。立ち往生です。わたしと女の子は海上の、超高層ビルの高さで取り残される羽目に……。
そんな危機的状況に、ミサイルです。ミサイルが飛来しました。
攻撃を食らった橋脚は焼け落ち、下支えを失ったムカデンシャは海へと墜落してゆきます。
わたしもこれにてお陀仏――と思いきや、案外生きていました。ムカデンシャは何事もなかったかのように、大海原を航進しています。たくさんの脚で水を掻きながら洋上を進む姿は、ガレー船そっくりです。
急にムカデンシャが加速しました。たくさんの脚がシャカシャカと高速で上下しています。
よく見ると、海面が前方に傾いていました。急斜面を下っているのでした。
海の急坂は延々と続き、終わる気配がまったくありません。底なしのウォータースライダーです。
速度に耐えられなくなったムカデンシャの脚が二本……三本……十本と折れ、制御不能に陥りました。
今にも体節がバラバラに外れそうです。外れました。
わたしの乗った体節は、前後が判別できなくなるほどもみくちゃにされながら、激流を滑り落ちていきます。
死に物狂いで体節にしがみつきました。ところが手が滑り、あっと思ったときにはもう、激流に没していました。
ゆらゆらと海中に沈んでゆきます。海水が口の中を満たしていますが、支障はありません。
紺碧の海底に降り立ちました。見回すと、向こうに人影が。
魚を纏った少女でした。変わらぬ姿で、海底を、向こうへ歩いてゆきます。
追跡、続行です。
海底は緑の下草で覆われていました。黄色や白色のちっちゃい花がぽつぽつ見られます。山あいの広びろとした平原のようです。
ですがやはり海ですから、魚も大勢行き交っています。頭上をマンタが颯爽と通過したり。目の前をウミガメがのんびり横切ったり。
高原と海中が合体した世界……そんな風です。
小石を敷き詰めた小路に出ました。魚を纏った少女はこの道を歩いてゆくので、わたしも追随します。
道は大きくカーブし、欄干のない石橋へと続いていました。石橋の下には小川が流れ、両岸にピンク色の珊瑚が遠くまで連なっています。
小高い丘のふもとへと至りました。ここから道は大理石の階段となり、丘の斜面を登ってゆきます。
階段の右側の斜面は、ピンクのシバザクラが埋め尽くしています。その上をイルカたちがはしゃぐように泳ぎ回っています。
階段の左側は紅やムラサキの珊瑚に覆われています。その上を飛び交っているのはミツバチ、アゲハチョウ、オオスカシバです。
途中から階段が動き出しました。何とも贅沢な大理石のエスカレーターに乗って、女の子と共に丘の頂へと登ります。
頂上は膝まで伸びる草に覆われた草原でした。
ルリスズメダイとモンキチョウの群れが、乱れ飛んでいます。そこに混じって、ふわふわ海中を漂っているのは、桜の花びらでした。
離れたところに、とんでもなく大きな、しだれ桜が立っています(その姿は神が宿っていると感じさせるほどの、厳かな雰囲気を帯びています)。
前を行く女の子は、桜の樹に向かっていました。
しだれ桜に近づくにしたがって、花びらは一層盛んに舞って、こちらに吹きつけてきます。文字通りの花吹雪です。
花びらが顔にぺたぺた貼りついてきます。視界が薄桃色に染まって、前方をほとんど見通せません。花吹雪を両手で掻き分けて進んでゆきます。
と、いきなり目の前に、魚を纏った少女が現れました。歩みを止め、こちらを向いています。不意を突かれてわたしも立ち止まり、差し向かいとなりました。
無表情で立つ、魚を纏った少女。唇を結んだまま、こちらを窺っています。
何かしら言わねばならぬ状況ですが、適切な言葉が一向に浮かんできません。黙して両者見つめ合うばかりです。
こちらが勝手に後をつけてきたわけですから、気まずさマックスです。一瞬、逃げ出したい衝動に駆られました。ですが、それはよろしくない気がして、思いとどまりました。
「あ、あの、すみません」わたしは思いきって切り出しました。「あ、あなたは?」
「わたしは?」
女の子は幼い声で返しました。
「あなたは誰ですか?」
「わたしは誰ですか?」
「あ、わたしは夢十夜夢見(ドリーミー)です。あなたは?」
「あ、あなたは夢十夜夢見(ドリーミー)です。わたしは?」
「わかりません……」
困りました。会話が一向にはかどりません。
この期に及んで、後悔の念が生じました。どうしてしつこく女の子をストーキングしてきたのかと。友達にでもなりたかったのでしょうか?
当惑するわたしを見兼ねてか、女の子から口を開いてくれました。
「サカナは叫ぶ」
「あ、はい?」
「サカナはよく笑う」
「はい……」
「サカナはカレーライスが好き」
「あ、そうなのですか?」初耳です。
魚を纏った少女はまぶたを下ろしました。それから、えも言われぬ響きと旋律で、歌い始めました。なんとも妖しい歌です。聴いていて、胸がざわざわするような、脳みそをかき回されるような……。
女の子の周りを廻っている魚たちの速度が上がっていきます。さらに魚の数も急激に増してきました。言葉を失うほどの、ものすごい数です。
魚群の竜巻に女の子は全身を呑み込まれ、完全に見えなくなりました。もう歌声も聞こえません。
間もなく魚の大群は泳ぎ去りましたが、桜の花びらが舞うばかりで、女の子の姿はありませんでした。
そこへ、大型のホオジロザメが現れました。何かくわえています。
目を細めて凝視すると、血塗れの生首でした。眼球がびよーんと飛び出して、振り子みたいに揺れています。
逃げようと振り返ると、数え切れないほどのホオジロザメが壁をつくり、退路を塞いでいました。サメの歯の間からは、人の腕やら脚やら髪の毛やらがはみ出しています。
そうこうしているうちに、ホオジロザメの群れが、わたしの周りを廻り始めました。獲物の囲い込みです。
奴らは廻りながら包囲網を狭めていきます。このままサメの渦に呑み込まれてしまえば、万事休すです。わたしは骨を残すのみで、果てるでしょう。
この危機から脱するには―― 上!
見上げると、金色に輝くUFOが、天を覆うように浮かんでいました。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音が飛び込んできて、そこで目覚めました。
それにしても、カレーライスを食べる魚って……?
