第5話 後輩は大切なものを失くしました










「なんだ、ここ。草原? 今度はどこに飛ばされたんだか……」



 そんな予期していなかった光景に頭が追いつかないまま呆然と佇んでいると、スーツの袖を引っ張られる感覚に視線を後輩へと移す。

 彼女の顔は酷く強張っていて、周囲の景色に戸惑っているというよりかは、何かに追い立てられているような焦燥を感じる。

 なぜか片方の手でスカートを握りしめ、グイグイと下げるような仕草をしつつ、若干内股気味になりながらどうにか立っているような有様だ。



「せ、せせせ、先輩」


「おい、どうした? 」


「わわわたしの……私の」


「私の? 」



 彼女はそこまで言うと途端に顔を真っ赤にし、どう言葉にしようかといったように唇を戦慄わななかせながら言葉を詰まらせる。

 そして一拍置いた後、彼女本来の思い切りの良さを発揮してこう言った。




「私のパンツがなくなっちゃったんですぅぅぅぅっ!! 」




 なんでぇぇぇ! と叫ぶ後輩の声は思いの外大きく、驚いた鳥らしき生き物たちが聞いたこともないような奇怪な声をあげながら飛び立つように羽音を立てる。


「パンツ……だと」


 思わず真顔になり、後輩のスカートを凝視する。


「つまりあれか、お前、今ノーパ」


「せーんーぱーいーっ! 」


「お、おう、すまん」




 言われたら見てしまうのが男のさがというもの。

 しかしびいびいと泣きべそをかいている後輩を見て欠片程度の罪悪感が湧き、さてどうしようかと思案する。


 見覚えのないだだっ広い草原のど真ん中、丸腰どころかパンツまで失った女と、大男が一人。

 ただでさえ非現実的な状況に追い込まれている中、急所に守りが無い状態ではまともに動けないだろう。

 かと言って早々に彼女のパンツの代わりになるものなど思い浮かぶはずもなく、混乱している脳内ではまともな答えなど出るはずもなかった。

 ようやく絞り出せたとしても非常に頭の悪い言葉しか出てこない。



「よし、俺のパンツ貸してやろう」


「なんて? 」


「俺のパン」


「言い直さなくていいです。思ってたより頭悪そうな提案されたわー……でも無いよりマシ? ってかそれしかない? 」


 どうして後輩のパンツが無くなったのかはわからないが、大事なところがスース―するのは心許ないし、正直言えばこの意味の分からない状況の中でもパンツの有り無しは彼女にとって最優先事項である。

 文化的暮らしをしていた人間が早々にこの開放的な感じを楽しめるかと言ったら否だろう。

 後輩は結局悩んだ末に、お借りしますと蚊の鳴くような声で言うと、言いようのないいたたまれなさを隠すようにして両手で顔を覆った。


 とりあえず開けた草原のど真ん中に突っ立っていてもどうにもならないと思い、後輩にスーツのジャケットを貸して腰に巻きつけさせると歩き出す。


 春先を感じさせる爽やかな風と、仄かに香る花の芳香が心なしか癒しを与えてくれているわけであるが、靴裏から感じられる芝を踏みしめるような感覚が間違いなく現実であるのだと突き付けてくる。

 鞄や傘などはいつの間にかなくなっており、ほとんど身一つで知らない場所へと投げ出されたことに不安を抱えつつも、どうにか見えていた森までたどり着くと、物陰に隠れて手早く例のブツを脱いで後輩へと渡した。


 ソレを受け取った時の後輩の顔たるや、まるで死を待つ囚人のような表情で、出会ってから今まで見たこともない酷い顔をしていた。


実に失礼な奴である。











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