第27話 それは繰り返す
「もう名を隠す必要もない。どうせ貴様らは滅びゆく定めなのだからな」
大仰に両手を広げ、叫ぶ。
「我が名はニケロイア。魔王復活を願う者のひとりにして、紫電を操る魔族だ!」
フードの下に怪しい笑みが浮かび、闘志に燃える目が輝いたように見えた。
溢れ出る魔力は電気を帯び、黒くくすんで漂っている。その魔力が流れ着くたび、肌がピリピリと痺れるような感覚がした。
「なるほどな。魔族って言うなら納得も行く」
「ほう、我々を知っていると?」
「知らないわけないだろ」
俺はずっと、魔力を滅ぼすために生かされ続けてきたのだ。
魔族。
それは魔の荒野を抜けた大陸の端、不毛の大地と呼ばれる普通の生物が生きることが出来ない暗黒の土地。そこに唯一暮らすその部族は、過酷な環境で生まれ育つ影響で酷く攻撃的な性格をしている。人間と同等以上の知恵を持ち、過酷な環境ゆえの強い力を身に秘めている。
そして、そんな魔族の中に数百年に1度生まれるとされるのが、魔王。魔族を束ね、魔族たちに繁栄をもたらすと言われる救世主にして、世界にとっての脅威だ。
俺が初めてこの世に生まれた時。流浪してきた魔族に住んでいた村を滅ぼされた。家族、兄弟、友人。ありとあらゆる人を殺され、帰る場所すら失った。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。何もない、ただただ平凡な日。俺が10歳になろうかという時に、友人と出掛けていた時のこと。森に食べ物を探しに行き、帰った時には村が燃えていた。立ち上る煙が見えた時点で嫌な予感はしていたのだが、実際にその光景を見て俺は膝をつき、友人は泣き叫んだ。
そして炎の中に浮かぶ黒い影、漆黒の角を持ち、禍々しい骨格を持つその存在は、鋭く尖った爪や牙、獰猛な瞳を露にし、全身に殺意を纏っていた。
その魔族と、一瞬目が合ったかと思った瞬間、隣から短く悲鳴が聞こえた。見れば、友人が肩を貫かれ、痛みにもだえ苦しんでいた。その瞬間にとっさに逃げ出した俺は、村を滅ぼし、友人を殺した魔族を、そして、抗えなかった弱い自分を恨んだ。
だから俺は立ち上がり、魔族を滅ぼすことを誓ったのだ。
「世界に害をなす厄災! 俺は、貴様を許さない!」
「ほう? くくっ、勇ましいな! 小僧!」
「黙れえぇッ!」
俺の中で燃え上がったのは、この前抱いたのとは比べ物にならない怒り。全身が熱く、筋肉が張り裂けそうなほどに膨れ上がる。血管が千切れたような錯覚すらし、目を見開く。
宙に浮かび見下ろすニケロイアの姿を捉え、俺は強く地面を蹴った。
「《エア・ブラスト》ッ!」
「《ライトニング・オーブ》」
放たれた雷の弾が風に吹かれて大きく乱れる。魔法どうしがぶつかり合った余波は広がり、やがて薄く霧散する。その中央を通り抜け、俺はニケロイアに肉薄する。
魔力を込めた拳を放つ。だが、ニケロイアは直前に横に躱した。身を翻して距離を取り、再び魔法を放つ。
「《ライトニング・カオス》ッ!」
紫電が瞬き、鞭のようにうねりながらに向かってくる。亡者のごとく迫りくる雷に、俺は拳をぶつける。さっき空振りしたことで残っていた魔力が紫電にぶつかり、大きく弾けて相殺する。拳の周りに紫電が広がり、痺れるのを構わず体勢を整える。
「《エア・フライト》」
勢いを失って落下し始めていた体を、再び勢いよく押し上げてニケロイアに接近する。こいつはしょせん魔法使い。この前の蹴りだって苦し紛れの1発だ。距離を詰め、肉弾戦に持ち込めば勝機はある。
だが、近づくためにはニケロイアの魔法をどうにかする必要がある。牽制の意味を込めて魔法を放つ。
「《エア・スラッシュ》」
「《ライトニング・オーブ》!」