ミョーな夢 五
こんなミョーな夢を見ました。
夜、賑わう街中に立って、スマホを見ていました。すると何者かが足元から飛びついてきて、わたしの手からスマホを奪い取りました。
少年のようです。なまはげのお面をかぶっています。
なまはげ少年はスマホをつかみ、一目散に逃走しました。
スマホはわたしにとって我が子のように大切な存在ですから、万難を排してでも取り戻さねばなりません。
すぐさま追いかけますが、あたりは大変な人混みで、前に進むだけでも一苦労です。
追跡を阻む彼らは、頭部が人間のそれではありません。
エビ頭の女性とイルカ頭の男性が、腕を組んでいます。タコ頭の酔っ払いが喚き散らしています。ウニ頭と、クラゲ頭と、タツノオトシゴ頭の三人がストリートダンスを踊っています。
アザラシ頭と衝突し、エイ頭の背中を押しのけ、怒鳴られたり、睨みつけられたりしながら、なまはげ少年を追います。
なまはげ少年は小柄で猫のようにすばしっこく、人波を巧みにすり抜けて逃げるので、その差がどんどん開いていきます。
思うように脚が前へ出ず、歯ぎしりしました。
脚がもつれそうです。今にもつんのめって、転びそうです。
必死の形相となっているのか、気圧されるように、みんな道を空けてくれます。
「何をそんなに急いでまんのや」
突然、明石家サンマが立ちはだかりました。頭部がサンマです。
「人生急いだって、ええことおまへんで。どや、これからゆっくりオレと星空でも眺めにいかんか」
「あ、スマホを取り戻さないといけなくて……」
「スマホなんか、千個でも買うたるわ」
「大切なスマホで……」
「大切ゆうて、どんだけ大切なんや」
「我が子のように……」
「あほか。スマホなんか、ただの機械や。そんなんに愛情注いでも、どうにもならへんわ」
「あ、たくさん思い出が詰まってまして……」
「思い出は過去のことや。過去は過去や。もう済んだことや。何より大事なんは今や。今を生きなあかんやろ」
視線を向こうへ移すと、すでになまはげ少年の姿は搔き消えていました。
わたしは明石家サンマを両手で押しのけ、駆け出します。
「彼女~。ちょっと待って、プレイバック、プレイバック」
見失ったなまはげ少年を探し求め、縦横無尽に街中を疾走します。
そのうち限界に達し、なまはげ少年を見つけられないまま、道端に座り込みました。
こうなってしまっては、もう交番へ行くしか手はありません。
ラッキーなことに、交番はすぐに見つかりました。中へ入ると、真面目そうな男性の警官がお一人だけいらっしゃいました。
警官はわたしの顔を見るや、驚愕の色を示し、にわかに立ち上がりました。それからピストルを構え、銃口をわたしに向けたのです。
「え?」わたしは戸惑いながら「あ、スマホを、少年に……」
「武器を捨てろ!」
恫喝されました。本当に撃ちそうな剣幕です。
「武器? 武器なんて――」
視線を下げると……なんということでしょう。いつしかわたしの手にチェーンソーが握られていたのです。
わたしはびっくりして、素っ頓狂な声を上げ、チェーンソーを振り上げました。
間髪を容れず、警官が叫びながら発砲。銃弾は天井の照明を撃ち砕きました。
チェーンソーを投げ捨て、交番を飛び出します。
パトカーのサイレンに追いかけられながら、息も荒く夜の街を逃げ回ります。
ビルとビルの隙間に身を隠し、何とか追っ手をやり過ごすことに成功しました。
やれやれとビルの陰から出たところで、なまはげと目が合いました。
盗人発見! 先方も気づいたらしく、くるっと背を向け、駆け出します。
なまはげ少年逃してなるものかと、ふたたび追走します。
少年が角を曲がり、少し遅れてわたしも折れました。そこで目にしたのは、ビルに入っていく少年の影でした。
ペット用ドア。少年はここから入り込んだようです。大人の身体が通るのか怪しいですが、チャレンジします。やってみたら、意外とくぐり抜けられました。
そこは通路でした。左右は何もないコンクリートの壁。道は左方向へカーブしています。
なまはげ少年の後を追って、通路を小走りで進みます。
ですが、コンクリートの壁に挟まれた通路が続くだけで、他に何もありません。おまけに通路はずっと変わらず左方向へカーブしているので、本当に前へ進んでいるのか、疑わしく思えてきました。
いくら進んでも風景は一向に変化せず……さすがにこれはおかしいです。
もしかすると同じところをぐるぐる回っているのではないか――という疑念が生じました。
猫柄のハンカチを取り出し、背後に落とします。そこを起点に、前進します。
しばらく行くと、前方に目印の猫柄ハンカチが現れました。これで、通路が円環状の一本道であることが証明されました。
とっ、とっ、とっ、とっ……。後方から足音がやって来ます。怖気を震い、野生動物のごとく本能的に逃げ出しました。
謎の足音のテンポが速まりました。追いかけてきます。壁に挟まれた円環状の一本道……逃げ場はありません。追いつかれないよう走り続けなければ。
いつしか後方から聞こえてきた足音が、前方に移動しました。逆に遠ざかろうとしています。翻って、わたしが誰かを追いかけている形です。
前方に、逃げていく後ろ姿を捉えました。――見覚えがあります。まさか?
信じがたいですが、わたしには判ってしまいました。
逃げる人物はふいに足を止め、振り返りました。
眼鏡をかけた地味な陰キャ女子――案の定、わたしでした。
わたしも立ち止まり、二人の夢十夜夢見が向き合います。紛れもなくドッペルゲンガーです。
「あ、夢十夜夢見(ドリーミー)です」
「あ、夢十夜夢見(ドリーミー)です」
「真似しないでください」
「真似しないでください」
「オウム返しじゃないですか」
「オウム返しじゃないですか」
「わたしが本物です」
「わたしが本物です」
「……」
「……」
埒が明きません。
と、対峙する夢十夜夢見がわたしの背後を指差しました。
振り返ると、なまはげが立っていました。ただし背の低い少年ではありません。大人の、秋田県男鹿半島に生息する本格的なやつです。
なまはげはチェーンソーを提げています。
暴力的な爆音を轟かせる、凶器と化したチェーンソー。なまはげは高々とチェーンソーを振り上げ、わたしに迫ってきました。
「なぐごいねが」
「あっ」
スマホを奪い取られました。
なまはげのお面をかぶった少年と顔が合いました。なまはげ少年はスマホをつかみ、ダッシュで逃げます。
「こらー」
追いかけますが、魚頭の群衆に阻まれて、思うように進みません。マンボウ頭のおじさんと肩がぶつかり、転倒しかけてイカ頭の青年に抱きつき、ぎょろっと睨まれました。
「何をそんなに急いでまんのや」
サンマ頭の明石家サンマが立ちはだかりました。
「人生急いだって、ええことおまへんで。どや、これからゆっくりオレと星空でも眺めにいかんか」
「すいません。どいてください」
わたしはチェーンソーを振り上げました。
「え?」
いつの間にチェーンソーを手にしたのか? どうしてチェーンソーを振り上げるのか? のべつ幕無しに「?」が浮かびます。が、そんなわたしの思考とは無関係に、勝手に身体が動きます。
気づいたときには、チェーンソーを刀のように、水平に振り回していました。
血だらけのサンマの頭が、地面に転がっています。
首を失った明石家サンマは全身血潮に染まりつつ、両手を前に伸ばし、右往左往しています。己の首を探しているようです(ちょっとユーモラスです)。
「武器を捨てなさい」
人だかりのあいだから、ピストルを構える警官が現れ出ました。銃口はぴったりとわたしの額に照準を合わせています。
わたしはチェーンソーを警官にぶん投げました。それから素早く人混みへ飛び込み、逃走を図ります。
人々はわたしに恐れをなし、逃げまどいます。このとき、背後からまさかの銃弾が飛んできました。銃弾は運悪くわたしの隣にいたカニ頭の人へ命中しました。
無我夢中で逃げ回ります。警察は道路を塞ぎ、包囲網を張っているようです。わたしはビルとビルの狭間に身を隠しました。
ビルの外壁にドアを発見。ロックされておらず、あっさり開いたので、ビル内へ侵入します。
そこは通路でした。左右は何もないコンクリートの壁。ビルの面積を無視するかのように、通路は遥か遠くまでまっすぐに続いています。
振り返るとドアは消えており、やはり通路がまっすぐに延々と続いているのでした。
向こうから誰か近づいてきます。よく知った服装、髪型、眼鏡……。
果たしてわたしでした。わたしとわたしは対峙して、見つめ合います。
「あ」
後方から声が聞こえました。見やると、わたしでした。
都合三人のわたしが直列に並んでいる格好となりました。
「あ、夢十夜夢見(ドリーミー)はわたしですから」
「あ、夢十夜夢見(ドリーミー)はわたしですから」
「あ、夢十夜夢見(ドリーミー)はわたしですから」
「わたしが本物です」
「わたしが本物です」
「わたしが本物です」
「もう頭が変になりそうですよ!」
「もう頭が変になりそうですよ!」
「もう頭が変になりそうですよ!」
リアルに発狂しそうになった瞬間、
「なぐごいねが」
三人のわたしが一斉に振り向きました。なまはげが太い腕でチェーンソーを振り上げ、怒った熊みたいに突進してきます。
「なぐごいねが」
なんと反対側からも、新たななまはげが。なまはげチェーンソー、挟み撃ちです。
どう足掻いても、逃げられません。もはや徹底抗戦しか残された道はないようです。三人(全員わたしですが)で力を合わせて、なまはげを倒しましょう!
第二のわたしはムチを。第三のわたしは爆竹を。そしてわたしはハエたたきを手にし、なまはげどもを迎え撃ちます。
行けー。突撃ー。
とりゃー。そいやー。わおおー。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音。目覚めました。
画面をタップしてアラームを止め、スマホを握ったまま伸びをします。その手から、いきなりスマホが奪い取られました。
なまはげのお面をかぶった少年が立っています。お面越しに、くっくっくっと笑い声が漏れてきました。わたしのスマホをこれ見よがしに掲げています。
小憎らしいガキめ!
「こらー」なまはげ少年に飛びかかりました。
空振り。そのまま無様に、アスファルトの道路へ倒れこみました。
けたたましく鳴り響くクラクション。
顔を上げると、激走するワンボックスカーが目の前に迫り――
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音にビクッとし、そこで目覚めました。
今度こそ本当に目覚めました……よね? ……え? ちょっと待ってください!
