第9話 異邦人は魔法が使えない
しばらく歩いているが、遠くから鳥の鳴き声が聞こえる程度で近くに生き物の気配は感じない。ここに住む生き物たちから警戒されているのか、はたまた相手にもされていないのか。
折り重なる葉のカーテンから柔らかい木漏れ日が地面を照らして、草花の色鮮やかさがより際立っている光景はとても幻想的で
耳鳴りがするほど静寂が広がる森に、都会の煩わしいはずの喧騒がすでに恋しく感じてしまう。
慣れない獣道に足を取られながらも、ある程度先に進んでいた後輩が踏み固めてくれた道をどうにか進み、陽が少し傾き始めた頃には小川を見つけることができたこともあり、この日は川の周辺で夜を明かすことにした。
「先輩、陽が沈む前に火起こしするので、軽めの乾いた枝とか火口……枯草とか拾ってきてください。私はちょっと周りを見てくるので、この場所からあまり離れないように」
「一人で行くのか? 大丈夫かよ」
「大丈夫ですよ。この辺りには獣がいるらしい痕跡も無かったですし、気配もないのでしばらくは大丈夫でしょう。それにこういう時は適材適所、でしょ? 先輩も慣れない獣道を歩いて疲れてるだろうし、ここでできることをしといてくださいな」
「……わかった。気を付けてな」
「はーい。じゃあいってきますー」
彼女は軽めの口調でそう言いながら手を振ると、鞄から何かを取り出し、慣れたように草をかき分けその場を離れていく。
そんな逞しい後輩の背中を見送ると、周囲を見渡しつつも早速彼女の言っていたような枯草や枝を探し始める。
拠点と決めた場所が見える範囲を探して回ってみたが、水辺ということもあってか、パッと見ても湿っているものが多い。
試しにその辺りにある小枝を持ってみたが、ほどほどに水分を蓄えた重みのあるような物がほとんどだ。
「うーん、どうするべきか」
こういう時こそスキルの出番だと思い、いつの間にか異世界仕様に魔改造されていたスマホのアプリを開いてみると、右上の項目に【ヘルプ】というものがあった。
ますますゲームじみているなと思いながらも【ヘルプ】をタップすると、虫メガネのマークと共に文字を入力できる枠が出てきた。
「聞きたいことを入力すればいいのか? 」
とりあえず、『乾いた薪をすぐに作る方法 』と打ってみる。こんな簡素な質問でいい答えが返ってくるのかと思うが、良い質問の仕方が思い浮かばないので仕方がない。
しかし、意外とすぐに画面上に文字が浮かび上がってきた。
『細かく割って陽を浴びて温かくなった岩の上に広げて乾燥させる。もしくは光魔法で一気に乾かす』
「やっぱり魔法がある世界なのか。いや、そりゃあそうか。異世界転移とかいう意味わからん現象が起きるくらいだし…… 」
続けて質問を入力する。
『異邦人 魔法の使い方』
またしてもすぐに返答が返ってくる。
『異邦人は体内に魔力を溜める器官が無い為、最初に【器】を造る必要がある。持ち物欄にある【開花の薬錠】を服用し、【器】を体内に造り出した後で使いたい魔法の効果を思い浮かべれば、似た効果を持つ魔法スキルに昇華していつでも使用することが出来るようになる』
【ヘルプ】の言うとおりに持ち物欄を見てみると、確かに【開花の薬錠】というアイテムが入っていた。
取り出して見ると、アーモンドのような見た目をした黒い粒が一つ。糖衣錠のような光沢感があり、いささか飲むのが不安になる見た目をしていた。
「【器】ってのが無いと、スキルとして取得していても使えないものとかありそうだな。……あぁ、やっぱりそうか」
よくよくスキル欄を見ると、沢山表示されているスキル名の中に、灰色がかったものがある。おそらくこれらは魔力を使うものなのだろう。【従魔術】や【鑑定】などもグレーになっており、今のところ使用できないようだ。
取得しているというよりは、今までの経験をなぞらえて潜在的に存在しているだけという見方の方が正しいのかもしれない。
であるならば、この魔改造されたスマホはどうなってしまっているのか。
【器】が無い状態でも普通に動作していることから、自身の魔力を使って作動するものではない。
おそらく魔力とは関係なく、スマホ自体が何らかの影響を受けて特別になったのだろう。そうに違いない。
フワッとした答えにもならない答えしか浮かばないのも仕方がない。培った常識から逸脱したものに関しては、もはや定型文となりつつある『仕方がない』で全てを片づけるしかないのだ。
ここまで非日常すぎると、考えるな、感じろと誰かに言ってもらいたい気分になっても仕方がない。そう、仕方がないのである。
とりあえず【開花の薬錠】のことは後輩と話し合おうと思い、持ち物欄に戻して【ヘルプ】の言うとおりに日の当たる岩場で小枝や枯草を乾かすことにした。
陽が傾きかけた時間帯でどこまで乾くかはわからないが、やらないよりはマシだろう。
干すだけ干したら河原の石を集めて焚火の土台を作る。
石を積んで円形を作り、真ん中に集めてきたある程度乾いていた小枝を傘のように積みつつ火口を入れるスペースを作っておく。
好きで観ていたディ〇カバリーチャンネルの冒険家を思い出しながら枯草を鳥の巣のように丸めると、火口の準備は完了だ。
ただ薪が心許なく、もう少し探そうと焚火台の側から立ち上がった時、近くの茂みが僅かに動くのを感じて勢いよくそちらを向いた。
「なんだ! って……」
そこには、天使が居た。
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