やはり放たれた魔法は、再びぶつかり合って弾ける。
そう、思われた瞬間。
ぶつかり合っていたことで止まっていた紫電の塊が、再び勢いを取り戻した。
「なっ《エア・クッション》ッ⁉」
身を逸らそうと思ったが躱しきれず、とっさに防御魔法で自身を覆う。紫電は左肩にぶつかり、体制を崩して落下を始めた俺に向けて、ニケロイアは更なる追撃を放つ。
「怒り任せでは勝てんよ! 《ライトニング・カオス》ッ!」
「《サンド・カーテン》!」
躱すこともままならず、真っ向から打ち消すことも出来ない俺は苦し紛れの壁を張る。が、紫電はその壁を回り込み、俺へと一直線に向かってきた。
「何度も通じないって、ことかよ! 《エア・クッション》っ」
全身を風の幕が覆う。紫電は風に触れると同時に霧散するが、その余波は流れてくる。全身が麻痺し、痺れるような痛みが巡る。歯を食いしばってそれを堪え、エア・フライトで何とか着地。しかし足に力が入らず、思わず片膝をつく。
「くくっ、結局その程度か、小僧よ」
「クソッ!」
吐き捨て、地面を殴った。
なんであいつに勝てないんだ。
何度も転生を繰り返して、ずっと強くなってきたはずだ。魔族を倒すために戦ってきたはずだ。それなのに、どうして俺は魔族を相手に膝をついてるんだ。こんな事、あっていいはずがない。
悔しさにニケロイアを見上げるしか出来ないでいると、ニケロイアは少し不服そうな声を出す。
「しかし、貴様は本気を出しきれていないようだな。せっかくの上玉、半端な戦いでは終わらせたくないな……ふむ、そうだな」
ニケロイアは視線を巡らせ、やがて一点に向ける。それにつられて目を向けた先に、リィナが見えた。今にも飛んできそうな、やじでも飛ばしていそうなその表情に、一瞬気が削がれそうになると同時。俺の脳裏に、燃え上がる村の姿が浮かんだ。目の前で魔人に殺された、あいつの姿がよぎった。
慌ててニケロイアを見た時、そのフードの下に、不吉な笑みが浮かんだ気がした。
「あれか」
「ッ、待てッ!」
とっさに地面を蹴り、エア・フライトで上昇を測るが、ニケロイアは自身が雷かのような速度で上昇し、一瞬でリィナの目の前に現れる。
「やめろッ!」
必死に手を伸ばすもニケロイアには届かない。
「《ライトニング・オーブ》」
「え?」
そして聞こえたのはニケロイアの詠唱と、リィナの小さな呟き。それから――
「駄目ッ! 《エア・クッショ――んんッ! きゃあああああああああぁぁぁ⁉」
リーヴァがリィナの体を抱きかかえ、ニケロイアへと背を向ける。直前に魔法の発動は間に合ったようだったが、魔法は直撃。リーヴァの体が電気を帯び、紫に光り輝いたのを見て、鼓膜を揺らす悲鳴を聞いて、俺の頭は真っ白になった。風の音も遠くで響く戦いの音も消え去り、ただひとり、ニケロイアの姿だけがくっきりと頭の中に浮かんだ。
俺の中の怒りが再び燃え上がった。
「《イグニッション・エンブレム》ッ!」
俺の怒りを形にしたような炎が生まれ、極大の剣を模してニケロイアへと突き進む。音速にも匹敵する魔法に反応が遅れたニケロイアは肩口を焼かれ、苦しそうな声を漏らした。
「ぬぅっ⁉ チッ」
舌打ちと共に再び雷のような速度で消え去る。それが森の方へと向かうのを見ながら、俺は叫んでいた。
「貴様は絶対に許さない! どこまでだって追いかけて、俺の怒りで焼き殺してやる!」
そんな怒号に返されたのは、聞き間違いかと思えるほどに小さな声。
「くくっ、楽しみにしておいてやろう!」
それだけ距離が離れているということなのだろう。すでに気配は感じない。ぶつける当てのなくなった怒りは、俺の中でぐつぐつと煮えたぎっていた。
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