ミョーな夢 六
こんなミョーな夢を見ました。
群衆の中に、立っています。集まっているのは、バラバラで、多種多様な人たちです。
バーテンダー、お坊さん、消防士、プロレスラー、政治家、ダンサー、サラリーマン、キャバ嬢、武士、アメリカ人、中国人、廃人、原始人、宇宙人、半魚人、などなど。
わたしたちが立っているのは、野球場くらいの大きさの円形広場です。20メートルはありそうな高い壁に、ぐるっと切れ目なく囲まれています。出口は見当たりません。
とてつもなく巨大な鍋へ放り込まれたイメージです。端的に言えば、籠の鳥です。
<皆さん、『阿鼻叫喚ゲーム』へようこそ。>
どこからともなく発せられた男性MCの声が、広場に響き渡りました。
<皆さん、賞金の一兆円ほしいですか?>
うおおおおー。耳を聾する凄まじい大歓声です。
<この『阿鼻叫喚ゲーム』を制すれば、一兆円はあなたのものに。一兆円を手にできるのは、この中の幸運なお一人のみ。それはあなたかもしれません。>
うおおおおー。きゃーーーー。
<この『阿鼻叫喚ゲーム』、ルールは至ってシンプル。ゲーム開始から皆さんにさまざまな障害が降りかかります。障害によって命を落とせば、その場で即ゲームオーバー。ひたすら障害をかわし、かいくぐり、逃げ回って、生き残ってください。最後まで生き残った一人こそが、ゲームの勝者。晴れて一兆円を獲得するのです。>
最後の一人が勝者ということは、自分以外の全てのゲーム参加者が敵になることを意味しています。うーん……むごたらしい結末になりそうな予感が……。
<さあ、参りましょう。『阿鼻叫喚ゲーム』スタート!>
空飛ぶ円盤の群れ。数え切れないほどの円盤が、空を飛び回っています。サイズは大きめのお皿くらい。金属製らしく、銀色に輝いています。高速回転しながら、獲物に襲いかかる鷹のように飛んでゆきます。
円盤たちは旋回しながら高度を下げてきました。すぐ頭の上にまで迫ってきています。
ゲーム参加者の中で、飛びぬけて背の高いバスケットボールの選手がいました。一個の円盤が彼のもとへ飛来し、あっという間に飛び去りました。
甲高い女性の悲鳴が上がりました。バスケットボール選手が首なし死体へと成り果てていたからです。
「チップソーだ!」誰かが怯えた声で叫びました。
チップソー。丸ノコです。草刈機の先についている危なっかしいやつです。
チップソーはさらに高度を下げ、高速回転しながら、わたしたちの首を狙って飛び回っています。
悲鳴。絶叫。ゲーム参加者は押し合いへし合い、右へ左へ逃げまどいます。
チップソーの大群は容赦なく人々の首を刈り、あるいは身体を切り裂いてゆきます。草刈機で刈り取られる雑草になった気分です。
生首がごろごろ転がる中、わたしは頭を低くして、駆け回ります。周りに何もないと全方向からチップソーが襲いかかってくるので、とにかく壁へと向かいました。
しかし同じ考えの人たちが大勢いて、壁際は大混雑でした。どこへ逃げようか迷っていた、そのときです。背後から誰かがぶつかってきて、わたしは顔面から地面に倒れました。
直後、頭上をチップソーが通り過ぎました。セーフ。図らずも転んだおかげで、命びろいしたのでした。
そこでふと、気づいたのです。地面すれすれを飛んでいるチップソーが皆無であるということに。
わたしは倒れたままあえて起き上がらず、地面に伏せてじっとしていることにしました。このほうが安全と判断したのです。
幾度となく、逃げ回る人に腕や脚やお尻を踏まれましたが、何とか耐え忍びました。
そうしているうち、辺りは静かになりました。顔を上げると、飛び回る凶器の大群は、すっかり消え去っていました。無事クリアしたようです。
上空を仰ぎ見ます。円盤は一つも飛んでいません。いませんが……あれは何でしょう? 何か落ちてきます。だんだん近づいてきました。
それはズバッと地面に突き刺さりました。すぐ近くに立っていた男性は「ひい~」と情けない声を上げて、飛びのきました。
槍。中世ヨーロッパの兵士が握っているような、槍が落ちてきたのでした。
ふたたび仰ぎ見ると、嫌なものが目に入りました。空一面を覆うおびただしい数の槍が、地上にいるわたしたちの脳天に穴を空けようと、降ってくるのです。
集団ヒステリー状態。生存者の皆さん、目ん玉を剥いて蜘蛛の子を散らすように、右往左往しています。
槍の量から判断して、広場内にセーフティーゾーンは、ほぼほぼ無いようです。
どうしようかと周りを見回していると、チップソーに切り裂かれて絶命した遺体が、折り重なるようにして倒れているのが目に入りました。
ダッシュからのヘッドスライディング。重なる首なし死体の下へ潜り込みます。
怖いとか気持ち悪いとか言ってられません。死体からこぼれ出た血液が顔や手に付着しましたが、気にしません。人間、生きるか死ぬかの瀬戸際に直面すると、存外何でもできてしまうものです。
さて、それはいいのですが、お尻から下が収まりません。『頭隠して尻隠さず』を地で行く恰好です。
ついに槍の雨が地表に到達しました。神様――
ミラクル。むき出しの下半身に、かすり傷ひとつ負いませんでした。
第二ステージもクリアです。
ですが、現場は死屍累累の有様で、ものすごいことになっています。
そんな惨状のさなか、突然、スーツ姿の男性の死体が立ち上がりました。
斬首されて頭部を失い、胸にも槍が貫通しています。にもかかわらず「俺はまだ死んでないぞ」とアピールするかのように、胸を張っています。
涙ぐましいというかなんというか……そうまでして一兆円を手に入れたいのでしょうか。
「見ろ。俺はこんなにピンピンしているぜ。こんな攻撃、屁とも思わないさ。さあ次、かかってこいよ。いくらでも受けて立つぜ」と、首なし男はジェスチャーで示します(口がないので)。
しかし次の瞬間、首なし男は炎に包まれ、黒焦げになって絶命しました。
大地が波打つほど揺れました。空から、壮大なスケールの巨大生物が降り立ったのでした。
丈はおよそ50メートル。そのヘヴィな図体を飛び立たせるに足る、旅客機のような大きい翼。爬虫類の頭部にブーメラン形の眼。四本の足とカーブを描く鋭い爪。全身を覆うエメラルドグリーンの鱗。
どこからどう見てもドラゴンです。
ブーメラン形の眼が赤く光りました。それからオエーッとえずくかのようにして、ドラゴンは大量の火を吐きました。
一瞬で焼死体の山ができあがりました。放たれた火は、逃げまどうばかりの人々を面白いように呑み込んでいきます。
今度こそ助かりそうにありません。絶望的です。逃げる気力さえ奪われた人たちに、ドラゴンは容赦なく火炎放射し、殺戮していきます。
生き残っているゲーム参加者の数は、いよいよ絞られてきました。そんな状況下で、ついに参加者同士で殺し合いが始まりました。もっとも恐れていた事態です。
わたしに向かって駆けてくる人影。大柄で丸々とした体躯の男性です。槍を突き出し、串刺しにしてやると言わんばかりに、鬼の形相で迫ってきます。
一も二もなく逃げます。しかし転がっていた死体が手を伸ばし、わたしの足首を掴んだので、あっけなく転倒しました。
倒れたわたしに、丸々男が槍を振りかざしました。ここでゲームオーバーか……。
地響き。ドラゴンが降臨しました。丸々男は槍を投擲して立ち向かいましたが、ダンプカーのような足に踏みつぶされ、薄っぺらな座布団と化して果てました。
ドラゴンの足は、こちらにも及びました。その長い爪に胴体を挟まれ、わたしは捕えられました。
そのまま、ドラゴンは上空へと飛び立ったのです。
落ちたらとても助かりそうにない高度です。そういう風に考えるときに限って落ちるものですが、御多分に洩れず落下しました(まあ助かったので、よし)。
落ちた場所は、深い森の中。10メートルくらい先に、誰かがこちらを向いて仁王立ちしています。
