詠嘆のゲロ

 空気が澄んでいた。数え切れないほどの星々、そして何より白く所在なさげな月に、僕は目を奪われる。

「わたし、こんなすごいところ初めて来た。君はいつもここで星を見てるの? 羨ましいな」

 先輩には、分厚いその唇を左手で隠す癖がある。あたりは真っ暗で、だからその手と唇は白と黒の対照のようだった。

「いえ、つい最近見つけたばかりですよ。たしか前の満月の頃だったかな。教えたのも先輩が初めてです」

「そうだったの? こいびと、いるんでしょ。連れてきてあげればいいのに」

「あいつは手の届かないものになんか興味ありませんから」

 あなたのほそい手の、むくんだ薬指には銀色の枷。あなたは僕の知らない世界で生きる誰かと結ばれている。僕にも茶髪でバトミントンサークル所属のそこそこ可愛い彼女がいる。

 きっと今後一生、僕たちが交わることはないだろう。

「それにしても、今日の月、綺麗ですね」

「バカ、それじゃ『愛してる』って意味になっちゃうよ?」

「僕はそういうめんどっちいの気にして生きたくないんですよ。それに今日の月は、思わずそう呟いてしまうほど綺麗ですから」

 らしいね。先輩が笑った。


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