漆黒のローブに身を包み、フードで顔を隠しています。奇妙な形状の杖を手にしており、ぱっと見、魔法使いです。ドラゴンからの流れで推察するなら、十中八九魔法使いでしょう。
魔法使いは意味不明の言葉をもにゃもにゃ唱えています。それから杖を高々と差し上げ、振り下ろしました。
幾本もの矢が、わたしに向かって飛んできます。咄嗟に、掌を突き出しました。
すると矢はすべて赤、黄、紫のチューリップに変化して、葉を羽ばたかせ、森の奥へと飛んでいきました。
知らぬ間に、魔法を操る術を会得していたようです。『魔法少女ドリーミー』と呼んでいただけると、嬉しいやら恥ずかしいやら。
魔法使いは次の攻撃を繰り出してきました。激しく燃え上がるバスケットボール大の火球が、飛んできます。
わたしは即興でアクションを決めてから、スマートに掌を突き出しました。
火球は目前で急停止した後、天に向かって猛スピードで飛び上がり、宇宙へ達したところで火星になりました。
敵は落ち着き払って、次の呪文を発します。途端に周囲の樹々がゆらゆらと揺れ動き、姿を変え始めました。
ある樹は、クワガタの頭部をもつ大蛇に。またある樹は、ワニの頭部をもつ巨大カマキリに。カラスの頭部をもつゴリラ、サメの頭部をもつコウモリ、オオカミの頭部をもつサソリ、メカジキの頭部をもつ馬、等々、変てこな怪物が続々と誕生します。
わけのわからない怪物たちに包囲されました。わたしは足を上げたりお尻を振ったり、適当にアクションを挟んでから「風よ吹け」と発しました。
わたしを中心とした凄まじい竜巻が発生し、怪物たちも、魔法使いも、もれなく吹き飛ばしてしまいました。さらに竜巻を起こした張本人であるわたしまでも、吹き飛ばされました。
空高く巻き上げられ、着いた先は虹の上でした。虹は幅一メートルほどの、ガラスでできたアーチ橋といった趣です。
虹の上を少し歩くと、茶碗形のトロッコがとまっていました。早速、乗り込んでみます。
トロッコが滑り出しました。最初はゆっくり進み、アーチの坂を下り始めると、一気にスピードアップ。虹のジェットコースターです。
何が何やらわからないくらいの速度に達したとき、トロッコは七色の炎に包まれました。わたしの身体は七色に燃え上がり、七色の光を放ちながら飛び上がって、空を横切ります。
七色に染まる長い尾を引きながら飛翔し、空中で爆発したのち、七色の欠片となって飛び散りました。
七色の欠片は地表へ落下し、七色の花を咲かせました。そういうわけで、わたしは地上に咲くドリーミーかつファンタジックな花へと、生まれ変わったのでした。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音が虚像を払いのけ、そこで目覚めました。
一兆円を手に入れることができたら……一兆円……一兆円……うーん。
ミョーな夢 七
こんなミョーな夢を見ました。
「宇宙の果てに行ってみてえ」ハリセンボンが言いました。
ハリセンボンは頭部がハリセンボンで、首から下はメタリカのTシャツを着た男の子です。どことなくやんちゃな印象を受けます。
「どうやって行くんだろ。ググってみっか」
スマホを取り上げ、宇宙の果て、スペース(シャレでなく)、行き方、で検索。
「土星から行けるって。宇宙の果て」
「あ、土星には、どうやって行けばいいのでしょう?」
「月から行けるって」
「月へはどうやって?」
「んなの宇宙船使えばいいじゃん」
ネットで月行きの宇宙船を予約しました。クレジットカード決済です。
宇宙船の発着所は絶海の孤島にありました。あばら屋にミステリアスなお婆さんが一人住んでいるだけの、ちっぽけな島です。
「宇宙船は呪われておる。乗らんほうが身のためじゃ」
お婆さんは泥水にしか見えない濁ったお茶をすすめながら、言いました。
「宇宙の果てに行くのに土星へ行かなきゃいけなくて、土星へ行くのに月へ行かなきゃいけなくて、月へ行くのに宇宙船へ乗らなきゃいけないんだよ」
しかしお婆さんはまるで聞く耳を持たず、
「後悔することになるぞよ」と念を押して警告するのです。
それからお婆さんはうつむいて、呪文のような文句を低い調子でぶつぶつ唱え始めました。お婆さん自身が呪いをかけているように映ります。
顔を上げたお婆さんの眼が赤く光っていたので、何だか怖くなり、わたしたちはそそくさと小屋を出ました。
島の中央にストーンサークルが築かれていて、そこが宇宙船の発着場でした。
ストーンサークルの中心に何か置いてあります。片方だけの靴でした。
デザインは白地に黒の、刃物を思わせるライン。ナイキのスニーカーです。
「宇宙船じゃね?」
宇宙船……なのでしょうか。履くことはできても、乗るのはサイズ的に難しそうです。
腰をかがめて靴の中を覗き込んでみます。すると不思議の国のアリスよろしく、全身が一気に縮まりました。昆虫に比肩するほどの体長です。
縮小したわたしたちは、そのままスニーカーの中敷きへと飛び降りました。靴型宇宙船に乗り込んだところで、屋根が閉じました。
内部は暗く、いくつかの投光器が空間を部分的に照らしています。照明に浮かび上がるのは、ガラスケースに収まる怪しげなあれこれです。
河童のミイラ、遮光器土偶、アンモナイトの化石、不動明王像、牛の頭蓋骨、ガーゴイル、ウミガメの剥製、蛾の標本……。
画面8インチほどのモニターが、壁に埋め込まれています。ストーンサークルが映っているので、外に向けたカメラの映像と思われます。
画面いっぱいにお婆さんが映し出されました。真っ赤に光る眼をカメラに向け、何やら訴えています。ただモニターにスピーカーが付いていないようで、その声はこちらに一切届きません。
画面からお婆さんが消えました。続いて、島の全景と海が映りました。宇宙船が無事に飛び立った模様です。
星空が画面に広がり、宇宙空間を飛んでいることが知れました。
背後で物音。顔を向けると、カマキリのばけものが身構えていました。
垂直に立てた半身は、人間の背丈くらい。険しい表情で、目つきが不穏です。
顔の前に持ち上げた前脚は、死神の大鎌を彷彿させます。
ばけものカマキリの足元に、首なし死体が倒れていました。近くに転がっているのは、作り物めいたハリセンボンです。
おそらくハリセンボンはばけものカマキリに襲われ、首をちょん切られて絶命したのでしょう。
カマキリはわたしも殺めようと、大鎌を振るってきました。素早くかわしつつ、前脚の根元のほうを掴みます。力任せに引っ張ると、前脚はもろくもスポッと抜けました。
もぎ取った死神の大鎌。薙刀のごとく振り回します。
カマキリの体は横転し、頭部は宙を飛びました。
ハリセンボンの遺体(ボディーのほう)を前に、途方に暮れてしまいます。この先わたしはどうすればよいのでしょうか。わたしだけで宇宙の果てを目指すべきでしょうか。
ガタガタ……。遮光器土偶のガラスケースが震えだしました。ケース内で、土偶が子犬みたいにぴょんぴょんと跳ねています。
遮光器土偶は勢いよく飛び上がりました。ガラスを突き破って外へ飛び出し、宙を飛んできます。わたしの顔の前を通り過ぎ、自らの足を遺体の首の断面に突き刺しました。
土偶は体をドリルのように回転させながら、足を遺体の内部へと捩じ込んでいきます。しっかりボディーと一体化したところで、遺体は起き上がり、よみがえりました。
頭部がハリセンボンから遮光器土偶に差し替えられました。ハリセンボン改め、土偶です。
「ぐう」土偶の口からぐうの音が出ました。「ぐう、ぐう」
「あ、大丈夫ですか?」
「ぐう」ぐうしか言えないようです。
そうこうしているうち、宇宙船は月へと着陸しました。屋根が開き、ロープがするすると降りてきます。ロープをよじ登って外へ出てから、宇宙船の上に立ち、周囲を見渡しました。
月……想像していたものと、だいぶ趣が異なります。
雪が積もっているかのように、一面、真っ白な大地が続いています。
降り立ってみると、ふわふわです。この幸せなふんわり感は、布団に違いありません。膨大な数の白い布団が、隙間なく敷き詰められているのでした。
なんて良いところでしょう! 布団愛好家のわたしには、パラダイスです。
「ぐう」
はい、まさにグーですよ。土偶と二人ウキウキしながら、弾むように布団の上を進みます(そういえば月面着陸した宇宙飛行士も、弾むように歩いていました)。
と、一枚の布団が、めくれ上がりました。そこから何者かが顔を出しました。布団の下から這い出し、わたしたちのほうへ走ってきます(大股で跳ねるような独特の走り方です)。
ケムール人でした。ケムール人は異星人ですが、月に住んでいたとは。意外。
「ホッ、ホッ、ホッ」
「ぐう?」
「ホッ、ホッ、ホッ。ホッ、ホッ、ホッ、ホッ」
「ぐう。ぐう、ぐうぐうぐうぐう」
土偶とケムール人の会話に入っていけません。傍観者となって、なりゆきを見届けるのみです。
「ホッ。ホッ、ホッ。ホッ、ホッ、ホッ」
「ぐううう。ぐう、ぐう、ぐう」
両者うなずきあっているところを見ると、話がまとまったみたいです。
「ぐう」
ケムール人が案内してくれるようです。どことなく怪しげで胡散臭く、一抹の不安を感じますが、土偶と共についてゆきます。
めくれ上がった布団の下に、地下へ通じる出入口がありました。ケムール人に引率され、細い階段を下ってゆきます。
見上げて呆然としてしまうほどの岩壁がそびえる、壮大な地下空間に出ました。
辺りは朝まだきのように薄暗く、ぼんやりしています。細い階段の両側はどこまでも虚ろで、足下は冥々たる深淵です。
階段を下りきった先に、500メートルは優にある、長い吊り橋が掛かっていました。
木製の踏板はところどころ抜け落ちています。ワイヤーは黒ずんでおり、今にも千切れそうです。
踏板の隙間から下を覗いてみると、底へ到達するまでの距離は軽く見積もって、幾千メートル……。
中ほどまで渡ったところで吊り橋は大きく波打ち、振り落とされそうになりました。踏板にしがみつき、堪えます。
ピンチでしたが、波が収まり、どうにか無事に橋を渡りきりました。
さらに行くと、遊園地が現れました。ケムール人は門を通って入場するので、わたしたちも続きます。
騒々しい音楽をバックに、ギラギラした電飾に彩られたメリーゴーラウンドが廻っています。
超特急の勢いで頭上を通過するジェットコースター。英国風の花柄を施したコーヒーカップ。眺めているだけで目が回る空中ブランコ。
遊園地は賑やかに盛り上がっているのですが……おかしなことに、いずれの乗り物も、だれひとり乗っていません。乗り物だけが、勝手に動いているのです。
そもそも園内を歩いている人影さえありません。無人の遊園地です。
園内は派手な明かりに煌々と照らされ、耳につくノリノリの音楽が途切れることなく流れているというのに……。
スロー再生並みにゆっくりと動く観覧車の元へやって来ました。
球体のゴンドラには、やはり誰も乗っていません。ですが、乗り場を通過するとき、ゴンドラの扉が自然に開いたり閉じたりしています。
幽霊が乗り降りしているようで、薄気味悪いです。
観覧車乗り場付近の壁にドアがあり、ケムール人はその内部へ進みました。
ドアの内側は細い廊下が伸びています。行く手に、またもや下りの階段が。地下のそのまた地下へ、ケムール人について、降りてゆきます。
階段の終わりに、重そうな鉄扉。ケムール人が前に立つと、自動で開きました。
踏み込み、背後で鉄扉が閉じると、周囲は闇に閉ざされました。
前方に炎が揺れているのを確認できました。奥へと通路が続いています。
石壁に掛けられた松明がわずかに灯っている、薄暗い通路です。
ケムール人と歩いていくと、ホールのような広い空間に出ました。
松明が各所で焚かれ、空間を仄明るく照らしています。
一段低くなった地面を覆うように、何かが群れ、うごめいています。
大勢のカマキリたちでした。あの宇宙船で遭遇したばけものカマキリが、広場にひしめき合っているのです。
「ぐうう……」
振り返ると、土偶が倒れていました。頭部の遮光器土偶が切り離され、またぞろ首なしの身となって……。
ケムール人はいつの間にかカマキリへと姿を変えていました。サーベルめいた鎌を持ち上げ、わたしの頸部に狙いを定めています。
ばけものカマキリの群れも、わたしの存在に気づいたらしく、こちらへ一斉に視線を放ってきます。
そこへ、四階建てのビルに相当するであろう、ひときわ馬鹿でかい影。ボスキャラカマキリの登場です。
その重機のような鎌で全身を輪切りにされ、お腹をすかせたカマキリたちに分け与えられる……そんなゴアシーンが浮かび、戦慄しました。
鉄扉へと走ります。
通路の松明は消えかかっており、視界が失われるのも時間の問題です。
それまでに鉄扉へたどり着きたいところですが、どれだけ走っても通路の終端が見えません。息を切らせながら走って、走って、走って……。
――星?
前方に星くずが見えました。見上げると、星空。見下ろしても、星空。
左右、後方も……全方位、途方もない数の星々に囲まれています。
宇宙――そう、わたしは光芒を放つ彗星となって、宇宙空間を駆け抜けているのでした。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音が投下され、そこで目覚めました。
宇宙って一生に一度は行って……みたくもないですね(笑)。
ミョーな夢 八
こんなミョーな夢を見ました。
がらんとした倉庫のようなところ。目の前に、作業着姿の、顔がブロブフィッシュに似た男性が立っています。
「こんにちは。夢十夜アキコさん」
「あ、夢見と書いて〝ドリーミー〟って読みます」
というか夢見を〝アキコ〟と読み間違えた人に、初めて出会いました。
「この度は当社のアルバイトにご応募いただき、ありがとうございました。時給5万円差し上げますので、がっぽり稼いでいってください」
時給5万円! 一週間で100万円も夢ではありません。……と、喜んだのも束の間。すぐに不安がどっと押し寄せてきました。
時給5万円。この破格の高額報酬の裏に、何か隠れている気がしてなりません。
仕事内容に問題はないのでしょうか? 法に触れるとか。命が危険にさらされるとか。エッチ系とか。
「あ、その、どんな仕事でしょう?」
「はい。まず最初のお仕事ですが……」
アメリカンらしき白人のおじさん、登場。小太りで、ふっくらした丸顔に、小さな瞳とちょび髭。コックさんの格好が似合いそうです。
「あ」
いきなり。小太りおじさんは、ぶしつけにズボンを下ろしました。純真無垢な乙女の目の前で。そんなことお構いなしに(わたしが純真無垢な乙女に見えないとでも?)。
さらに向こうを向いて、パンツを脱ぎ捨てたかと思うと、小太りおじさんはあられもない四つん這いの体勢になりました。
現在、白肌のモチモチしたお尻と対面している状況です。
何が起きているのか理解が追いつかず固まっているわたしに、ブロブフィッシュさんはギターを差し出します。真っ赤なフライングVタイプのギターです。
「それでこの人のお尻を百回叩いてください」
「……これが仕事ですか?」
常識外のギャラを得られる仕事は、やはりそれに見合った、アブノーマルな内容でした。正直気乗りしませんが、雇われた身としては、無下に拒むわけにもいきません。
「そのギターの小さいほうを両手で握って、テニスラケットのように構えてください。……はい、そうです。いいですね。ギターの向きは、弦の張ってある側をこちらに。あとはお尻をテニスボールと思って、力いっぱいぶっ叩いてください」
テニスボールと思って……けれど、やはりお尻はお尻にしか見えません。
あの赤ちゃんみたいにぷよぷよした肌へ弦が食い込むところを想像すると、やりきれない思いです。
「どうしました? できないのですか?」
「あ……やります」
もうこうなったら、やぶれかぶれです。余計な考えはおっぽりだし、心を無にして――打つべし!
「えいっ」
しかしブロブフィッシュさんは失望の色で首を振って、
「手加減してはいけません。仕事ですから、真剣に取り組んでください」
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「I am all right」小太りおじさんは首を曲げ、言いました。そしてウインクし、サムズアップを示します。「Hit me」
その声色には、何やら期待するようなニュアンスが感じ取れました。それならば、勢いSMの女王様になったつもりで臨むしかありません。
「えいっ」
「oh!」おじさんは変な裏声を発しました。
ブロブフィッシュさんは大仰に拍手して、
「いいですよ。その調子です。さあ、もっと」
「えいっ」
「oh!」
「えいっ」
「oh!」
「もっと、もっと! 出血するまで、バンバンと!」
わたしはコクっと頷き、続けます。
「えいっ」
「oh!」
「えいっ」
「oh!」
「もっと強く! 殺しても構いませんから」
「あ、そうなんですか?」
「Kill me baby、Kill me!」
そこはかとなく気分が高揚してきました。もはや本気モードです。片足を踏み出して上半身をひねり、ギターを大きく後ろに引いて――
「えいっ」
「oh!」
「えいっ」
「oh!」
お尻は元の大きさの倍に膨れ上がっています。叩くとふわふわ弾んで、風船みたいです。
小太りおじさんの荒々しい息づかいが、耳元まで流れてきます。わたし自身も、ハアハアと息を漏らし、顔が火照ってきました。
「さあ、そろそろ、とどめを刺してください」ブロブフィッシュさんは淡々と言い放ちました。
わたしは唇を引き結び、ピッチャーに対する豪傑なバッターのように、ギターを構えます。そこから渾身の力を込めて、ギターをフルスイング――。
パン! 風船の割れる音。
気づくと、小太りおじさんの姿がありません。四つん這いになっていた床の上に、カラフルな飴玉が十粒ほど転がっています。
ブロブフィッシュさんは腰を折り、オレンジ色の飴玉をつまみ上げると、口を開けて放り込みました。その他の飴玉は爪先で乱暴に蹴散らし、
「次の仕事、いきましょう」口の中で飴を転がしながら、言いました。「今度はこれを用います」
透明のビニール傘です。出先で天気が急変したとき、お世話になるやつです。
「あ、これは開くんですか?」
「閉じたままでも可能ですが、開いたほうが身のためです」
身のため……また不安を与えるようなことを口にします。ひとまずワンタッチで傘を開き、かざしてみます。
そこへ、牛が現れました。
濃い毛色。でっぷりとした体型で、肉と脂肪を豊富に蓄えているようです。
「では、仕事の説明を。お渡しした傘の先端、その尖った金属部分を、牛の鼻の穴に差し込んでください」
またしても、眉をひそめずにいられないストレンジな仕事です。が、お金のため、生活のため、自分自身のため、やる以外ありません。
傘の先端をそっと牛の鼻先に近づけ、おそるおそる挿入してみます。
フンッ。荒々しい鼻息に驚いて、思わず傘を引っ込めました。
ブロブフィッシュさんは渋面をつくり、両手を広げます。
「そんな及び腰ではダメです。いいですか、夢十夜カオリさん。ふだん我々は意識しませんが、食卓で命をいただいているのです。我々の命を支えているのは、別の命なのです。ですから、いい加減な気持ちではいけません。真面目にやってください、夢十夜ヨシエさん」
だんだん自分の名前が分からなくなってきました。それはそうと、態度を改め、気持ちを引き締めて、牛に相対します。
よござんすか?
……お命頂戴します!
「えいっ」
「ンモー」
プシャー。盛大に鼻血を噴出しました。開いた傘のおかげで返り血は免れました(「身のため」の意味が解りました)。透明のビニールはヴィヴィッドな紅に色付けされています。
傘を下げると、天に召されたのでしょうか、牛は消え去っていました。代わりに、ほかほか湯気を上げる丼ものが置かれています。
「お、牛丼」
ブロブフィッシュさんは嬉しそうにどんぶりを取り上げました。そこへ茶碗いっぱいの紅しょうがを放り込み、七味唐辛子をしこたまふりかけ、大口を開いてがっつきます。
「うまいうまい」ご満悦です。
二番目の牛、登場。血で汚れたビニール傘を投げ捨て、新品と交換しました。
面と向かい、心の内で生け贄に語りかけます。
脂が乗った、とろける舌触りの美味しいお肉を提供していただき、どうもありがとうございます。謹んでお受けいたします。安らかにお眠りください。
「えいっ」
「ンモー」
牛は一瞬にして失せました。その跡に、大皿に並んだ一口大の切身が。
「カルビに、ロースに、ハラミか」
ブロブフィッシュさんは切身を網に乗せ、点火します。小皿に焼き肉のタレと、山盛りのすりおろしニンニク、入れすぎのコチュジャン。
「やっぱり炭火に限る」ほくほくです。
えいっ。ハンバーガー。えいっ。すき焼き。えいっ。ビーフシチュー。
次々料理を平らげていく雇い主に、この大食い王はどこまで食べ続けるつもりだろうと、気味が悪くなってきました。
おまけに順番待ちの牛たちは長蛇の列をなしており、切れる気配がありません。
一向に終わりの見えない、肉体的にも精神的にもきつい仕事。
にわかに極度の疲労感が降りかかりました。もうウンザリです。耐えられません。すべて放り出し、家に帰って布団にくるまり、ただただ惰眠をむさぼりたいです。
「どうしたのですか、夢十夜ミサキさん。手を止めないでください」
「あ、もう……辞めたいのですが……」
「今辞めてしまうと、時給5万円の給料がパアですよ?」
「お金は要りません。一番欲しいものは、眠る時間です」
ブロブフィッシュさんはわざとらしくため息を吐き、
「そんな寝てばかりで、どうするつもりですか。人は働かなければいけません。労働は人に、社会的な存在意義を与えるのです」
「眠ることがわたしの存在意義なんです!」声を張り上げます。「眠るためにわたしは生まれてきたのです!」
不覚にも涙がこぼれ落ちました。
「いつも寝てばかりですけど、わたしだって必死に人生を生きているんです!」
全身を震わせて嗚咽します。
眠りたいから眠る。それのどこが悪いというのでしょう。
わたしは眠るのが大好きなんです。眠ることに熱中しているんです。
わたしから眠りを取ったら、何も残りません。これこそが、わたしの選んだ道なのです。眠りに人生を賭けているんです。
さんざん泣いてから顔を上げると、ブロブフィッシュさんはいなくなり、代わりに魔王が立っていました。
背丈3メートル超。カタツムリっぽい両目がビロビロ揺れています。首から下は、どす黒い毛に覆われています。
「そんなに眠りたいか。よかろう。それでは死ぬまで、一生眠り続けるがいい」
魔王がわたしの頭上に両手をかざし、呪いをかけようとします。
いけない。逃げなくては――けれど、身体の自由がききません。四肢が金縛り状態です。抗おうにも抗えず。なすすべなし……。
「眠れ――眠れ――永久に眠れ」
徹夜の受験生のごとく、かっと目をひんむいて、耐えます。
「お前の欲する眠りを。お前の愛する眠りを。さあ、存分に浸り、溺れるのだ」
我慢我慢我慢我慢……。
すると魔王は、実家の母に化けました。
「ほら、布団をかけて。安心して、おやすみなさい。お母さんが子守唄を聞かせてあげるから」
いつの間にか、実家の布団に横になっています。
「ね~むれえ~ ね~むれえ~」
ああ……まぶたが……重い……。
「ね~むれえ~ ね~むれえ~」
だ……め……睡……魔……が……誘……惑……を……
「ね~むれえ~ ね~むれえ~」
も…………う…………
げ…………ん…………か…………
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音に頬を叩かれ、そこで目覚めました。
良かった、夢で……と安堵し、そのまま二度寝へ突入しました。
ミョーな夢 九
こんなミョーな夢を見ました。
スポーツカーを運転しています。正確には、暴走する車の運転席でハンドルを握っているだけですが。自分の意思とは無関係に走っており、自動運転といえば自動運転です。
ちなみに自動車免許は取得していないので、止め方は知る由もありません。ハンドルは勝手に回転し、進行方向もなすがままです。
つまるところ、ジェットコースターに乗っているのと大差ありません。
走っているところは道路ではなく、スーパーマーケットの店内です。
買い物客はカートを放り出して、逃げまどいます。呆然と立ちつくす人もいて、危うく轢きそうになりました。
陳列棚に突っ込み、押し倒し、破壊し、商品がぶちまけられます。
多くのトマトが宙を飛び、床を転がり、タイヤに踏み潰されます。
ワインやウイスキーや日本酒の瓶がなだれ落ち、ガラスの破片と流出したアルコールで、わやです。
棚の切れ目をドリフトで左折したところで、象くらいの巨大なカボチャが行く手を塞いでいました。自動無謀運転のマイカーは、チキンレースよろしく「なめんな」とばかりに加速し、突進。
激突! 爆発! 木っ端微塵!
巨大カボチャの破片は、空中で多種多様の野菜に変化しました。
ピーマン、ニンジン、キュウリ、大根、キャベツ、ブロッコリー……フロントガラスに大量の野菜がバラバラ降り注ぎました。
フロントガラスを覆っていた野菜が消え去り、視界が開けると、そこは家の中でした。どこにでもある一般家庭のお宅にお邪魔し、暴走車は突き進みます。
二階の寝室のドアをぶち破り、狭い階段をガタンガタンと跳ねながら、一階へと降ります。
廊下を走り、憩いの部屋、リビングルームへと。
リビングには家族四人が集っていました。若い夫婦と小さな男の子が二人。
夫婦はソファでくつろぎ、男の子たちは大型テレビの画面に見入っています。
テレビに映し出されているのは、ほのぼのとしたアニメ映画でした。
そんな一家団欒の席に、暴走車はずけずけと突っ込みます。
思いもよらぬ暴走車の乱入に、お父さんは飛び上がりシーリングライトに頭をぶつけ、お母さんは後ろにひっくり返って気絶しました。
車はアニメ映画に釘付けの兄弟に迫ります。
逃げて!
わたしの悲鳴に振り返ったお兄ちゃんが、弟を抱きかかえ、ハリウッド俳優ばりに脇へとダイビングし、危機一髪助かりました。
車はそのまま50インチの液晶画面へ突入――。
アニメ映画の世界を走っています。風景は暮色に染まる山に囲まれた田舎ですが、2次元の背景画です。
さらに自分自身もアニメのキャラに変身しました(実物より美化されているので、まんざらでもないです)。
バックミラーに、大型車の影。
否、車ではありません。猫とバスをミックスしたもののけです。
怒涛の勢いで追ってくる化け猫の眼は鋭く光っており、ネズミを狩ろうと疾駆する野蛮なノラ猫そのものです。
捕まったら最期と、(車が)マックススピードで逃げます。
前方の空に、また新たなもののけが出現しました。滑空してきます。
ぐんぐん拡大されて露わになったその姿。ふわふわしたダルマ体型の怪物です。
まん丸おめめと左右に飛びだした猫のひげがキュートですが、鋸歯が覗くぱっくり開いた大口に震えます。
怪物はフロントガラスに張り付きました。窓の隅から隅まで、怪物の可愛さ半分恐ろしさ半分の顔が占めています。
怪物を振り落とそうと、車は荒っぽい蛇行運転を繰り返します。しかし怪物は一向に動じることなく、運転席を覗き込んでいます。
そしてニヤリと不敵に笑むと、フロントガラスを幽霊のように通り抜け、車内にでっかい顔を突っ込んできました。
目と鼻の先で地獄の門口が開きます。オオサンショウウオのばけものみたいな舌がずるりと飛び出し、べとべとした唾液が溢れ出ました。
唾液まみれになりながらハンドルを強く握り締め、ぐっと目をつぶります。
……こわごわまぶたを上げると、流れの速い川の上でした。
両岸に高層ビルが隙間なく立ち並んで、絶壁を象っています。深い峡谷を思わせる風景です。
車は急流の水面を走っています(流されている、と言ったほうが正確かもしれませんが……)。
流れは勢いを増し、ゴオゴオと唸りを上げる激流となりました。強烈な縦揺れと車内浸水で、生きた心地がしません。
前方、唐突に川がふっつり途切れています。視界も開けており、行く先に崖が待っていることは容易に想像できました。
予想通り、滝でした。急流は轟音を響かせ、荒々しい滝となって、崖下へ流れ落ちてゆきます。
がくんとこうべを垂れるように、舳先は真下を指します。垂直に落下するウォーターライド。その高さたるや、希望も期待も根こそぎ奪われるほどです。
あ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
滝つぼにダイブ。ホワイトアウト。
――視界が色を取り戻すと、そこは結婚披露宴の会場でした。家族、友人、親戚が集い、シャンパン片手に談笑しています。
そんな和やかな雰囲気をぶち壊すべく、オラオラーと、ガラの悪い暴走車が突進します。
――え?
ふと、視線を下げると、知らないうちに純白のウェディングドレスを纏っていました。
花嫁! ということは……。こみ上げるワクワクを抑えつつ、そっと振り向くと、果たして助手席には新郎が!
カエル……(がっくり)。
伴侶はまさかの両生類です。
お相手のカエル氏は黒のタキシード姿ですが、太鼓腹で今にもはち切れそうです。
うーん、肥満体型の旦那様は、ちょっといただけませんね……(ひ弱そうな細身のヴィジュアル系が好みなのです)。
披露宴会場の中央、横並びに整列したゲストたちが左右に分かれ、その間に花道を設えています。
花道を突っ切る暴走車へ、ゲストの皆さんは拍手を寄越し、「おめでとう」と祝福しつつ、フラワーシャワーを浴びせます。
花道の終点。バベルの塔のようにそびえ立つあれは、ウェディングケーキです。
「皆様、カメラのご準備はよろしいでしょうか。新郎新婦、ウェディングケーキご入刀です!」
もったいないことに暴走車はケーキに突っ込みました。生クリームの厚い壁に埋没し、車内が甘い香りで満たされています。
ワイパーが勝手に作動し、フロントガラスの生クリームを拭き取ります。
きれいになった窓に映し出されたのは、飛来する大量の矢でした。
ガッガッガッガッガッ。
集中砲火。鋭利な矢尻の襲撃を立て続けに浴び、フロントガラスの全面に、クモの巣めいたひびが広がっています。
続いて、何やら不穏な一群が束になって押し寄せてきました。その勇壮な姿は、メタリックな甲冑に身を包む馬上の騎兵たちです。
暴走車は騎兵たちを蹴散らしますが、勇敢な彼らは怯むことなく、車体に剣を振るいます。落馬しても、馬ごと押し倒されても、すぐに起き上がってきます。
車はスピンを繰り返し、キ――――と、悲鳴を上げました。
一人の騎兵が馬の背から飛び上がりました。そしてひらりと、ボンネットに乗り移りました。両膝で立ち、長剣を後ろに引きます。
弧を描いた剣先が叩きつけられ、瀕死の状態だったフロントガラスが粉々に砕けました。砂埃を上げ、車が激しく回転します。
騎兵は割れた窓から車内へ兜を突っ込んできました。ロボコップに似た無表情の顔。わたしはフリーズし、瞬きさえままならず……。
ごつい籠手がぬっと伸びてきて、わたしの頸にひんやりとした指を掛けました。じわじわと気管が圧迫されていきます。
――助けて!
次の瞬間、騎兵は消え去り、フロントガラスも元通りに復しました。
車は天空を駆けていました。眼下に白い雲が見渡す限り広がっています。
雲の表面に、森や、湖や、町が眺められました。
雲上の町ですか。暮らしてみたいものですね。ふわふわの地面に寝そべったら、天国の眠りを味わえるでしょうから。
想像するだけで、とろんとして、あくびが出てしまいます。
イルカの群れが現れました。車の両側、並走するようにたくさんのイルカたちが宙を泳いでいます。
かわいいイルカの群れと共に大空をドライブ――愉快この上なしです。
イルカたちは猫のように、一つ一つの仕草に愛嬌があり、見ていて飽きません。
コツコツ。見れば、サイドウインドウに吻でノックしてくるイルカの顔が。
車の周りを楽しそうに飛び跳ねたり、体操選手のように体をひねり、アクロバチックに回転するイルカの姿もあります。
自然と表情もほころびます。
「幸せかい?」
声に振り向くと、助手席にイルカが座っていました。
「あ、こんにちは」
「幸せかい?」イルカは前を向いたまま同じ問いを繰り返します。
「……あまり考えたことありません。不幸ではないと思いますが」
「何のために生きているんだい?」
「さあ……死にたくないからでしょうか」
「時間を無駄にしてないかい?」
「……」
イルカが振り向きます。わたしは心ともなく視線を逸らしました。
イルカは吻先をわたしの耳元に寄せ、
「何を目指して走っているんだい?」
「……」
何を目指してって……さあ、何でしょう?
そんなこと、急に聞かれても……。
返答に窮して、困っていると――
アッハッハッハッ。
突然、イルカは高らかに笑いだしました。
アッハッハッハッ。アッハッハッハッ。
どうにも気恥ずかしくてたまりません。
アッハッハッハッ。アッハッハッハッ。
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音がいきなり突入してきて、そこで目覚めました。
イルカの笑い声が耳に残っていて、少々不快な朝です。
ミョーな夢 十
こんなミョーな夢を見ました。
日没直後のぼんやりとした薄暗い山道を下っています。カラスの声が遠くから降ってきます。風が強く、木の葉が騒がしい音をたてています。
もう間もなく、辺りは闇に閉ざされそうな気配です。
山道の脇に、高さ5メートルはある大岩が立っていました。岩の前を、無数の黒っぽい羽虫が飛び交っています。
岩の側面に、格子の鉄扉。ひどく錆びていて、今にも倒れそうです。
格子の向こうは仄明るい隧道が続いています。鉄扉はあっさりと開いたので、隧道に踏み込みました。
石壁。裸電球の灯り。低い天井。狭い坑道を思わせます。
うら寂しい雰囲気ですが、導かれるように隧道を奥へと進んでゆきます。
踏み出した足裏にむにゅっとした嫌な感触……ナマコでした。道の上をよく見ると、ヒトデやイソギンチャクの姿も認められました。
注意しながら尚も進むと、右側の壁面にガラス扉を見つけました。ガラスの向こうは部屋になっていて、壁にいくつかの掛軸が飾られています。
ふいに扉が勝手に開きました。部屋に入ってみると、画廊のようでした。
四方の壁に掛軸の絵が展示されているのですが、それよりも目立つ影が部屋の中央にありました。
鎖に繋がれた犬です。あばら骨が浮き出た痩躯、真っ白な両眼、食い千切られた耳。低い唸り声をもらし、こちらを窺っています。
鎖は短いので、壁伝いに歩けば、犬と接触することはなさそうです。
犬を気にかけながら、入口から順に絵を見ていきます。
絵はどれも墨で描かれた幽霊画でした。ぼやけた淡い調子で、背景の白に消え入るように描かれています。
何だか不思議と惹かれて、壁の前で立ち止まっては、一枚一枚丁寧に鑑賞していきます。
半分まで観たところでふいに――部屋の照明が落とされました。それと同時に冷気が吹き抜け、身ぶるいしました。
犬がわたしを威嚇するように吠えています。
早々に退出したほうが良さそうです。犬に白い眼でじっと睨まれながら、画廊を後にしました。
隧道をさらに行くと、今度は左の壁に旧い木製の引き戸が現れました。
開いてみると、そこは小学校の教室でした。床、壁、並べられた机に椅子――すべてが沈んだ色の木製で、年季を感じさせます。
教室後方の出入口に立っており、右奥に黒板と教卓が配されています。教卓の上には、アンテナを立てたラジオが置かれています。
教室にたった一人、小さな生徒がいました。
出入口と反対側、窓際(窓の外は暗闇です)の後方の席に、小柄な女の子が座っています。わたしの立つ位置からでは、女の子の顔は黒髪に隠れて見えません。
教室に踏み入り、壁を背に、横歩きで右へずれます。女の子はわたしを気にするそぶりもなく、じっと黒板のほうを向いています。
ようやく女の子の顔が確認できました。のっぺらぼうでした。目鼻口はなく、紙のように真っ白です。
ガ――――。
突然、教卓のラジオからノイズが発せられました。次いでノイズ混じりの深夜放送が聞こえてきたのです。
その日は残業で、自宅マンションに戻ったのは午前0時過ぎでした。
6階の自室へはエレベーターで昇ります。ところがいつになく、エレベーターを呼んでもなかなかやって来ません。
待ちくたびれて壁にもたれかかったところで、ようやく扉が開きました。
エレベーターの調子が悪いのか、乗り込んでからものろのろして、なかなか進みません。嫌な予感がしました。
恐れていたとおり、4階の手前あたりで、ついに止まってしまいました。
そのとき、わたしは一人でエレベーターに乗ったはずですが、背後に気配を感じ取ったのです。
振り返ると、喪服姿の見知らぬ女が立っていました。長い黒髪が完全に顔を覆っていて、表情がまるで判りません。
「あなたは誰ですか?」わたしは訊ねました。「鈴木さんですか」
女は無言で、ゆっくりと首を横に振りました。
「伊藤さんですか」
「……」
「中村さんですか」
「……」
「カシマさんですか」
すると女は両手を顔の前に上げ、カーテンを開けるように、黒髪を左右に分けたのです。露わになったのは、怨みがましくわたしを睨む、真っ赤な血にまみれた眼でした。
がたん、と音がしたので振り向くと、のっぺらぼうの女の子が席を立っていました。女の子は並んだ机を縫うようにして、わたしに歩み寄ってきます。
怖くなって、わたしは教室から逃げ出しました。
隧道に戻って、まだ先へと進みます。
右側に、また何か部屋があるらしく、ドアが取り付けられていました。
ドアノブをひねり、開きます。病院の診察室でした。
部屋のあちこちに、赤黒い血が飛び散っています。
裂けたカーテン。ガラスの割れた戸棚。床に散乱するカルテ、レントゲン写真、注射器、薬瓶……かなりの荒れ加減です。
天井の蛍光灯は暗く、点滅していて、今にも切れそうです。塗装の剥がれた壁には、体長1メートルくらいのナメクジが張り付いています。
部屋の奥に寝台が据えられていて、全身に白い布を被せられた――ご遺体でしょうか――が、寝かされています。
完全に白い布が覆い隠しており、片鱗さえも確認できません。
一体、どなたのご遺体でしょう? 見てはいけないと思うと、逆にどうしても、そのお顔を拝んでみたくなりました。
足元に注意を払いながら、忍び足で寝台へと近づきます。
ご遺体の頭がどちらを向いているかさえ判りません。勘で左側の布の端をつかみました。
一瞬、やめたほうがいいような考えがよぎりました。しかし意に反してわたしの両手は、すでに布を持ち上げていました。
目に飛び込んできたのは――くいだおれ太郎の顔でした。
くいだおれ太郎は口をぱかっと縦に開き、ハハハハ、と大きな笑い声を上げます。
その途端、蛍光灯が床に落下し、粉々に砕けました。
さらに大小さまざまなナメクジが、天井からぼたぼた大量に降ってきました。
わたしは頭を抱え、床に落ちたナメクジたちをプチプチ踏み潰しながら、部屋を飛び出しました。
隧道をさらに奥へ。と、岩に囲まれた洞窟となりました。灯りは裸電球から蝋燭へと変わり、闇が濃くなってきました。
そのうち灯火は絶えました。真っ暗闇の洞窟を、手探りで進みます。狭くなってきたのか、頭や肩を幾度となく岩にぶつけました。
ふいに、足を踏み外しました。崖か穴か判りませんが、奈落の底へ向け、闇の中を墜落していきます。
気づくと、明るい外の世界に立っていました。
コスモスの花に囲まれています。ピンク、赤、オレンジ、黄色、白……たくさんのコスモスが大きく花開き、隙間なく辺りを埋め尽くしています。
コスモスの花畑でしょうか。しかしそれにしては、どれだけ遠くに目をやっても切れ目なく続いていて、終わりが見えません。
ぐるりと回ってみても、360度どこまでもコスモスで占められており、それ以外見受けられません。
広大無辺。コスモスの大海です。その只中に、わたしは立っているのです。
空を仰ぐと、雲が完全に覆っています。白い空と多彩なコスモス、ただそればかりの世界でした。
――いえ、コスモスのあいだに……。
目を凝らすと、遠くに人の影があるのが分かりました。そのうち小さな人影はふっと消え去りました。
と思うと、影は少し大きくなって、また現れました。そして消えました。
さらに大きくなって現れたところで、ピンと来ました。きっと出現消失を繰り返しながら、こちらに近づいてきているのです。
現れて、消えて、現れて、消えて……とうとうすぐそばまでやって来ました。
ショートカットの女の子でした。うつむき、両手で顔を覆っています。
周囲のコスモスの華やかさとは裏腹に、その立ち姿はあまりに暗澹としていて、見ていると胸が締め付けられるようです。
歩み寄り、彼女の前に立ちました。そして声をかけようとした、そのとき。
女の子は両手を下ろし、顔を上げました。
その悲しげな眼差しを向けられた瞬間――わたしは目を見張りました。
途端に、涙があふれました。後から後から涙がこぼれ出て、もう止められません。
女の子は、十四才の若さで自ら命を絶った、わたしの中学時代の親友、トモちゃんでした。
彼女は中学校で、精神的にも肉体的にも耐え難い過酷ないじめを受けた末、自宅で首を吊ったのです。
わたしはクラスでトモちゃんの唯一の味方だったにもかかわらず、無力で、助けるどころか何もしてあげられませんでした。
同情の言葉も、慰めの言葉も、励ましの言葉も、一言も口にすることができませんでした。
話下手を理由に――なんて最低な人間でしょう。
わたしは声を上げ、泣きました。泣きながらトモちゃんを抱きしめました。
ただ泣きじゃくるだけで、言葉になりません。結局何も言ってあげられないのかと、自分が嫌になります。
せめて、心の中で……。強く、強く、念じるように伝えます。
トモちゃん……トモちゃん……ごめんね……
力になれなくて……本当にごめんね……トモちゃん……
トンタカ トンタカトンタ トカトカトン
スマホのアラーム音に呼び戻され、そこで目覚めました。
枕に大量の涙が染み込んで、大変なことになっていました。
コンなミョーな夢ヲ見まシタ エキセントリクウ-カクレクマノミ舎 @RikuPPP
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